第68話 問いに見出す解―1



『……その問い、“肯定”する。ボクっちは魔人ママル――契約と定理を司りし偉大なる魔人ファーマルの、息子さ』



 魔人の呟くような声は、荒野の風にすぐさま流されていく。

 それでもしっかりと解答を受けとったらしい質問者は、小さくうなずいた。


「正解です。もっとも、僕が判ずることでもありませんが」

「な――なんだよ、どういうことだ!? あいつは、ファーマルって奴じゃ」

「……この哀れな亡者に、多少の補足をしても?」


 事態をのみ込めないでいるエッドを無遠慮に指差し、ログレスは魔人に確認する。

 魔人は丸い肩をすくめ、許可の意を示した。


「では。……本人も認めたとおり、僕らの前に顕現したのは“魔人ママル”という存在です」

「嘘ついてたってのか?」

『う、ウソってわけじゃない! ボクっちは次代の“ファーマル”になるんだ。輝かしい将来への意気込みって言ってほしいね』

「……。やっぱ、現時点じゃ嘘じゃないか」


 エッドのするどい切り込みに、魔人は小さく舌をつき出す。


『フン。あいかわらず、無礼な亡者だなぁ』


 しかし話の続きには興味があるらしい。ログレスを見ながら、腕輪がつらなる細い腕を組んだ。


『でもね、正直おっどろいたよ――どこで気づいたのさ?』

「そうですね。複数ありますが……」

「おいログ、うかつに答えるなよ。次はあいつが問う側のはずだ」


 自分の気づきに感嘆しつつ、エッドは横目で友に忠告を飛ばす。

 しかし違和感を感じ、その顔を二度見した。


「お前、“紋”が――!」

「……そういうことです。術の支配はすでに消えていますので、ご安心を」


 ログレスの状態は、“問答”をおこなう直前へと戻っていた。

 皮膚を走る“紋”も、その曲線から染み出していた血も綺麗に消えている。

 一方、魔人の顔は気味のわるい色に染まったままだった。


『言ったろ。“問答”を切りぬけたら、消えるって』

「勝負はどうなったんだよ」

『引き分けってのは嫌いだ。だから……“紋”の侵食度から言って、ボクっちの負けってことになるね』


 その宣言を喜ぶ様子もなく、ログレスは血に染まったフードをちらと見て言った。


「……衣服に付着した分までは、吸い取ってくれないのですか」

『傲慢な人間だなあ。ま、改善点として心に留めとくよ。さあさあ、続き!』


 小さな顎をくいと上げ、魔人は敗者とは思えない尊大さで先をうながす。


「……疑いが芽生えたのは、昼食をとったあの店です」

「ボジルと話した、港町の?」

「ええ。かの魔法術師は、軟禁されているメルを見て言いましたね――“たしかに呪われていた”と」


 老木のような術師がそんな発言をしていた場面を思い出し、エッドはうなずく。


「元来“魔法契約”とは、呪いではありません。もっと強力で、高位とされる力です。なのに正確な表現を好む術師が、わざわざ“呪い”という言葉を選んだ……そこが、ずっと引っかかっていたのです」


 爪の先で乾いた血をぱらぱらと剥がしながら、魔人が続きを引きとる。


『ふうん? それで、実際にこの場の契約――いや、契約に似せた“呪い”の力を感じて見破ったんだね。お前らの専門分野だものねえ』

「……恐れながら」


 長い耳を揺らし、小さき魔人は子供のように両頬をふくらませた。

 血まみれでなければ、愛らしい光景だったかもしれない。


『ちぇっ。今まではうまくやってたんだけどなあ。父上みたいに、指一本で強力な“契約”が扱えたら楽なのに。自分の魔力で言うこと聞かせるの、大変なんだよ?』


 忌々しそうに言葉を紡ぎながらも、魔人の目には意外なものを見るような光も浮かんでいる。


 エッドは仲間を見つめ、驚いて言った。


「お前、あの時から今までそんなことを考えていたなんて……!」

「闇術師というのは、つねに疑いの目を開けておくものです」

「それって、疲れないか?」

「余計な世話です」


 エッドの率直な感想に、友は目を細める。

 そういえば魔人との戦闘がはじまった時点でも、この男はどこか考え込んでいるような素ぶりがあった。

 魔人が身分を偽っていることに、薄々感づいていたのだろう。


 エッドは苦笑しながらも、優れた観察眼をもつ仲間を心中で賞賛した。


「……次の疑念は、ごく単純なものです」

「なんだよ?」

「契約の魔人“ファーマル”にしては、やけに人間世界に染まりすぎていると感じました。かの魔人は冥府の深奥に座し、たやすく腰をあげるような存在ではないはずですから」

「あー、言われてみれば」

『うっ、うるさいな! 冥府を出て“こっち”に来てから長いんだ。そうもなるってもんだろぉ』


 宝飾品をうち鳴らし、ママルは小さな牙を剥いた。

 すかさず闇術師が、長い人差し指を立てる。


「ええ、それも違和感の一端です。あなたは滅んだ南の大国ニームを、“故郷”とまで呼んだ」

『!』

「当然、すべての魔人の故郷は冥府です。故郷を自分で定義し直すというのはすなわち――追放されたか、みずから出奔したという経緯を指しています」

「はは、なんだよ。親父に勘当でもされたってのか?」

『うっ!』


 エッドが適当に投げたからかいの言葉に、鉄球を顔面に受けたような表情で魔人が固まる。エッドはぎょっとして言った。


「もしかして、当たりか?」

「お――お前とは“問答”するつもりはないっ! べつにボクっちが父上から勘当されようが何されようがカンケーないだろ! ふんっ!」


 ふたたびそっぽを向いた魔人を放置し、エッドは友に向かって口を尖らせる。


「けどな、ログ。そこまで分かってたなら、言えば良かっただろ。こいつが偽者だって」

「言ってどうなるというのです。開口一番、『御機嫌よう。ところで貴方は魔人ファーマルではないようですが、どちら様ですか』とでも挨拶すれば良かったのですか?」


 呆れたような口調で言われ、エッドは頭を傾けてその状況を思案してみる。


 血の通っていない腕が、さらに冷たさを増した気がした。


「魔人が何者にしろ、その圧倒的な魔力は間違いなく本物です。いたずらに機嫌をそこねることはしたくなかった」

「け……賢明な判断ありがとな、ほんと」

「ええ。どういたしまして」



 皮肉っぽくそう呟き、大闇術師は肩をすくめた。


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