第46話 おかしな協力者たち―2



 奇抜な造形の屋根を戴いた道具屋。

 そこに足を踏み入れるなり、アレイアは驚愕の声を上げた。



「う、うそでしょ……。この感じ、もしかして……!」



 驚いたエッドがふり向くと、興奮した様子の少女が瞳を輝かせている。

 飛び込むように商品棚に向かうと、魔物混じりの闇術師は早口でまくし立てた。


「この眼鏡、“燐水晶フォスクリスタル”が含まれてる! 成型が難しいのに、なんでこんなに薄くできたの? あ、こっちのブローチに嵌ってるのは“紺碧合金アズルアロイ”!? にしても純度高すぎじゃ……あああ! あの泡立て器の金属部はまさか、“白金銅プラチナムカッパー”――」

「ア、アレイア? 大丈夫か」


 エッドに肩を叩かれ、勢いよくふり向いた若者。彼女は信じられないといったふうに、小麦色の三つ編みを真横にふった。


「どれもこれも、田舎の道具屋にあるような代物じゃないよ! ルテビアの職人にも負けちゃいない……ううん、造形美の深さを加味すれば、ここの品々が凌駕していると言っても――!」

「う、うんうん。落ち着こう。な?」


 エッドがなだめようにも、少女の興奮は冷めやらぬようだ。

 術師連中ときたら、己が惚れ込んでいる分野に遭遇するとこうである。エッドは前科多数の友を見たが、本人は“弟子”から解放され店の隅で一息ついているところだった。


「店主さんは!? その人がぜんぶ作ってるのかな? ぜひ話を聞きかなくちゃ。たとえばこれ――この、不思議なガラス玉っ!」


 広い作業机に転がっていた黒っぽい物体をとり上げ、アレイアはぐいとエッドに見せつけた。


「素材は“瑪瑙炭素アゲートカーボン”だと思うけど、あんな硬いものをこんな完全球にする技術なんて、聞いたことないし。これ、なにで出来てんだろ?」

「あ。それは……」


 エッドが説明するよりも早く、ガラス玉が震えはじめた。


「それはな、夢と情熱と浪漫で出来てんだっぺよぉ! お嬢さん!」


 甲高い声とともに、アレイアの手からガラス玉が飛び出す。

 店の照明の下に浮かんだ玉は、後光を放ちながらぐるぐると回転した。


「うっ――ううわっ! こ、声もでる仕組みなの!?」

「その仕組みだけは、オラもわかんねえなあ。なんせ、自分を分解するこたぁできねえからなっ!」


 がっはっはと底抜けに明るい声を放つ球体に、アレイアは好奇心に震える手を伸ばした。


「あ、あたしがしてあげよっか? 中がどうなってんのか、めっちゃ気になるんだけど!」

「んん、その心意気や良し! だっぺな」

「良くありませんよ、ペッゴ……。みずからを粉々にしてどうするのです」


 ログレスの真っ当な忠告にも、球体の生き物は元気な声で笑うだった。

 少女の目が点になったのを確認しつつ、やっとエッドは苦笑して紹介する。


「アレイア。道具屋の店主、ペッゴさんだ」

「え――えええ!?」

「よろしくなあ。お嬢さん、そこまで鉱物が好きってことは“犬鬼”――いやもしかすっと、その瞳は“宝石犬鬼”かい? こりゃあ懐かしいっぺなあ!」


 店主の言葉に、アレイアは文字どおり飛びあがった。

 エッドも眉を上げて店主を見る。


「あ、あたしはあんまり血が濃くないんだけど……わかるの?」

「おうとも。オラの故郷は、ウェルスの古い鉱山でなあ。“宝石犬鬼”たちとは、よく共同製作したもんだっぺよ」


 郷愁の表情なのかはわからないが、ペッゴはゆるゆると回転して嬉しそうに言った。


「あんたの瞳は、上等な鉱石を掘り当てた時のあいつらと同じ――きらっきら光る、“琥珀水晶アンバークリスタル”みたいな色だっぺ」

「そう……なんだ」


 これまで、瞳の色を褒められたことはなかったのだろう。少女はどこか複雑な表情を見せ、黙った。


 エッドは静かになった店内に、咳払いを落とす。


「ペッゴ。今日は、正式な製作依頼をしたくて来たんだ」

「おお! そりゃ大歓迎だっぺ。ちょうどニルヤん家の鍋底を直して、手が空いたとこでなあ」


 嬉しそうに語る店主にはどう見ても手がなかったが、エッドはなるべく気にしないことに決めた。


「下手だが、完成図を描いてきた。これを作ってほしいんだ」

「ふんふん。ちっと見せてくんな」


 エッドが開いてみせた設計図の上に漂ってきたペッゴは、ぴたりと動きを止めた。


 呼吸音も聞きとれない――そもそも、していない気もするが――沈黙のあと、強張った声が落ちる。


「エッドさん。こりゃ、あんた……」

「作れそうか?」

「いんや、そりゃ……作れることには、作れるけんど」

「なにか問題か? 素材が入手困難とか」

