第47話 緑色の治癒者―2




『えーっ! メリエール、さらわれちゃったのぉ!?』

『なにやってんだよぅ、このあほ亡者! バカンデッド!』


 嘆きながら頭上を舞う色とりどりの光たちに、エッドは目が眩みそうになった。


『うえーん、クチさまあーっ!』

『おお新芽たちよ、そう悲嘆するでない。やれやれ、我の予言が当たったようだな。“求める者”よ?』

「……ああ」


 飛び込んできた若い妖精の頭を撫でながら、彼らの長であるクチはエッドを見上げた。はじめてこの谷を訪れた時とまったく同じ姿をしたその存在は、小馬鹿にしたように小さな鼻を鳴らす。


『ふん。どうせ大方、幸福に溺れて油断しておったのだろう。言うたではないか、百合を狙う者がいると』

「……返す言葉もないな」


 続いてエッドは、状況を簡単に説明した。

 

 手土産に持参したパイをかじりながら聞いていた長は、素直に事実を認め反省しているエッドを見、細い眉を上げる。


『ふむ。内省は済んだと見える』

「なんだよ、その残念そうな顔」


 エッドに指摘されると、クチは肩にかかる豊かな髪を優雅に払って答えた。


『なに、下らぬことで冥府に堕ちたような顔をするから、ヒトはいのではないか。やはり亡者ともなれば、多少のことでは揺るがぬらしいの』

「落ち込んだままだったら、慰めてくれたのか?」

『いいや。“兵隊蜂ソルジャーズ・ビー”どもを呼んで、尻を突かせるわ』


 背後の花の影から、鋭い羽音が聞こえた気がしてエッドは振り返った。

 通常の毒が自分に効くとは思えないが、ロウソクほどもあるあの太い針で刺されるのはあまり想像したくはない。


『それで? もう奪取の算段はついておるのか』

「一応な。今日は、貴方に旅の同行を依頼したくて来たんだ」

『我が――そなたらと?』


 エッドの実直な頼みに、長は金色の瞳を丸くした。

 背後に控えている仲間たちを見、薄い唇の端を吊り上げる。


『大きな闇の者は、以前貴様の魔力制御を担っていた者か。小さなほうは……驚いた、“宝石犬鬼”の血族ではないか!』

「ひゃっ!」


 またしてもすんなりと言い当てられたアレイアは、さっとログレスの影に隠れた。


「アレイア? どうしたんだ」

「だ、だって……“犬鬼”は、あんまり妖精と仲が良くないんだ。ウェルスじゃ、種族同士の戦にまで発展したこともあるし」


 そろそろと三つ編みを覗かせ、少女は小さな声で答える。

 クチは懐かしそうに頷き、谷の岩肌に切り取られた空を見上げた。


『よく学んでおるではないか。まあ、そんな時代もあったの。しかし安心するがよい、“犬鬼”の娘よ。この地は“犬鬼”どもの侵攻を受けてはおらぬゆえ、特に恨みなどもない』

「そ、そっか……よかった」

『もっとも――“興味”はあるがな』


 クチの言葉を皮切りに周りの花々から光が飛び出し、少女目がけて飛んで行った。



『わーっ! “犬鬼”だ! はじめて見たぁ! あれ、ツノがないや』

『岩や石ころを食べるってほんとお?』

「きゃ! い、いや、あたしは――」

『“宝石犬鬼”ってなーに? ねえ、なになになーに?』

『ギザギザの牙もあるのかなあ。そんできっと、背中は毛だらけなんでしょ!』



 遠慮なくまとわりついてくる若い妖精たちに、アレイアは戸惑っている。


 それは一見、微笑ましい光景にも思えた。しかしエッドは笑みを引っ込め、足に力を込めはじめる――少女の死角にいた妖精たちが、どこからか運んできた石を大砲のように構えるのが見えたからだ。


『うんしょ、うんしょ……ほら、“おやつ”持ってきたよ! あーんしてっ!』

「えっ、なに?」

「おいっ――!」


 不穏な気配に振り向いた少女の鼻先に、鋭利な石に跨った妖精が勢いよく迫る。


 その暴れ馬を迎えたのは、落ち着き払った声だ。



『塗れ――“退屈な落書きボアダム・グラフィティ”。……縮小版』

「……っ!」



 アレイアの眼前で正確に展開されたのは、紫色の光で編まれた蜘蛛の巣のような術だった。


『うっひゃああ!?』


 伸縮性のあるその網に突っ込んだ妖精は、馬から振り落とされた騎手のようにもんどり打つ――しかし、すぐに面白そうな声で笑った。


『ぼよよん、ぼよよーん! すっごーい、もう一回やってー!』

「……大道芸のための術ではないのですが」


 そう言いながらも、友は集まってきた妖精たちの足元に同じ術を施してやる。エッドはひとり胸を撫で下ろした。


 鼻がきちんとついていることを確かめながら、弟子は呆然としている。


「あ、ありがと……ログレス」

「鼻が無事なら、貴女が知性ある闇術師であることを証明すべきでしょう」

「……よおーし。見ててよ、妖精たち!」


 腕輪を鳴らして杖を取り出すアレイアに、妖精たちから期待の歓声が上がる。一抹の不安を感じないでもないエッドだったが、そちらの管理は友に任せることにして長に向き直った。


