第69話 死か隷属、または―1
『さてさて。話が盛りあがってきたとこ残念だけどさ、決めちゃってくれる?』
「決める?」
魔人ママルによる拘束魔法から無事に解放されたエッドは、身体を曲げ伸ばししながら訊いた。
『あれれ、忘れちゃった? そんじゃ、この場は晴れてお開きってことで――』
「貴方の処遇の話でしょう。……“死”か“隷属”か」
『あーあ、覚えてたか』
ログレスのすばやい回答に、魔人はがっくりと肩を落とす。
「それって、魔人にも指示できるもんなのか?」
「“問答”の参加者になった時点で、相対者も同等の条件を負います」
『だからこの闇術師は命がけで参加したんじゃないか、このマヌケ亡者。まったく、お前も苦労するね? なんでこんなアタマ悪そうなヤツとつるんでんのさ』
「……」
魔人の容赦ない言いぶりに、エッドは顔をしかめる。
儀式に強制参加させた件を棚にあげるママルには腹が立ったが、友の感動的な答えに期待することにした。
「……まあ、腐れ縁というやつです」
『亡者だけに? うっひゃはは、上手いっ!』
「上手くねえよ! ……それで、どうすんだよ。ログ」
腹をかかえて宙を舞う魔人を横目に、闇術師は腕組みをして考えこんでいる。
「僕としては当初の目的どおり、メリエールの精神を縛る契約――いえ、“呪い”を解いてもらえば、それで良いのですが」
『えっ、ホント!? そんなんでいいの!』
さらにエッドの心を波立たせるような気味のわるい小躍りを披露し、ママルは歓喜した。
しかし、友の言葉は終わったわけではないようだ。
いつもの無表情が、わずかに変化していく。
「ですが――気が変わりました」
『はいっ!?』
「こちらとて、命を賭けたのです。相応の対価を受けとるというのも、悪くありません」
口の端をかすかに持ちあげるその企み顔は、幼馴染であるエッドでさえうすら寒いものを覚える。
案の定、魔人は空中で身を震わせた。
『な、なに考えて――!?』
「……“奴隷問答”の勝者、ログレス・レザーフォルトが、敗者なる魔人に告げる――」
『ひゃああーっ!』
逃げ出そうと背を向けた魔人を、闇術師のするどい声が射抜いた。
「魔人ママル――僕の、使い魔になりなさい」
『お、お助けええ――……えっ?』
どんな命令も受け入れまいと塞いでいた長耳をぴょこんと戻し、魔人は勝者に恐々とふり返る。
「ど、どういうこと?」
「貴方には、僕専属の使い魔としてこの“宝珠”に宿っていただきます」
そう説明しながらログレスが腰の鞄からとり出したのは、小さな宝石だった。
細かな造形の銀鎖を巻きつけた球体で、血のような深い赤色をしている。
「大容量の魔力を閉じ込めることができる道具です」
「へえ。俺の胸に入ってる水晶みたいなもんか」
心臓の位置をとんと叩いてみせるエッドに友はうなずいたが、彼らしい細かな補足も忘れない。
「万一の際の緊急代替品として持ってきました。ペッゴに手を入れてもらったので、魔力体となった魔人ならなんとか収納できるはずです」
『崇高なる魔人のボクっちに、そんな石コロに入ってろっての?』
紫色の腕をかき抱き、魔人は甲高い声で叫んだ。
なだめるように笑みを深くした闇術師が、じりりと一歩進む。
「……そう怯えずとも、これは“隷属”ではありません。中から外界の様子も分かりますし、普段は昼寝でもしていてくれて結構です。僕が大がかりな術を行使する際、その膨大な魔力を気前よく寄越してくれるだけで良いんですよ」
『ちょっと待遇がいいだけの“隷属”にしか聞こえないんだけど!?』
聞きわけの悪い子供を前にした親のように、ログレスは腰に手を当てて言った。
