第11話 堂々と忍ぶねずみども―2



 少年が次にとった行動は、聖堂の正面玄関に堂々と足をふみ入れるというものだった。


『!』


 その肩で置き物のように身を固くしつつ、エッドは急いで耳打ちする。


『忍び込むんじゃなかったのか?』

「開いてる窓でも探せっての? それこそ怪しいよ。正面が開いてたんだから、良いじゃないか。あとは……このへんかな」

『お、おい』


 エッドの心配をよそに、セプトールは広い玄関ホールの脇にある小部屋へと迷いなく入っていく。


「ここは……?」


 夜目が利くエッドには、そこは物置部屋のように見えた。

 いくつかの掃除用具がきちんと納められ、洗濯物と思わしき服がカゴに入っている。


「ビンゴ。衣装も小道具も揃ってら。ちょっとごめんよ、兄貴」

『っとと。何するんだ?』

「しばしお待ちあれ、だ」


 少年の小さな手に包まれたエッドが降ろされたのは、燃えさしの蝋燭が置かれた机の上だった。

 暗い部屋の隅で、セプトールはごそごそと動きまわっている。


「んぐぅ……」


 その反対側からくぐもった声があがり、エッドは凍りついた。

 押し殺した高い声で、仲間に警告をおくる。


『セプ、セプトール! そこ、誰かいるぞ!』

「そりゃそうさ。このすてきな部屋の持ち主――聖術師見習いくんだよ」


 あっけらかんと言いきる少年にエッドはさらなる警告をと考えたが、人影がゆっくりと大きくなるのを見て口を閉じた。どうやら、ベッドの上で半身を起こしたらしい。


「んあ……だれですかぁ?」


 その声を聞いたエッドは、となりの蝋燭に負けないほどカチコチに固まった。


 寝ぼけていてキレがないが、間違いなくあの若い聖術師だ。

 見習いであったらしい彼のどんぐり頭はぼさぼさと跳ね、眠そうに目を擦っている。


「――起こしてしまいましたか。わたくし、ロサンの町からやってきました手伝いの者でございます」


 セプトールは静かにベッド脇に膝をつき、すらすらと淀みなく喋りだす。

 その声からは悪戯っぽい響きは消え、かわりに信徒の澄んだ敬虔さだけがあった。


 優しい声に、見習いの青年は緊張感に欠けた様子で答える。


「おお、それは……ふあぁ……ありがたい。なにせ、ぜんぜん人手が足りていなくてね……じゃあ、えーっと……」

「はい。玄関を掃き清めて、灯りに油を補充してまいります」

「ああ、そうだった。ありがとう……」

「それから、我らの町からの捧げ物はどちらに?」

「あー……司祭様に……。たぶん、まだ呑んで……まったく、いつまで……」


 最後に本心がすべり落ちたことにも気づいてない。青年の言葉は途切れ途切れで、かなりの疲労と眠気に苛まれているようだった。


 エッドが棺から出てきた時は勇敢に対処しようとしていたが、本来はまだ小間使いのような身分なのだろう。


「それから、大聖術師様がお伏せになっていると聞き及びましたので、ささやかながら差し入れをと」

「やあ、それはどうも……。なら、ホールの反対側にある個室に……」

「承知しました。さあ、どうぞあとは任せて」

「ああ、悪いね……おんに、きる……」


 暗闇に吸いこまれていくように声がうすれ、青年はぼふんとベッドに沈みこんだ。

 すぐに聞こえてきた寝息を確認し、エッドは毛に覆われた胸を撫でおろす。


『はー。肝が冷えたぞ』

「どうだい、なかなかのモンだろ? さあ、こっちも準備完了だ」


 明るく言ってエッドの前に進み出てきたのは、どこからどう見ても純粋な見習い聖術師の少年だった。


 こざっぱりした見習い法衣に身を包み、掃除用の腰布をしっかりと締め、準備万端という出でたちである。

 暗闇の中でも器用に髪を撫でつけたらしく、栗色の前髪はきれいに整えられ額に張りついていた。


『おお! すごいな、役者って』

「オレなんて、まだまだ駆け出しさ。親父なんか、女の子から爺さんまでなんにでも成れるんだから」


 エッドの感嘆に照れながらも、セプトールは美しいお辞儀をもって応える。


「しかし今宵は――あなた様のために精一杯演じますゆえ、どうぞご観賞あれ」


 コウモリの翼では拍手ができないので、エッドは何度か羽ばたきをしてささやかな歓声を送った。


 少年の顔にはいまや、真面目そうな信徒の瞳が輝いている。


「では、参りましょう」


 寝入っている見習いの横を抜け、ホールへと戻る。その歩調さえも静かで規則正しいものに変わっており、エッドは小さな黒い目を瞬いた。本当に末恐ろしい少年である。


