第68話 問いに見出す解―2



 闇術師ログレスは咳払いをし、場を仕切りなおす。



「僕としてはむしろ、“奴隷問答”に引き入れてくれて助かりました。その仕組みを利用すれば、勝利の光明あるやもと考えたのです」

『ふうーん。ボクっちとしたことが、ウカツだったなあ』


 魔人が素直に感心した表情を浮かべているのを見、エッドは意外な印象を受けた。

 いたずらっ子のような雰囲気が前面に押し出されているが、根は案外真面目なのかもしれない。膨大な知識の集積も、たんに長生きゆえの賜物というわけではないのだろう。


「そして問答を利用し、僕は魔人の正体を見極めることにしました」

「それで、あんな地味な質問ばかりしてたのか?」

「……必要な質問と言ってほしいですね」


 じとっとした目を向けられ、エッドは頭を掻く。

 それにかわり、上半身を乗り出した魔人が叫んだ。


『えっ! たしかに、お前の“問い”はちょっと変わってたけど……例えば?』

「人間が使う農耕具。それらは知識ある人間に、使われていた時代や地方を如実に語るものとなります。よく目にしていた道具名を挙げるのが、普通ですからね」

『おおー、なるほどお! たしかに奴隷たちが、ニームのかったい土を耕すのに使ってんのを、毎日見てたからねえ。よく鞭でちょっかい出しに行ったっけ』


 恐ろしい光景を懐かしむ魔人は、納得したように腕を組む。


『ほかは?』

「色に関する問題も、そのひとつです。かの魔人ファーマルは、この世のあらゆる叡智を手中に収めたといわれています。けれど――“色彩”だけは、理解することができなかった」

「盲目だったのか?」

「ええ。理のすべてを理解させることは不要だと考え、母である冥府の女王ジャナンが奪ったとも伝えられています」


 ぽんと手を打った魔人は、天啓を得たように高笑いした。


『へえええ! そーだったんだあ! 父上は昔、机の角にしこたまぶつけて見えなくなったって言ってたのに。ジャナンばあさまに盗られただなんて、ぷっくく、だっさいの!』

「いや、お前の親父の言い訳のほうが……」

「エッド。家族の問題に首を突っこむのは、無礼千万ですよ」


 礼儀ただしく制止してきたログレスだったが、顔には“乗せておけ”という表情が浮かんでいる。エッドは大人しくその提案を受けとった。


『なんか、負けたってのに楽しくなってきたなあ。もうないの?』

「……“混沌の指”の名を挙げた時です。貴方が真にファーマルであれば、自分より下位の魔人の名を聞いても恐れはしないでしょう」

『あーっ、しまった! そうだねえ。“指”の方達は、いつもボクっちをびしばし鍛えてくれてたから。今でも、なーんか怖いんだよね』


 ママルは腕を抱き、ぶるると身震いする。

 エッドからすれば、そんな重役らしき魔人たちに教育を受けてきた眼前の存在のほうがよほど恐ろしい。正面から力くらべを挑む事態を避けられたことが、幸運とさえ思えてきた。


