第3話 亡者さんと未練について―2
こうして語ってみると、本当に奇妙な体験である。
魂だけになった、うつろな感覚。
たしかにこの世のものではない、果てのない空間――。
とくに天使との妙に生々しいやりとりの件になると、予想通りログレスは眉をひそめた。
「天使、ですか」
「そう自分で名乗ってただけだから、真偽は分からない。精霊や幻覚の類かも」
「……貴方がそう語るのであれば、それが真なのでしょう」
あっさりとそう言い切った術師に、エッドはほっと胸を撫でおろした。証拠を出せと迫られても何もない。
しかし親友は、長い人差し指を額にあて動かない。
深く思案している時の癖だ。
「今度はきちんと“処理”してくること……そう言ったのですね」
「あ、ああ。たしか」
光の泡になっていく時の話だろう。エッドが肯定すると、ログレスはまたみずからの額を突きながらぶつぶつと呟きはじめる。
「ふたつの魔力の衝突……“未練”……。強制蘇生への抵抗が、わずかに勝ったとでも……? いや、有り得る事象か……この魔力馬鹿なら……だったら笑える……」
「自分だけに分かる内容で呟いてくれよ」
後半の不穏な内容に突っ込むエッドを一瞥し、術師は肩をすくめた。
「では、僕なりの結論を申しましょう」
「お、おう」
切り株から音もなく立ち上がり、闇術師は紅い目を細めた。
長い指を今度はびしりとエッドに突きつけ、宣告する。
「貴方の魂は、死を望んでいた。しかし強力な蘇生術より、強制的に現世へ引っ張られた」
「ああ」
「その過程でもたついている間に身体のほうが死んでしまい、なんとか魂は定着したものの、結果“亡者”として蘇ることになってしまった」
「う、うん?」
「そのような、なんとも中途半端な存在――それが今のエッド・アーテルなのです!」
「お、おおー……!」
驚きと落胆が半々になり、エッドはぎこちない反応をするしかなかった。
それでも満足したのか、仲間は大きくうなずいて説明を続ける。
「まずは、亡者について知らねばなりません。実を言うと――僕が普段使役するような亡者にも、魂の
「そ、そうなのか!?」
エッドは思わず驚愕の声を上げる。
単なる魔物だと思い、バッサバッサと切り捨ててきた亡者たちが頭をよぎった。
「でなければどうして、死体が動くのです? そして人を襲うのです」
「そ、それは……」
どこか冷めた声で問うログレスに、エッドはたじろいだ。
「襲っているのではなく、身内を探しているだけだとしたら。何かやり残したことを、成そうとしているだけならば――?」
その言葉に、エッドは自身の身体を見つめた。
灰色がかった、気味の悪い皮膚。
開いたままの、生々しい傷痕。
自分が斬り捨ててきた亡者たちは、もっとひどい状態であることが多い。腐っていたり、目玉がぶら下がっていたり、骨が地面を擦っていたり――しかも大抵は、みずから生きている人へと寄っていくのだ。
「……それでも、気持ち悪いから“斬られて当然”ですか」
「お、お前だって、術をかけるだろ!」
エッドの指摘に、親友は重いため息を漏らす。
それはどこか、自分を責めているようでさえあった。
「ええ……その通りです。彼らに関してはまだ意識を支配して使役し、人に害を為さないよう鎮めるのが限界です。本当は当人の意識を完全覚醒させ、“未練”を晴らさせてやりたいのですが……」
「……そうだったのか」
そんな考えを持ったことがないエッドは、友の告白に打ちのめされていた。
口数が激減したエッドを置いて、ログレスは元の平坦な声音で話を続ける。
「話を戻します。つまり亡者というのは、生前の“未練”を糧にさまよう死体なのです。貴方も、その理論で動いています。天使が求める“処理”とは、“未練”を晴らすという行為を指すのでしょう」
「なるほど。じゃあ、俺が中途半端な亡者だってのは? 楽しいお喋りができること以外にも、なにか他と違うのか」
