第21話 魂のありかを決めるのは―2



 叫ぶと同時に、完全に支配をとり戻した四肢を駆る。

 愛刀は手足のようにしなやかに動き、壁の圧力を跳ねかえした。


『何っ――!?』


 仰け反った妖精の小さな体が、宙に舞う。

 砕け散った光の壁が、淡い光を振りまいて消えていった。


『くっ……貴様……!』

「メルを返してくれ! 彼女を食うにしても、長のあんたを置いて平らげるはずがない。まだ、どこかに隠してるんだろ?」


 次の構えに移行しながら、エッドは理性の戻った声を放った。


 しかし口には出していないものの、心中には冷たい不安が広がる――命はあっても、どこかを“かじって”いたなら?



『くっ……くく、くくくく! あっはははっ!』

「!?」



 聞き慣れない声に、エッドはぎょっとして視線を走らせた。新手かと思ったのである。


 しかしその奇声は、宙に浮かんでいる長があげたものだった。


『あーっはっはっは!! も、もう降参だ! 我の負けだ、終いにしよう!』

「は……ええ? 負けって、それでいいのか」

『ふっ、ふふははは! よい、よいっ!』


 呆然としているエッドをよそに、クチはくるくると前後に回りながら笑い転げている。

 耐えきれなくなったかのように、まわりの妖精たちも次々に声を上げた。


『ぷっふふーっ! クチさま、いちばんにわらっちゃったぁ!』

『あっははは、おもしろかったねえ!』

『ねーねぇ、こわった? あちしら、こわかったぁ?』


 笑いこけ、あるいは得意げにふんぞり返っている妖精たちに、エッドは返す言葉が浮かばなかった。

 彼らに敵意がないのは明らかだ。しかしエッドは頭をふり、肝心の望みをふたたび口にする。


「は――はぐらかすのはやめろ! まだ、彼女の安全を確認してな」

「……あの、それでしたら大丈夫です」

「っおあああ!?」


 背後から遠慮がちにかけられた声に、気を張りつめていたエッドは飛び上がった。


 ふり返ると、所在なさげに立っている聖術師と視線がぶつかる。


「め、メリエール! 大丈夫か」

「は……はい。とくに、なんとも。あなたこそ、大丈夫ですか?」


 傷ついた拳を心配そうに見つめるメリエールに、エッドはぎこちなくうなずいた。


 実は負傷したのは精神のほうであったが、これ以上妖精たちのニヤついた顔を拝むのは御免である。


『……ふぅ。待たせたの。こんなに笑うのは、久方ぶりでな』

「知らねーよ! 早く説明してくれ。メルは、食うために拐ったんじゃないのか」


 満足そうな顔の長を睨めつけ、エッドは尋問する。

 するすると地面から伸びてきた丈夫そうな葉に腰かけ、クチは肩をすくめた。


『食うわけなかろ。こんなにも愛らしい我らが、人肉など貪ると思うか?』

「だ、だって……一応、魔物なんだろ」

『では、貴様は食うのか。おお、野蛮なこと』


 大げさに腕を抱き、クチは身を引いて嘆いた。若い妖精たちも同じような動作をし、エッドを苛だたせる。


 さらに、メリエールさえも驚いた声を上げた。


「妖精は人を食べたりしないわ。どうしてそう思ったの?」

「だって、こいつらが――もしかして、なにも聞こえてなかったのか!?」

「え……あ、いいえ。最後のほうは、少しだけ。ぼ、ぼんやりとですけど」


 顔を赤らめてそう答えるメリエールに、エッドは頭を抱えたくなった。どうやら、もっとも気恥ずかしい部分が丸聞こえだったらしい。

 亡者は、脱力しそうになる膝をなんとか保ちながら訊いた。


「君は、花の嵐みたいなので連れ去られたように見えた。どこにいたんだ?」

「ずっと同じところにいました。でも、あなたとは空間が隔たれてるような感じがして……」


 不思議そうな顔の客人たちに、クチはふふんと鼻を鳴らす。


『“秘密の草風”と呼ばれる技だ。すこしの間、包んだ存在を理の外に追いやれる』

『クチさま、かくれんぼの時につかってるやつだよねー!』


 完全にルール違反ではないかと思ったエッドだったが、指摘する気力はなかった。エッドの様子を見たメリエールが、弁明するように身を乗りだす。


「わ、私のほうは良かったこともあったのよ。妖精がひとり一緒にいて、話し相手になってくれたの。あなたの様子が変だから戻してほしいと言ったら、すぐにそうしてくれたし……」


 聖術師の言葉に、長はにやにやと笑みを浮かべ続けている。

 エッドは亡者らしい虚ろな顔をし、彼女に力なく笑いかけた。


「うん……そりゃ良かったな……。そういえば、君はこの谷に来たがっていたな。なにか訊きたいことでもあったのか?」

「えっ!? え、えっと」

『うふふふー。それは、ヒミツのお話なのですわ!』


 メリエールの前に飛び出してきた緑色の妖精が、エッドに小さな指を振った。

 その羽ばたきに隠れた想い人の顔色はうかがい知れなかったが、追求しないでおく。清き聖堂の人間でも、聞かれたくない話のひとつやふたつは持っているだろう。


「それで……“取引”はどうなったんだ。それも冗談だったのか?」

『ふふ。安心するがよい』


 長の声を聞き、何人かの妖精が塊になってエッドの前に上昇してきた。大事そうに運ばれているのが、件の花らしい。


「これが……?」


 ひと言で表すなら、地味な花だった。


 まっすぐな茎の先に一輪だけ咲いた、そっけない花。その花弁は暗褐色で、期待していたような珍しい柄のひとつもない。食卓の中央を飾る面々にはとても入れないだろう。


 大きな存在たちを見回した長は、諭すように言った。


『華やかではない。しかし優れた力とは、そういった場所に蓄えられるものだ』

『そーだぞぉ。カンシャしろっ!』

「はいはい。んじゃ、遠慮なく」


 見慣れた桃色の妖精から花を受けとり、エッドは手早くバスケットに放り込む。

 その粗雑な扱いに、メリエールは短い悲鳴をあげた。


「もう、エッド! そんなに乱暴にしては――!」

『ああ、良いのだ百合よ。なにせ、こやつにとっては……そなたがもっとも“希少”らしいからの?』

「……っ!」


 にっこりと最上級の笑みを浮かべてからかうクチに、メリエールは薔薇のように頬を染めた。

 いっぽう上気する肌を持たないエッドは、岩肌のぬめぬめとした暗いすき間に逃げ込みたい衝動がこみ上げる。


 来客たちの反応をそれぞれたっぷりと眺めたあと、クチは手を打って告げた。


『さて。楽しい宴もこれまでだ! 村に戻るなら、そろそろ発つがよい』


 お開きの宣言に、若い妖精たちが一斉に落胆の声を上げる。

 唯一ほっと胸をなで下ろしたのは、ただひとりの亡者だった。

 


「名残惜しいな、まったく」



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