第11話 堂々と忍ぶねずみたち―1



 聖なる山の稜線を見事な茜色に焦がし、陽が沈んでいく。


 

 人混みの中を往きながら、エッドはその光景をどこか別の世界のできごとのように眺めていた。


『やっぱ、いつでも太陽の動きは変わらないんだなあ……』

「うわ、びっくりした。急にしゃべらないでくれよ、エモンの兄貴。まだ慣れないんだからさ」

『ああ、すまんすまん』


 苦笑する自分の声は、まるで幾重にも織られたかのような不思議な響きをもっていた。

 それに対し真横にある少年の顔は妙に大きく、はっきりと見える――実際に、その顔は今やエッドの背丈よりも巨大だった。


「しかし、さっすが闇術師だよな。まさか兄貴を、しゃべるコウモリに変えちまうなんてさ。これからはオレ、あんまナマイキなこと言わないようにしなくちゃ」

『はは。そうだな』


 エッドは異様に甲高い声で笑い、みずからの身体を見下ろした。


 ふわふわした灰色の毛に覆われた、柔らかい腹。傘のような筋ばった羽を脇に折りたたみ、小さな爪をもつ足はセプトールの肩をしっかりとつかんでいる。


 誰かが塀の上に放置した酒瓶に、豚のような鼻と大きな立ち耳が映りこむのが見えた。


『誰がどう見ても、かわいいコウモリだな?』

「オレはコウモリを肩に乗せてる、ヘンな子供だけどね」


 セプトールが面白がるように笑うと、エッドもゆさゆさと上下に揺れた。

 思えばこの少年は、ログレスが前置きもなくエッドを変化させた時もまったく怖がらなかった。きびしい巡業で、並々ならぬ度胸が培われてきたのだろう。

 エッドとの会話も、ほとんど口を動かさずにこなしている。


『君の一座の演目を観てみたいもんだ』

「なんだい、用事がおわったら観にきてくれるだろ? 最前列を案内できるよ」

『……そうだな』


 この街に戻ってきた目的を達成した時、自分はどうなっているのだろう。

 少なくとも、のんびりと一座を鑑賞できる身ではあるまい。


 エッドの声の調子に気づいたのか、少年は励ますように明るく言った。


「心配すんなって! ログレスの旦那から聞いてるよ。会いたい人がいるんだって?」

『うん。まあな』

「ま、どんなワケがあって直接会えないのかは訊かないでおくよ。それにさっきの青白い顔より、今の姿のほうがイケてるって」

『そりゃよかった』


 亡者の姿は、病気だとでも思ってくれているらしい。

 実はコウモリの姿に変化できたのも、元が魔物だからなのだが――伝えてわざわざ恐がらせる必要はないだろう。


『たぶんその人は聖堂にいるんだが、入り込めるか?』

「お安い御用さ。あそこの人達はふだん酒を飲まないけど、送り宴だけは無礼講なんだ」


 ぺろりと唇を舐める少年の顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。コウモリの表情筋は微動だにもしないが、エッドはそのたのもしい姿に安堵した。


 気持ちを切りかえ、とある方角に向かって思念を飛ばしてみる。


(ログレス、そっちは大丈夫か)


 伝達術の補強のため、ログレスはやはり例の森に控えることになっていた。

 昨夜のあとなので何人かの見回りがいたが、あの男にとっては問題のない数だろう――だというのに、やけに応答が鈍い。


(ログ、問題か?)


 だれに聞こえるわけでもないのに、エッドは身を小さくしてもう一度呼びかけた。

 すると精神の乱れによる雑音が入ったあと、やっと非難めいた声が返ってくる。


(いいえ……問題ありません。万全です)

(そうか? 厳しいなら、“場所”を変えても――)

(無用な心配です。どうぞ自分の任務に集中してください)