『なるほど。なかなかに愉快な面々を揃えてきたようだがの、エッドよ。やはり、我は行けぬ』

「……!」

『お主、妖精が持つ癒しの力を目当てにしておるのだろう?』


 見透かすような長の顔に、エッドは素直に頷いた。


「俺はともかく、戦闘で負傷した際――人間あいつらは治癒が必要だからな。妖精が治癒に長けているというのを、村人に聞いたんだ」

『うむ。ヒトというのは、顔を出したばかりの新芽よりも脆いからの。しかし、我はこの花畑を守る義務がある。まだ羽の皺もとれぬ新芽もおるでな』

「そうか……」


 もっともな意見に、エッドは小さく肩を落とした。予測していないわけではなかったが、やはり痛手である。

 ラケア村には、聖術の心得を持つ者はいない。しかし、まさか王都で普通の冒険者を探すわけにもいかないだろう。



『代わりに、と言うてはなんだが――ポロク?』

『ええ、クチさま。わたくしが、同行しましょう』



 クチの呼びかけにのんびりと姿を現したのは、緑色に輝く妖精だった。


 “犬鬼”を見て騒いでいる妖精たちよりも、ひと回り落ち着いているように見える。胸に手を添えて優雅に一礼し、エッドを見上げた。


『この子は、ポロク。元は南の地から、この花畑に流れてきた者でな。谷の外のことや、人間の身体のこともよう心得ておる』

「へえ! ありがとう、助かるよ。あー……前に会ったことが?」

『ええ。うふふふー』


 先で束ねられた長い髪を揺らし、ポロクは独特な笑みをこぼす。


 その様子で、エッドは既視感の正体に思い当たる――この花畑で一悶着あった際、メリエールと一緒に姿を消していた妖精だ。長の術の最中、彼女とは色々話していたと聞いている。


『あの“愉快”な来訪から、メリエール・ランフアはわたくしたちの友なのです。彼女は時折ここへ来て、手作りのお菓子と面白いお話を振る舞ってくれましたわ』

「うん。彼女も、谷へ行くのは楽しそうだったよ」


 村へ帰ってから数日も経たないうちに複数の妖精が訪ねてきた時は、エッドも村人も驚いたものだ。花束の谷まで案内と護衛をするからぜひ来てほしいと言われ、彼女は感激していた。


 そしてエッドの心配をよそに、いつも彼女は満たされた顔で戻ってくるのである――何を話したのかは、まったく教えてくれなかったが。


『その友の一大事となれば、手を貸さないわけには参りませんことよ。ヒトと旅をしたこともありますから、安心して負傷してくださいませ』

「ああ。頼りにしているよ」


 やる気に満ちあふれている妖精には悪いが、できればその力を発揮する場面は訪れないほうが良い。妖精と戯れる闇術師たちを見、エッドはそう願った。


『ついでに――不甲斐ない働きをすれば、アナタを吹き飛ばして差し上げますからね』

「お、おう」

『冗談ではないぞ。ゆめゆめ背後には気をつけるのだな、エッドよ』


 くすくすと笑い、クチは大口を開けてパイを頬張る。不穏な笑みのままポロクはエッドの肩に優雅に舞い降り、長い緑色の足を組んだ。


 興味深そうにエッドの冷たい耳たぶを引っ張ると、首を傾げる。


『まあ、冷たい。わたくし“亡者”の癒し方は存じませんけれど、よろしくて?』

「ああ。あいつら――ヒトのことだけ、何とかしてくれれば良いよ」


 迷いなく答えたエッドにポロクは頷いたが、長は低い声で言った。


『……随分、“亡者”が板についてきたようではないか』

「分かってるさ。身体を大事にしろってんだろ?」

『それは、咲きたての可愛らしい花に言うこと。我は、貴様のような醜い灰色の種を蒔いた覚えはない』


 つんと言い放った長だったが、指についたパイのかけらを舐めながらぽそりと呟いた。



『しかし咲いてみれば悪くない花というのも、稀にあるものだ』

「クチ……」

『我らの百合、貴様に任せたぞ。全てを終えたら、皆で谷へ来るが良い――今度は、あの村で作った酒も持て。月見酒なら、付きおうても良いぞ』



 杯を傾ける仕草と共に、長はにやりとエッドに微笑む。

 笑みを返しながら、エッドは力強く答えた。



「ああ、楽しみにしててくれ」

 


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