『けどさ、知ってる? 父上には、ボクっちみたいな子供が百以上もいるんだ』

「ひゃ、百――!?」


 度肝を抜かれているエッドにひらひらと手をふり、魔人は素っ気なく言った。


『まあ、魔力を千切って作ればいいだけだから。……その中で、どうやって“ママル”を選んだんだい? ボクっちって、そんなに有名なの?』

「……いいえ。正直、僕も記憶の彼方に押しやっていた名でした」


 ログレスの正直な返答を聞いても、ママルは動じない。

 どこか寂しそうに頭を傾けただけだった。


『だよねえ。あの気持ちわるい目つきの契約者ゆうしゃだって、ニームのことは少し知ってても、ボクっちのことは全然知らなかったみたいだし』

「貴方の活躍した時代は、現代の魔術において調べてはならない“禁時代”にあたりますから。邪悪な知識を求める危険人物として、明るみに出ると面倒なことになります」

「……今の、聞かなかったことにしたほうがいいか?」


 学生時代にはその国を研究していたという友の発言を思い出し、エッドはにやりと笑った。

 しかし、友はいたって真面目な顔で言い添えてくる。


「告発すれば、献身金がもらえますよ。王城にある魔術管理協会へ行ってみたらどうです、“亡者”?」

「……遠慮しておく」


 滑稽な想像をしてうなだれたエッドを横目に、ログレスは魔人を見た。


「では、話を戻しましょう。貴方が“魔人ママル”であるという確証を得たのは、僕が問いを誤った時です」

『!』


 その言葉に大きな耳をぴんと立て、魔人はログレスをじっと見つめる。水晶玉のような大きな目玉に、はっきりと黒い影がうつり込んでいた。


『あ……! お、お前っ!?』

「!」


 そう叫ぶなり魔人は急降下し、闇術師の目の前に迫る。


 エッドは本能的に剣の柄に手をかけたが、魔人はこちらも見ずにふいと手を上げて言った。


『“ヒャクラ・デラ・モイァ”』

「ぐっ――!?」


 聞きなれない詠唱を受けたエッドの身体は、鉄のように重みを増した。髪の毛一本すら動かない。

 圧倒的な魔力に絡めとられて身動きができないエッドは、目だけを動かして対峙する魔人と友を見た。


『べつになんもしないから、ちょっとそこで固まってて!』

「……何用でしょうか。魔人よ」


 やや緊張した面持ちで尋ねる人間を検分し、ママルは歓声をあげた。



『お前――ああそうだ、気づかなかったよ! やっぱ“ブラッド”じゃんか!』

「はい?」



 興奮した様子だったママルは、闇術師の怪訝そうな反応を見て面食らう。


『えっ? お前、ブラッド――ブラッド・ワイヤーレヴィンだろ?』

「……何を言っているのです?」

『だ、だって、ボクっちとちゃんと話した闇術師なんて、あいつぐらいだし……たしか服もそんな感じだったし、目も紅かったし』

「闇術師なんて、皆このような出で立ちでしょう。それに僕は、不老不死の法に手を染めたことなどありません」


 ログレスの当然の説明に、魔人は金の両目を瞬かせる。

 あらためてじろじろと人間を眺め、考え込むように呟いた。


『んんん? そっかなあ。まあ、何千年も前のことだからなあ。でも、やっぱあいつに似てるよ、お前。性格は暗くなったカンジだけど』

「……それは、光栄の至りですね」

『お前がブラッドじゃないんだったら、なんでボクっちのこと知ってたの?』


 それを話そうとしていたのだが、という顔でログレスはため息をつく。


「……そのブラッドが残した数少ない著の中に、貴方に関する記述があるのですよ」

『ええっ! そーなんだあ! 知らなかったなあ』

「有名な理論書ではなく、伝記に近いような著でしたからね。“深淵”の先、冥府にまで到達したという彼の言葉を信じない者たちにとっては、ただの物語本ですが」

『ふうん。――来たんだけどねえ、ほんとに』


 不思議そうに語る魔人に、ログレスは静かな興奮を見せる。


「! やはり……真実なのですね?」

『もっちろん。生きたまま人間が冥府に転がり込んできたもんだから、当時はそりゃあ驚いたよ。でも人間のくせに、ボクっちとは気が合うやつでさ』

「で、では……! 貴方とブラッドが冥府の“鬼火池”で、鬼火釣りに興じたという話も――?」

『うわーっ、懐かしい! え、でもちょっと待って。あいつどこまで書いちゃってんの? ボクっちの威厳が台無しじゃん!』


「……」


 盛り上がってきた場に水を差すのは心苦しいが、エッドは持てる魔力を総動員して思念を叫んだ。



(……っ、いいから、この魔法を! 解け!!)



 頭に響き渡るようなその悲鳴に、魔人と闇術師は顔を見合わせた。


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