その問いに、ログレスはよくぞ質問してくれたとばかりに身を乗り出した。
「そこです! 通常は、“未練”を抱えた“死にたくない魂”が、死にゆく身体に無理に住みついて誕生するのが亡者です。ただ自我も保てず、魂の定着も薄いので、身体は動かすうちにどんどん腐食していきます」
「う、うん」
親友の紅い目が爛々と光っているのを目にし、エッドは半歩さがる。
死体の話をこんなに嬉々として語るから、闇術師は一般の方々から恐れられるのだとそっと確信した。
「しかし貴方は、この大陸でも指折りの聖術師による強力な蘇生を受けた。身体が真っ二つになり絶命したというのにです」
「ほんと、気の毒だな」
「生き返って当然、まさに奇跡としか言い様がないほどの力――そしてまた、それに対抗したのも“奇跡の力”なのです」
「……まさか」
おずおずと意見を述べようとしていたエッドをさえぎり、ログレスは声高に言い切った。
「そう! 貴方が持つ“勇者の魔力”です! 理論を学ぶのが面倒という理由で蓄積されていただけのムダに膨大なその魔力が、貴方の“死にたい”という気持ちを強く援助しました」
「なんかイヤな使い道だな」
残念そうな表情のエッドに激しく頭を振り、親友は興奮を隠さずにささやく。
「貴方の脳筋では理解できないでしょうが、これは大変なことなのですよ。なにせ、あのメルの術に抵抗できたのですから。しかし――結果的に、貴方は蘇生に屈してしまった」
「そんな表現、はじめて耳にしたんだが……」
遠い目をしていたエッドは頬を打たれたようにハッと我に返ると、指を鳴らして言った。
「そうか! 天界に行けなかった理由は――実は、俺が“未練”を抱えていたからか!」
「ご明察です。強大な魔力のぶつかり合いで生じた、亡者にしては強靭な肉体。そして“未練”と勇者の魔力によって繋ぎとめられた明確な自我。まさに生者と紙一重の“中途半端”な生きる屍――それが貴方なのです!」
満足げに言い切った親友に、エッドは頭を掻く。
褪せた赤毛が数本抜け落ちた気がしたが、見なかったことにした。
「そうかそうか。これで晴れて自身の正体も知れたことだし……それじゃ、やるか!」
「はい?」
エッドの威勢のよいかけ声に、親友は首を傾げる。
「結局、俺は“未練”があるから天界に行けなかったわけだろ。でももう身体も死んでるし、人間とは呼べない。仮にここでお前に滅してもらっても、また起き上がりそうな気がするし」
「……」
絶対にそんなことはごめんだ、という顔で口を開こうとしている友を手で制す。
「けどな、ログレス。やっぱり俺は――あの時、死んだんだよ。メルの蘇生はありがたいが、あの街道が俺の人生の終点だったんだ。それは誰の責任でもない、俺自身の行動の結果だ」
「エッド……」
実はお気楽な天界暮らしに憧れ、安易に死を希望した――などと言えるはずがなかった。
「だから、俺はちゃんと“未練”とやらを解決して次に行く。いわば、自分に課した
「……貴方は僕に、また死ぬための手伝いをしろと言うのですか」
一瞬、エッドは目の前の闇術師が呪いでもかけ始めるのではないかと身構えた。
しかし彼は見慣れた皮肉っぽい笑みを浮かべ、尖った鼻からふんと息を吐く。
「……見返りとして、充分に亡者の生態を研究させていただきます。その後、天界でも何処へなりと行けば良いでしょう」
了承という単語がわりの長い返事を聞き、エッドは牙を見せてにっこりした。
その朗らかな顔のまま、実に自然に疑問をぶつける。
「それでさ――俺の“未練”って、一体なんなんだ?」
その問いに対する呆けた声を聞けば、今後王都からの研究依頼も途絶えるかもしれないなとエッドは思った。
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