第3話 亡者と未練―1



 夕暮れが迫る森の奥で、明かりも持たずに二人の男が話し込んでいる。


 切り株に腰掛けている術師の声は、こずえが擦れる音よりも静かなものだった。


「任務の帰路での戦闘において、貴方は“狂牛戦士マッドカウマン”の攻撃を腹部に受けました。上半身と下半身に分断され、臓物が散乱。街道はまさに血の海に――」

「あ、うん。その痛そうなところ飛ばしてくれ」


 うすい死装束に包まれた腹部に手をやり、エッドは落ち込んだ声で割り込んだ。痛みは感じないが、あまり想像したくもない。


 ログレスは思案したのち、機械のように続きを語りはじめた。


「……我々はなんとか、安全地帯まで貴方の遺体を運びました。内臓のいくつかと血の多くは欠損したままでしたが、メリエールが蘇生魔術を施行しました」

「!」


 その名を聞いた瞬間、急に首筋が粟立つのを感じた。

 ばちんと手を首に回したエッドを、親友は興味深そうに観察している。


「どうしました?」

「い、いや……。なるほど、やはりメルが蘇生を。ひとりで?」

「あの辺りには、聖術師を抱える規模の聖堂などありませんので。身体も傷んでしまいますし……なにより貴方のような“英雄の魂”は、すぐに天界から迎えが来てしまうかもしれない、と」

「そ、そうか? はは」


 エッドは照れ隠しに、あらぬ方角を向いて鼻先を掻いた。

 親友もうんうんとうなずいている。


「グルゲイルもああ見えて、意外と信心深いものです」

「うん……。そうか……」


 拳で戦う拳闘士モンクである仲間の名だ。

 大男の濃いひげ面を思い出し、エッドは密かにうなだれた。手で続きを話すように促すと、平坦な声で語りが再開される。


「彼女は、蘇生と高位の治癒を同時に行使しました」

「さすがだな……。だからどこも欠けてないのか。ありがたい」


 気味の悪い色ではあるが、そう聞かされるとやはり自分の身体は愛おしい。

 腹を囲むように走る長い分断の傷あとを、エッドは指でなぞった。


「神の加護がおりた証拠である聖光が辺りを包み、蘇生は完了しました。しかし、貴方は……」

「起き上がらなかったんだな」

「……ええ。メルも消耗していましたし、我々は一旦近くの村まで移動しました」


 親友の声が少し低くなったことを、エッドは敏感に察知する。


 聖術師ができるだけの処置をしたあとは、仲間はただ待つことしかできない。とても気まずい時間が流れたのは間違いないだろう。


「……」


 不安と焦燥に、真面目な彼女は苦しい思いをしたかもしれない。

 想像すると、じくじくと胸が痛んだ――どうやら、痛む胸はしっかりと残っているようだ。


「部屋をとり、我々は丸二日間様子を見ました。しかし心音は聞こえず、肌も硬くなっていき……再度の蘇生術にも、反応はなく。ついに彼女の判断で、貴方は“死亡した”と定義づけられたのです」

「そうか……」


 これが他のパーティの話なら、当たりさわりのないお悔やみを申し上げる場面だ。

 しかし件の人物が自分であり、しかもこうして元気に歩き回っているのだからなんとも不思議な気分である。


「村で一番の早馬を駆り、レーベンが報告に走りました。本来なら、勇者の葬儀は王都で盛大に行われます。ですが身体の状態はあまり良くありませんでしたし、そもそも貴方は“そういう送り方”は気に入らないだろう、と……」

「へえ。よく分かってくれてるんだな」


 くすぐったいような嬉しさが湧き上がり、エッドははにかむ。


「全くです。グルゲイルはあれで、本当に気の利く男ですよ」

「……」


 粛々と祈りを捧げる美しい女性の姿が搔き消え、濃いひげ面がニッカリと歯を輝かせる。


 感謝と落胆に挟まれて身をよじるエッドを尻目に、闇術師は続けた。


「とは言っても、さすがに見知らぬ村の墓地に埋葬するわけにもいきません。そこで村から一番近く、大きな聖堂を持つ街へと移動しました。それがこの地、シュアーナです」

「なるほどな」

「ここは聖術師たちが修練を積むか“聖山”に近く、それなりの大聖堂も有しています。メルもひと目見て“ここに決めた!”と意気込んでいましたよ」

「家を決めるみたいに言うなよ……」


 冠婚葬祭は聖術師にとって大事な職務だ。自分の仲間――しかも勇者となれば、彼女が力むのも仕方のないことではある。しかしエッドはどこか寂しさを胸に抱え、遠い目をしていた。


「……」


 死体になってしまえば、彼女にとってはだれも同じなのだろうか。

 そんなエッドの虚しさを見抜いたのか、ログレスが小さな声で補足する。


「葬儀は、明日行われる予定でした。メルは……シュアーナの聖術師たちとの打ち合わせや準備に大忙しで、貴方の棺桶につきっきりというわけにはいかなかったのです」

「わかってるさ。それに、あんなに広い聖堂ががらんとしていた理由もな」


 目まぐるしい数日間を思い出しているのだろう。友は重々しくうなずいた。


「ええ。なにせ、勇者の葬儀とあれば一大行事です。街の広場の飾りつけは、ニータが指揮をとりました。グルゲイルは祭壇作りと、参列者へふるまう食事の手配を。まったく、忙しい数日間でしたね」


 エッドはちらと友の顔色を盗み見たが、珍しく視線がぶつかった。

 まるでこちらの質問を予想していたかのように、小さな自嘲を浮かべる。


「……僕なら、“名誉ある潜伏”をしていましたよ。勇者様の聖なる葬儀には、たとえ準備の段階でも闇術師は参加できないというのが、この素敵な街の習わしだそうで」

「そんな――!」

「貴方のせいではありません。それにお陰で、“たまたま”聖堂裏の森を散歩していたら、あの若者の悲鳴が聞こえて聖堂に飛び込めたのですから」


 皮肉っぽく笑む親友に、エッドも苦笑を返した。

 それでも、きっと嫌な思いをさせたに違いない。エッドの心情が伝わったのか、闇術師はふいと顔を逸らして話を結ぶ。


「……そして棺桶からはみ出していた懐かしき友を回収し、今に至るという次第です」

「ありがとな。よく分かった」

「貴方のほうは、何があったのです? よもや、寝ていただけではないのでしょう」

「そうだな。俺はあのあと――」


 エッドは少し迷った末、死後の自分に起こったことを親友に打ち明けた。

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