「反対側の部屋……ここでしょう」


 セプトールはそう呟いて立ち止まった。地味な木の扉の下から、うっすらと柔らかな光がもれている。

 エッドは大きな耳を澄ましてみたが、なんの音も聞こえない。


 かわりにそう遠くない場所から、複数の足音と笑い声が響いてきた。


「クルド! クルドや!」

『!』


 その大きな声に、エッドは肩の上で足を滑らせそうになった。

 取っ手にかけていた手をすばやく引っ込め、演者もそちらへふり向く。

 ホールの柱の奥にある扉から、大きな人影がよたよたと進み出てくるところだった。


「まったく、寝てしまったのか? あー、いやいやご一同、お気遣いは無用ですぞ。すぐに戻ります。なにせ、アレの隠し場所は……ああ、こちらのことで」


 引き止めの声に手を挙げ、人影は扉を閉じる。

 たっぷりとしたヒゲを撫でながら頼りない足取りでホールへと向かいはじめたのは、徳の高い法衣を着た老人だった。


「うぃっく。毎度ながら、送り宴の華やぐことよ。朝までに貯蔵庫が空になってしまうわい……うん? そこにいるのはだれだ」


 ヒゲにチーズの欠けらが絡まっておらず、法衣に葡萄酒の染みがなければ、その人物は厳格な司祭に見えただろう。

 それでも濃い茶色の目には、しっかりと部外者の姿を映しているらしい。


 セプトールはやや肩を強張らせるも、すっと背筋をのばして丁寧に聖堂流の挨拶をした。


「これは司祭さま。ご挨拶にうかがうのが遅れまして、申し訳ありません。宴のお邪魔をしてはいけないと思い、先に掃き掃除などを」

「ふむ……? 手伝いなど、頼んでおったかな……」


 たっぷりとした顎の肉を揉みながら、司祭はじろじろと少年を眺めた。

 酔った頭で記憶をたどるのは難しいらしく、その場で危なげに左右に揺れている。


「急ぎ勇者さまの葬儀を執り行うのでは、大変でしょう。我が聖堂も、ささやかながらご援助ができればと参じました」

「……耳の早いことだな。付近の聖堂には、なにも報せていないはずだが」


 これは喋りすぎたかもしれない、とエッドは身を縮めた。

 しかし小さな演者は動じず、礼儀ただしく頭を下げる。


「この街を通ってきた行商から聞いたのです。無遠慮でしたら、もちろん退散いたします。ただ――ぜひ我が師からの“心遣い”だけでもお受けとりください」

「ほう……? それは、その……?」


 司祭の目に、ちらちらと物欲しそうな色が浮かぶ。

 セプトールは秘密めいた笑みをたたえ、しかしはっきりと相手に届くようにささやいた。


「ええ。“今宵しか会えない友人”です」

「おお、それはそれは……! うむ。そういうことなら、ありがたく頂戴しよう」

「裏手の小川にて冷やしてあります。聖山の清流が、“友人”の旨味をさらに引き出してくれるだろうと思いまして」


 セプトールの魅惑的な申し出に、司祭は太い指をつき合わせて喜んだ。


「なんと、なんと! いや、まっこと気の利く。我が弟子も、そうあるように願いたいものだ。あやつときたら、妙な闇術にたぶらかされたうえに、宴の途中で自室に退がるなど……」

「とてもお疲れのようでしたから、ここからの御用はどうぞ私めにお命じください」

「うむ、うむ。ぜひ頼みたいが、まずは“友人”を迎えにいこうではないか。部屋の中が寂しくなってしまうのでな」

「もちろんです」


 長い法衣の裾を翻して歩き出した司祭だったが、さっそくよろけて柱で肩を打っていた。

 その背後で、セプトールは丸い目をエッドに向けてウインクする。


「さ、これで少しは時間ができただろ。行っておいでよ」

『ああ、恩に着る。けど大丈夫か、セプ?』

「ぜーんぜん問題なし。川に酒を冷やしてあるってのは本当なんだ。親父のだけどね」

『え……』

「ま。芝居の小道具として使うなら、きっと拳骨三発くらいで済むよ。さあ、行った」


 申し訳なく思いつつも、エッドは少年の肩から音もなく飛び立った。

 うしろ手に開けてくれた扉から、エッドは部屋の中へと舞い込んだ。


「司祭たちを盛りあげたあとで、こっちへ戻ってくるから。じゃあ、幸運を祈ってるよ」

『お互いにな』



 少年がそっと扉を閉めると、調子っぱずれな司祭の鼻歌が遠ざかっていった。

 


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