第55話 計画はうまくいかない―1




「アレイアッ! ――っく!」



 地に伏した小さな背中に呼びかけたエッドだったが、横ざまに襲いくる白刃の存在を本能的に感じ、愛剣で受け止める。


 剣同士がぶつかって奏でる鋭い音に、亡者の鼓膜がびりびりと震えた。

 散った火花の向こうで、蒼い瞳が爛々と輝いている。


「へえ、やるじゃないか! 腐った死体にしては、及第点の動きだよ!」


 小馬鹿にするように言った勇者の視線が、ふとエッドの剣腕に飛ぶ。



「……おや? そういえば、利き腕が復活しているようじゃないか」

「やっと気づいたか。待ちくたびれたぞ」



 つば迫り合いの均衡を保ちつつ、エッドは牙を見せて笑む。


「ふうん……」


 肘の部分から、分厚い手袋に覆われたエッドの指先まで――みずからが斬り飛ばしたはずのその部位を、ライルベルは隈の濃い目で眺めている。麻の袖から何かが軋むような音が上がったのを耳にし、勇者は大げさに言った。


「驚いたね――死体に装着できる義手なんてものがあるとは! やっぱり、君の“お仲間”製なのかい?」

「“仕立て品オーダーメイド”だ……羨ましいか?」

「いいや。袖の中を見たいとも思わないね」


 細剣とは思えない重みに負けないよう足を踏ん張り、エッドは友に叫んだ。

 

「ログ! アレイアをっ……!」


 了承の返事代わりに短い詠唱が聞こえ、鉄球のような黒い円が闇術師の足元から広がり始める。


「おっと!」


 這うように迫ってきたその円を目にしたライルベルは、軽やかな動作で後ろへ跳んだ。


「危ない。“闇の揺り籠ダーク・クレイドル”か。僕は“拒まれる”だろうから、退がらせていただくよ」


 円はエッドたちを飲み込むかのごとく地面から吹き出し、丸屋根ドーム型になって固まった。

 本来は敵である人間を捕縛するための術だが、闇に属す者――つまり、魔物や闇術師には効果を及ぼさない。その性質を逆手にとり、防御術としたのだ。


 飴細工のように輝く半球の中で、エッドたちは倒れた仲間の周りに屈み込んだ。

 ログレスの腰に吊られた革鞄から、緑の光が飛び出す。


『な、何事ですのっ!?』

「ポロク。昼寝していたところすみませんが、出番です」


 妖精は自分たちを覆う術と、背中から血を流している仲間を素早く見る。

 状況を呑み込んだらしく、白眼のない瞳を見開いた。


『もうやられてしまったんですの? それに、夜に急襲する計画では――』

「ご覧の通り、開戦の火蓋は切って落とされました」


 早口でそう告げたログレスは、丸屋根の天井付近を漂っている妖精を見上げる。

 いつになく真剣な様子であることはエッドにも分かった。


「それに“やられた”のかどうかは、貴女の力添えに掛かっています――彼女の治癒を、頼めますか」

『……そんなに深刻な顔しなさんな。どうってことないですわ』

「そ……だよ……」


 弱々しい声と共に、小さな背中が地面で身を捩る。

 術の外で意外そうな表情を浮かべた勇者も含め、全員の視線が若き闇術師へと集まった。


「いっ、つつ……!」

「アレイア! 大丈夫か!?」 

「だ、だいじょぶ……。ごめん、二人とも……油断、した」


 長い裂け目が走り、みずからの血に染まった薄手の胴衣を見下ろしてアレイアは顔を歪めた。


「ああ、もう……。せっかく、ログレスと一緒の店で、買った、のに……」

「……軽口を叩く余裕があるなら、心配要りませんね」

「心配、してくれたの……?」


 力なく微笑んだ弟子から目を逸らし、表情を隠すようにフードを引き下げてログレスはため息をついた――安堵の息にも聞こえる。傷の様子を診ていたポロクは、やがて形の良い口の端を持ち上げて言った。


『派手に出血していますけれど、大事なところまでは刃が入っていませんわ。上手く身を反らせたようですわね。上出来ですわよ、“宝石犬鬼ジェム・コボルド”』

「あ、ありがと……。さすがに、前とおんなじとこ……斬られるわけにはいかない、もんね……。治癒、どのくらい、かかる……?」


 蜂蜜色の瞳には、はっきりとした戦意が燃え上がっている。

 それに応えるよう頷き、妖精は優雅に緑色の髪を払った。


『小柄な貴女でもわたくしにとっては大きな身体ですし、人間の癒し手が使う荒い治癒術とは異なりますけれど――“憎い男”に一発浴びせてやる時間は、作れると思いますわ』

「……うん。それで、お願い」


 女たちは恐ろしげな視線を交わし、微笑む。


 アレイアは痛みを逃すように長く息を吐いたあと、エッドへと顔を向けた。敵に聞こえないほどの声量に落として言う。


「エッド……。計画、穴あけて、ごめん……“あれ”は、もうちょっと、待ってくれる?」

「ああ。こっちは俺がなんとかする。心配するな」

「……聞き捨てなりませんね」


 一人で敵前に戻ることを告げると、予想通りの鋭い視線が飛んでくる。

 エッドは友を見据え、はっきりとした口調で言った。



「分かってるだろ? お前には今、この防御術の保持をしてもらわないと」

「……。保持したままでも、僕なら十分動けます」



 不服そうなその言い分に頭を振り、エッドは辛抱強く続ける。


「知ってる。けど、やっぱりここにいてくれ。術ってのはどれも、遠隔になればなるほど魔力の消耗が激しくなるんだろ」

「……余計な知識ばかり、覚えて……」


 小さく呻いたログレスに、エッドは苦笑する。


「まあな。でも“計画”ってやつは、いつも上手くいかないもんだろ」

「……。“聖宝”を持つ勇者相手に、亡者一人で戦えると?」

「大事なことを忘れてるぞ、大闇術師さま」


 地に突き立ててあった愛剣の柄を握り、エッドは腰を上げる。



「俺も、“勇者”の称号を受けし者だ――棺桶に置いてきたけどな」



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