第10話 役者と計画



「紹介しましょう。我らの同志、セプトールです」

「……」


 エッドは小屋の入り口に立っている存在をじっと見つめた。

 長身のログレスに続いて入ってきた少年は、大きな空色の目をくりくりと動かして自分を見上げている。


「高名な術師様に御目通り叶い、なんたる光栄!」


 しかしその口からは、あどけない顔に似つかわしくない流暢な声が流れた。


「我が名はセプトール・デオラ――しがない旅一座の、見習いにございます。お気軽にセプとお呼びください。以後、お見知りおきを」

「お、おう。えっと、俺は」


 面食らっているエッドがちらと親友に視線を投げると、彼はかすかに首を横にふる。


「えー、え……エモンだ。よろしくな。堅苦しくしないでくれ」

「りょーかい。んじゃ、よろしくな、エモンの兄貴!」


 抜けた歯を見せて快活に笑う顔は、先ほどの挨拶が嘘のように子供らしい。

 役者の卵というのは、どうやら本当のようだ。



“――使えそうな人材を呼んできましょう。今なら、あの森にいるはずです”



 朝食後、魔力の回復を待ってひそかに街へと戻ったログレスが連れてきたのがこの少年だった。

 たしかに、一悶着あったあの街に二人して堂々と戻るわけにもいかない。手引きしてくれる者がいればと呟いたのは自分だったが、友がこのような子供に頼むとは予想外であった。


「二人は知り合いなのか?」

「オレら一座は、興行でシュアーナの街に寄っていたのさ。そしたら、勇者様の葬式があるっていうだろ。そのあとで物悲しい演目モノでもやればウケるんじゃないかって、親父が思いついたんだよ」


 期待に顔を輝かせる少年をながめ、エッドは不思議な気持ちになる。


 自分の葬式で儲かる者がいるとは――怒りこそないがどこか滑稽で、少し寂しい。


「涼しい聖堂裏の森をぶらぶらしてたら、よくこの闇術師の旦那と出くわすんだ。いつも魔術で隠れようとするもんだから、追いかけたくなっちゃってさ」

「……彼の感覚は研ぎ澄まされています。魔力も、並みの人間以上でしょう」


 ログレスがわずかに口を尖らせていることに気づき、エッドは小さく口笛を吹いた。


「たいしたもんだ。術師になる才能があるかもしれないぞ」

「うん。魔術って、たしかに便利だよなあ。でもオレは、ってるほうが好きだね」


 けろりと言い切る少年に、エッドは度肝を抜かれた。

 急いで親友を見ると、紅い目がサッとあらぬ方角へ飛んでいく。


「……伝達魔術だけです。彼は、闇術の深淵へと漕ぎだす気はないようでしたので」

「まっ、ヒマだったんだよな、お互い!」


 ぽんぽんと少年に背中を叩かれるログレスの姿に、エッドは思わず吹き出した。


 森の中で、地面に術式を描いて魔術を教える大闇術師――。

 名のある学院の誘いも断った者が立つ教壇にしては、なかなかに野生的である。


「経緯は分かったよ。それでセプ、君が街の様子をくわしく探ってきてくれるんだな?」

「あいさ! お任せあれ、旦那様方。街の風潮を調べるのは、いつもオレの役目でね」


 旅一座らしい軽装に包まれた小さな胸をどんと叩き、セプは元気に笑った。


「もう葬儀は終わるころだけど、夕方からは“送り宴”がある。みんな呑みはじめたら、子供がうろちょろしてたって誰も気にしやしないさ」

「へえ、葬儀のあとに宴会をするのか。王都にはない習慣だな――……って」


 地方の風習に興味深くうなずいていたエッドだったが、違和感を感じて目を見開く。


「葬儀? 誰の?」

「さっき言っただろ。勇者様のだよ」

「んなっ……!? んが」


 エッドが驚いて口を開くと、不吉な音を立てて顎がはずれた。

 つかつかと歩み寄ってきた友が急いでそれを閉じ、同時に少年から異形の姿を隠してくれる。


 聴覚が進化した自分にしか聞こえないほどの声量で、ログレスはささやいた。


「……本当です。どうやら貴方の葬儀は、予定どおり執り行われたようですよ」

「だ、だってお前、遺体おれはここに――!」

「メルが目を覚ます前に済ませたかったのでしょう……聖堂のやりそうなことです」


 嫌悪の表情で言う親友を、エッドはただ見つめるばかりだった。


 空の棺を囲んで、なにも知らない仲間達は哀悼の意を示したというのか。

 事情を知る正直者メリエールが目を覚ます前に、自分たちの汚点をぬぐい去りたかったのだろうか――それでは、あんまりだ。


「そういうわけですので、我々も準備にかかりましょう」

「え? ひとまず潜入は、あの子に任せるんじゃないのか」

「可能な範囲で接近します。非常に筋は良いですが、セプの魔術ではまだ遠隔の伝達は不安定です。僕の魔力を介して、効果を安定させなければ」


 手持ち無沙汰に小屋の中を観察している少年を横目で確認し、ログレスはいっそう声を低くして続けた。


「……それに貴方も、同行したいだろうと思いまして」

「冗談だろ。俺がどうやってあの街に入るんだよ。まだ明るいんだぞ」

「策は考えてあります。いずれにしろ、メルをさら――連れ出す際には、貴方の説得が必要です」

「ああそうか。誘拐って、さきに丁寧に説明するんだったな」


 皮肉っぽくそう言い返すも、親友は至極まじめな顔でうなずいた。



「素敵な誘い文句を考えておいてください」


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