「では“死”を望みますか? 僕がその処遇を望んだが直後、貴方の肉体は消え去り魔力体へと戻ります。依り代がなければ、元の存在世界である冥府へと吸い戻されるだけですよ」
『うっ!』
闇術師は乾いた赤土に目を落とし、呟いた。
「まあ……そんなに“お父上”の元へ戻りたいのなら、感動の再会を邪魔する真似はしたくありませんが。エッド、どう思いますか?」
『ううっ!』
台本もなしに振られてきた茶番の役割を、エッドは快く引き受けて笑んだ。
「そうだな。ここは、本人の意思を尊重しようじゃないか。帰省の手土産は、トシア名物の“
『ううううーっ!! ああもう、分かったよおっ!』
快晴の空をあおぎ、魔人は観念の叫びをあげた。
その下で亡者と闇術師は、計略に満ちた視線を交わしてうなずく。
「では、契約成立でよろしいのですね?」
『うう……このボクっちが、人間相手に使い魔の契約をするなんて。でもまあ、父上のでっかい拳にプチンと潰されるよりはマシかぁ……』
「お前ほんと、なにして勘当されたんだよ」
そのような魔人相手に親不孝を働くなど、エッドには想像しがたい。魔人は肩をすくめて個人的な問いをうけ流すと、覚悟を決めたようにログレスに向きなおった。
『それじゃ、やっちゃってよ。ぱぱっとね』
「この道具は肉体を吸い込めないので、魔力体になっていただけますか?」
『……それ、結局一回死ねってことじゃん! やだよぉ、痛いし!』
「魔力体になったらすぐにとり込みますから。そのあと“宝珠”の中で、ゆるりと休んでください」
一進一退をくり返す他愛のない“問答”に苦笑していたエッドだが、ふと重要なことを思い出して割りこんだ。
「ママル! その素敵な家に入る前に、メルの解呪をしてくれ。それと、領域とやらの解除もたのむぞ」
『ん? あ、そーだった。ほほいのほいっと』
エッドの申し出を素直に聞き入れ、魔人は不可解な呪文とともに長い指を動かす。
領域が解除される気配などエッドには分からなかったが、かわりに焦った声が頭に響いてきた。
(――ッド! エッド! ログレス! 聞こえる!?)
(アレイア? ああ、聞こえるぞ)
(よかった。終わったんだね!)
思念の主であるアレイアが、少し離れた野営地でこちらに手をふっている。ログレスが地面に引いた線のすぐ内側で爪先立ちになり、ぴょこぴょこと揺れていた。
(思念が急に遮断されて、焦っちゃったよ。ログレスが出血してたみたいだけど、大丈夫!?)
(問題ない。まあ……ほかに手こずる“問題”はあったんだけどな)
(なにそれ?)
武勇伝はすべてが終わってから――功労者が許せば、だが――話すのでもいいだろう。
エッドはまだ言い合っている友と魔人を横目に、思念を送った。
(それより、もう“契約書”の効果は消えたと思うんだが……メルの様子はどうだ?)
(え、そうなんだ! ちょっと待ってね)
小麦色の頭が木箱の向こうに消えるのを見、エッドは急激な喉のかわきを覚えた――今にも、意識をとり戻した想い人が立ち上がってくるかもしれないのだ。
(うーん、あんまり変わってないかも。でも、目を閉じてる。さっきまでは、一心にそっちを見ていたんだよ)
(……そうか)
健やかな姿を拝めなかったエッドは気を落としたが、こちらの戦いを見てくれていたと聞いて心の底が温かくなる。
同時に、たいした活躍を披露できなくて残念だとも思った。
(きっと、まだ身も心も疲れてるんだよ。ポロクに診てもらうから、二人もこっちに戻ってきてくれる?)
(了解だ。ログが――)
「エッド、伏せてください!」
思念ではないするどい声が、亡者の耳を貫いた。
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