第55話 計画はうまくいかない―2




「やっと準備が整ったようだね」



 術の外に出たエッドを迎えたのは、余裕の表情を浮かべている勇者だった。


 エッドは抜いたままの剣をいつでも振り上げられるよう持ち直し、微笑む。


「ああ、待たせたな。さすが、勇者さまは礼節をわきまえていらっしゃる」

「もちろんだとも。今回の目標は君だからね、亡者君。他は正直、どうでもいいんだ」


 その言葉に偽りはないようだった。“獲物”に釘づけになっている蒼い瞳は、相変わらず熱っぽい光を浮かべている。


「それにしちゃ、惜しいことをしたな。あんなに完璧な不意打ちを、他のやつにくれてやるなんて」

「ああ、さっきの“転移術”のことかい?」


 さらりと飛び出した術名に、エッドは眉を上げる。

 予想はしていたものの、やはり驚かざるを得ない。


「ふふ、驚いただろう? 聖術を扱える僕が、反属性である闇術を使ってくるなんてね」

「……そうだな、驚いたよ。術師じゃない俺でさえ、それは危険だってことくらい知ってるからな」

「僕だって承知の上さ。相反する属性をひとつの精神に宿す行為が、どんなに身体を蝕むことかはね」


 ならば何故、とエッドが問う暇もなく勇者は勝手に語り続ける。



「けれど、僕の才能が力を欲してならないんだよ。術は術師だけのものなんて――ましてや系統を絞って会得しなければならないなんて、なんとも古臭いと思わないかい? 習得できたのだから、それで問題なしだ!」



 相変わらず芝居っぽい動作を交えながら、ライルベルは絡まった前髪を掻き分ける。途中で引っかかる金髪を鬱陶しそうに解しながら言った。


「知ってるかい? “勇者”には、圧倒的な三つの力が必要だ。自身の強靭な力と、扱う武器の力。そして、有能な仲間による力さ」

「……その仲間を、すべて手放した勇者さまもいるらしいが?」


 エッドの言葉に、勇者の表情がすっと冷える。

 射るような視線が、エッドの背後にある黒い半球へと向かった。



「聞こえなかったのかい? “有能な”と言ったんだ」

「俺の後ろにいる人たちは、みんな有能だ」



 迷わず言い返すエッドに、ライルベルは大げさに目を丸くする。


「まさか、本気じゃないだろうね? そこの死に損ないは、習学院も出ていない田舎者だ。海都で“拾った”本で独学したらしいけれど、まるで術は流行遅れで使い物にならない。ましてや、そう――これは知ってるかな」

「彼女が“宝石犬鬼”だってことだろ。それが何だってんだ」

「……ははっ!」


 渾身の冗談を聞かされたという表情で、勇者は空を仰ぐ。

 一瞬、その無防備な胸に向かって剣を振るいたくなったエッドだったが、思い留まった――奇妙なほど、隙がない。


「傑作だ! 知っていて、そのお荷物を抱えてきたのかい? いや、荷物とも呼べないかもしれない。なんたって――“盗る”側なんだからねえ」

「……っ! それを指示したのは、お前――」


 さすがに腹の底が熱くなり、エッドは声を荒げる。

 しかしその抗議を言い終える前に、背後で濃厚な魔力が膨れ上がった。



『炎獄の使者よ、愚者の臓物に紅蓮の烙印を――“深淵の業火アビス・フレイム”』



 聞き慣れた声がエッドの脇を通り抜けると同時に、勇者の背後から黒々しい炎の柱が吹き上げる。先が五つに裂けた柱はまさに巨大な手そのもので、振り向きもしない勇者を押しつぶそうと熱波を上げて襲いかかった。


「おい! ログか!?」

(……申し訳ありません。少々、手が滑りました)

「その程度で出せる術か! 契約書もろとも焼けちまったらどうすんだ!」



 思念を送るのも忘れ、エッドは振り向いて親友に叫んだ。

 丸く開いた穴が見咎められたように素早く塞がるのを、しかと目撃する。


 防御術の中で屈んでいるログレスは、悪びれる様子もなく思念を送ってきた。


(ご心配なく……契約書は、“この程度”の術では傷つきもしません。魔術や魔法に対しては、特に強く作られているのです)

(……解説どうも)

(それに、我らが敵も――やはり一筋縄ではいかないようですよ)


 友の目線に導かれ、エッドは黒煙が巻き上がる地点へと向き直る。

 周囲に生えていた草はすべて無残に焼け焦げていたが、その中央にはしっかりと二本足で立つ人影があった。



「……実に見事な闇術だ。この剣の加護がなければ、僕は荒野を漂う塵になっていただろうね」



 黒煙を裂くようにして現れた細剣の切っ先に続き、ライルベルが颯爽と姿を見せる。黒い炎はまだ名残惜しそうに刃を舐めていたが、勇者がひと振りすると輝く泡となって散っていった。


「どこかの“犬鬼”とは、やはり段違いの腕だね。そこの君、僕のパーティーに加入しないかい? いつもなら男は歓迎しないところなんだけど、この通り人員不足でね」


 淀みのない勧誘に、エッドは呆れて声も出せなかった。むしろ友が第二波を撃ち込みでもしないかと心配になったが、返ってきた声がいつもの平坦さを取り戻していたので安堵する。


「生憎、現在の居処に満足していますので」

「つれないね。よく知る人物もいるし、すぐに馴染めると思ったんだけど」


 冷静であろうと誓っていても、悪意に満ちた勇者の言葉はエッドの内臓を撫で上げるようだった。その怒りを敏感に察知したらしいライルベルは、昏い感情に満ちた笑みを浮かべて続ける。


「そう、“彼女”は君と同じで、まったく優れた術師だよ。なにより、あの通り絶世の美女だ。今は少しばかり無表情だけど、それでも美しいには変わりない」

「“彫刻”と共に過ごすのが趣味とは、優美ですね。僕にはその感性はありませんが」

「……」


 親友の鋭い毒舌が、エッドの怒りを不思議と押し流していった。

 効果を承知でやっているのかエッドには判断しかねるが、それでも心中で感謝を送る。


 お馴染みになった集中としての深呼吸をし、エッドは不快そうな表情をしている勇者を見た。



「さあ、そろそろ本格的に始めようじゃないか。立ち話をするには、この荒野は佗しすぎるだろ?」



 幾度の戦いを共にしてきた愛剣を静かに構え、エッドはそう告げる。

 頷きこそしない勇者だったが、細剣を向けることで同意を示して言った。



「“元”勇者への哀悼を込めて、お相手しよう。今度こそ、聖なる剣のもとに散りたまえ」



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