第87話 どうするんだ、騎士さま―2
漆黒の胴衣を夜風になびかせて現れた人物。
懐かしいとさえ思えるその姿に、エッドは思わず歓声をあげた。
「ログレス!」
「……何を遊んでいるのです、エッド・アーテル。怪我人を働かせないで下さい」
相変わらず顔色は悪かったが、不敵な笑みを浮かべてそう言った友にエッドも笑みを返した。
「お前、来るなら来るって思念でも飛ばせよ! びっくりしただろ」
「遮断していたのは、貴方のほうでしょう……。しかしそちらは、“万事整った”ようですね」
「まあな」
今までの葛藤を見透かすような紅い目に、エッドは頭を掻いた。
「そっちこそ、起きがけであんな大技使って大丈夫なのか?」
「……我が忠実なる“使い魔”が、潤沢な魔力を供給してくれるので」
杖を握っていない手に載せた“宝珠”が、ぼうっと闇夜に赤く浮かび上がる。
子供のような甲高い声が、エッドの脳に響いた。
(あー疲れたぁ……今の時代さ、“供給”ってのは“搾取”と同義になったのかい?)
「ママル! 色々ありがとう。よくやってくれたな」
エッドが心からの感謝を述べると、魔人を内包した宝珠は激しく瞬いた。
(うげ!? な、なんかお前――気持ち悪くなってない? まあ……“半端者”の気配は、薄れたみたいだけど)
褒め言葉として受けとることにし、エッドは肩をすくめる。
新たな脅威の出現に、聖術騎士は油断なく細剣を引き寄せて低く言った。
「あの“犬鬼”はどうした。闇術師」
「……さて。“犬鬼”と知り合いになった覚えはありませんが」
聖術師が闇術師を毛嫌いする習慣は、どうやら大戦時代には根づいていたらしい。
毒々しい視線を投げつけられながらも、友は涼しい顔で言った。
「しかし“闇術師”たる我が弟子でしたら、ほら――貴方の頭上に」
「!」
凍りついた表情を浮かべたジリオに、真上から小さな影が落ちる。
「こっちだよ! “
「っ!?」
野うさぎのように身体を小さくした黒い影が、聖術騎士の真横に舞い降りる。
呆然とした相対者に、白い八重歯を見せて笑ったのは快活な少女だった。
その手にしっかりと握られているのは――ひと振りの細剣。
「貴様ッ!」
「わっ! そんなに怒らないでよ。あたしだって、持ちたくないんだからさ」
「アレイア!」
身軽な動作で師の後ろに隠れた闇術師に、エッドはまたしても歓喜の声を投げる。
ぴょこりと小麦色の頭をのぞかせ、アレイアは心配そうに訊く。
「えと……エッド、でいいのかな?」
「ああ、間違いない。ちょっと野性味が増したけど、俺だよ」
「ならよかった。がんばったね、エッド!」
十も離れている少女にそう労われ、エッドは苦笑を漏らす。しかしどこか穴の開いた胸に、温かいものが宿るのを感じた。
気恥ずかしさを紛らわすため、エッドは少女に問う。
「さっきの、転移なのか? いつもと違う感じだったけど」
「あ、それはね――」
『冗談じゃありませんわよ、犬鬼!』
「っひゃ!」
怒号とともに、アレイアの首元から緑の光が飛び出す。
見事な透明の羽をぴんと立て、妖精ポロクは小さな牙を剥いた。
『“転移”のために魔力を貸してほしいというから、協力してやったんですのよ! なのに、犬鬼伝来の秘儀にまで巻き込むなんて――おかげで、胃がひっくり返りましたわ!』
「ご、ごめんなさいーっ!」
直立している師の影で小さくなる若き術師に、妖精はくどくどと小言を放っている。エッドはその光に、親しげな声をかけた。
「ポロク! 君も、よく――」
『亡者から礼なんて言われたくありませんわ! わたくし、しばし休ませていただきますっ!』
エッドの感謝を跳ね除け、妖精はさっさと少女の腰に吊るした寝所へと潜り込んでしまった。
責苦から逃れたアレイアは、やや緊張した面持ちで長身の師を見上げる。
「あの、ログレス――あたしの転移術、上手くできてた? ポロクの補助はあったけど、けっこう頑張ったんだよ」
「……。まあ、及第点でしょう」
「やった!」
試験に合格した学院生のように小さく跳ね、弟子は拳を握る。しかしその手にある“聖宝”が妖しく星明りを映しているのを見、血の気を引かせて言った。
「う、うわ。やっぱり、あたしこの剣イヤかも」
「……寄越しなさい。僕が預かりましょう」
ログレスに“聖宝”が渡ったのを見た聖術騎士は、恨めしそうに言い放つ。
「貴様ら闇の者が触れていい代物ではない。返還しろ」
「……かの大戦では我ら闇術師も、貴方がたと肩を並べて戦ったはずですが?」
「知ったような口を利くな、若造が!」
「年下の友人からそう罵られるのは、妙な気分ですね……」
吠える聖術騎士だったが、事実不利な立場にあることは理解しているらしい。
挟み撃ちにされている緊張で強張った背に、エッドは手を広げて呼びかけた。
「ほら。三対一だぞ、騎士さま。“小さな友人”たちを含めたら、五対一だ」
「ふん。数で怯むほど、聖術騎士は脆弱ではない。それに忘れたのか? この身体に住まう、同志たちのことを」
形の良い唇を吊りあげ、ジリオは仲間らしき者の名を呼んだ。
「ネオリン。すまぬが、代わってくれ。大聖術の叡智を見せてやるがいい」
しかし、なにも反応はない。
不審そうな顔をした聖術騎士は、胸に手をかざしてさらに呼びかけた。
「では、ウィノ。戦場で果たせなかった使命を成せ。……デモルトは? 貴様、いつもは呼ばずとも出たがるではないか。今こそ出番だぞ」
「えーと……なにか問題か?」
エッドが気の毒そうに声をかけると、ジリオは驚愕と怒りに震えながらうなった。
「……何をした」
「え?」
「何をしたと訊いている! 同志たちの気配がない……貴様!」
「い、いや! 俺は何もしてないぞ。見てのとおり、浄化聖術なんて使えないし」
投げつけられた濡れ衣に、エッドは慌てて頭をふった。
闇術師たちも、揃って不思議そうな表情を浮かべている。
眉根を寄せていたジリオは、要因に思い至ったのかハッと目を見開いた。
「浄化……? そうか、“貴様”っ……!」
「だから、俺じゃないって!」
大声を出したエッドだったが、相対者はもう自分を見てはいなかった。
信じられないといった顔で自身が宿る身体を見下ろし、悔しそうに目を細めている。
そして、その一言は唐突に告げられた。
「……わたしの負けだな」
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