 早口でそう言い、仲間の気配はぷつりと途絶えた。むこうから思念を閉じてしまったのだろう。

 肩をすくめるかわりに羽を小さく震わすと、卵のような丸い目がぐりんと回ってエッドを見つめた。


「大丈夫なのかい?」

『ああ。あまりにも“ステキ”な隠れ家だったんで、感激したんだろうな』


 エッドは牙をのぞかせ、楽しそうに報告した。


 同じ森に潜むにあたり、セプトールが考案した新しい待機場所――それは木の上だった。

 そこいらに落ちていた枝木であっという間に足場を組みあげる技術は見事だったが、一座の舞台づくりに比べればなんでもないという。


「足場を見た時、ものすごくイヤそうだったけど……ほんとにあそこで良かったの?」

『ま、大闇術師さまにも苦手なものくらいあるさ』


 高所が苦手になった原因が誰にあるのかは、ここでは伏せておくことにする。他愛のない昔話を披露する時間は残されていない。


 エッドは黒真珠のような目で、街の様子を見回した。


「勇敢に散った、勇者様にかんぱーいっ!」

「さあさあ、今夜しか味わえない特別串し盛りだ! おひとり様、二皿まで!」


 抜け目のない商人たちが急ごしらえで設営した屋台に、人が群がっている。

 香ばしい肉と野菜が焼ける匂いがただよい、盃がぶつかる高らかな音がそこかしこで響いていた。


『だいぶ賑やかになってきたな』

「まだまださ。送り宴ははじまったばかりだ。それにオレの経験だと、こういう街ほどあとで荒れるもんさ――ふだん、“お上品”にしてるぶんね」


 涼しげに言った役者は果物皿を運ぶ少女とすれちがう際、完璧な会釈をしてみせる。


「……!」


 そばかすだらけの頬をぽっと染め、少女は大人たちに気づかれないようにセプトールの手に果物を押しつけた。

 どこか嬉しそうに走り去るその背中を眺めながら、エッドは呆気にとられて呟く。


『おお……。勉強になるよ、ほんと』

「そうかい? 女の子は、みんなお姫様だと思わなくっちゃ。まあ勇者様みたいに、女の子を“はべらせる”なんて経験はしたことないけどね」

『そ、そんなことしてないだろ!?』

「知らないよ。でもみんな、そう思ってる。うらやましいよなー」


 しゃり、と大きな音を立てて果物をかじる少年の肩で、エッドは固まっていた。

 なぜだか知らないが、世間様は“勇者”という肩書きの人間を全員そんな目で見ているらしい。


 しかし言われてみればたしかに幼きころの自分も、そんな印象を勝手に抱いていたような――


 ふと記憶の中に、夕方の田舎道を歩く二人の少年が浮かびあがる。



“勇者になって、なにをするんですか。エッドは”

“え? そんなの、わかんないけど。えーと……つよい魔物たおしたり、王さまにあったり、お姫さまをまもったりかな。あと、キレイなお姉さんもいっぱいだな”

“いっぱい……ですか?”

“なにするかは、知らないけどな。でも、いっぱいいると、いいらしいぞ”



『はは……』


 かぎ爪で器用に団子鼻を掻き、エッドはコウモリの顔の下で微笑んだ。


 勇者になったは良いものの、少年の夢はまったく叶えられなかったと言えよう。

 

 王様はこちらに面倒ごとを丸投げし、お姫様は顔をあわせる間もなく隣国の王子へと遣られた。

 強い魔物はたしかに倒したが、最後は無様にこちらが倒される始末。


 唯一“キレイなお姉さん”と触れあえる場所は、夜の街にあった。しかし任務の後処理を済ませるころには、自分のベッドに倒れこんでいた記憶しかない。


 華やかさに欠ける人生をふり返っている間に、あっけなく目的地に着いてしまった。


「何度見ても、立派な聖堂だね。さすが聖山修行のメッカだ」


 暗闇にそびえ立つ壮麗な建物を見上げている少年に、エッドは心配そうに声をかけた。


『入りこめそうか? 無理しないで良いんだぞ』


 ログレスから聞かされていた、入り口の見張りの姿はない。くわえて、コウモリの敏感な耳でも人の声は聞きとれなかった。しかし、まさか無人ということもないだろう。


「見くびらないでくれよ、エモンの兄貴。本物の役者はちゃんとりきるまで、舞台を降りちゃいけないんだ」


 大きな瞳を煌めかせ、セプトールは迷わずそう答える。

 すぐにおどけた調子に戻ると、腰に下げている巾着をぽんぽんと叩いて笑った。



「それに、もう出演料ギャラだってもらってるしね」

『……そこまで言うなら、頼んだぞ』

「そうこなくっちゃ! じゃあ、行くよ」


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