「問題っちゅうか……完成させるために“どんな道”を通らなきゃなんねえか、知ってて言ってるんだっぺか?」


 戸惑った店主の声をよそに、エッドはさらりと言った。


「ああ、知ってる。ちょうど、似たような物を注文した冒険者の知り合いがいてな。“完成”まで立ち会ったことがある」

「覚悟は出来てるってんだな? けどよぉ、エッドさん。簡単に言うけんど、実際は……」

「心配するな。そのためには、都合のいい身体を持ってるからな」


 設計図をくるくると丸めて机の上に置き、エッドは安堵の声を落とす。


「引き受けてくれて良かった。こんなもの、王都の職人には掛け合えないからな。そんな時間もないし」

「あ、当たり前だっぺな! オラだって正直、あんまり良い気はしねえよ」


 ぐるぐると激しく回転しながらそう言い放ったペッゴだったが、やがて回転は力なく収束していった。


「でもなあ……メルちゃんのためなんだべ?」

「そうだ。そのこと以外に利用しないって誓うよ。全部済んだら、返却する」

「返されても、オラにはとても使えねえっぺ。作ったら、あんたが使っておくんな」


 宙で輪を描いている店主は、まだ思い悩んでいるようだった。


「……」


 涼しい顔を保っているエッドだったが、内心では不安が渦巻いていた。ペッゴに断られると、ほかに宛てがない――この道具を作り上げることは、作戦の要なのだ。 


「んんー。いいのかい、ログレス先生? あんたのお連れさん、とんでもねえ代物を作ろうとしてるっぺよ」

「……もち得る言葉は、すでに尽くしました」


 店主の問いに苦々しい声で答える友を、エッドは見ることができなかった。


 完成した設計図をいち早く見せた時など、冗談だと思われたほどである。エッドが本気なのを確認した友は、珍しく数秒のあいだ絶句していた。


 半刻にわたる説得の末、折れた友が最後にぼそりと呟いた言葉はまだ記憶に新しい。



“エッド……亡者も生者も、身体はひとつしかないのですよ”



「むむぅ。先生でもダメだってんなら、オラがなに言っても無駄ってもんだな」

「話が早くて助かるよ」

「“犬鬼”の嬢ちゃんは? ちゃんと、計画を知ってんのかい」


 ペッゴの声に、ふたたび商品棚に見入っていた少女は慌ててふり向く。


「もっ、もちろんだよ! まったく、呆れちゃうよね。あたしもちゃんと反対したんだから。でも奇策といえば奇策だし、完成品はちょっと見てみたいし。何ならその……『製作助手』が必要なら、力になれるかもしんないし……?」


 指先を擦りあわせながら、アレイアはちらちらと店主を見上げる。

 八の字を描いて飛び回った後、ペッゴは可笑しそうに言った。


「ぶっはは! あんたもだいぶ、ぶっとんでるっぺなぁ! それでこそ“宝石犬鬼”ってもんだ、気に入った!」

「細かい調整はいらない。形にさえなればいいんだけど……どれくらいで仕上がりそうだ?」

「ふっふふ。安心すっぺな、ご新規さん」


 設計図の脇に音もなく着陸し、ペッゴは丸い胸を張った――ように見えた。


「このペッゴ、設計図を違えたことは一度たりともねえ。三日ありゃ、満足に動く品に仕上げてみせるっぺ!」

「そうか。三日も――え、三日!? 早っ!」


 作業日程を早めてくれるよう願い出るつもりだったエッドは、予想外の返答に度肝を抜かれた。


「なんの因果かちょうど、素材も揃ってるしなあ。この身体は数日眠らないくらい、なんてことねえし。雑務をやってくれる“助手”がいりゃ、何とかなるっぺ」

「が、頑張りますっ!」


 鼻息荒く答えるアレイアは、工房に立ち入ることができる幸運に浮き足立っているようだ。

 無事に帰ってこられたら、本当に助手として雇ってもらうのも悪くないかもしれないとエッドは密かに思案する。


「けどよ。肝心の“下準備”のほうは、どうすんだい? 見たところ、先生も嬢ちゃんも向いてねえと思うっぺ」

「まあ、そうだろうな」


 エッドが目を向けると、仲間たちは怖い顔をぶんぶんと真横にふった。絶対にご免だという表情である。


 エッドは心配そうに揺れている店主を見下ろし、頭を掻いた。


「作業は、その道の“達人”にお願いする予定だ。そこがうまくいかなきゃ、はじまらないからな」

「んだな。頑張りなよ」


 ペッゴはふたたび浮き上がり、店内を見回すようにゆっくりと回転した。


「――オラの身体がこんなだから、作ったまんま埃をかぶってた商品も多かったんだけどよ。あの娘は商品棚のホコリを払って、ひとつひとつピカピカに磨きあげてくれたんだ。手を真っ黒にして、優しい顔で笑ってたっけなぁ」


 腕まくりをし、雑多な品々と格闘する彼女の姿が見えた気がする。エッドは小さく牙を覗かせ、微笑んだ。


 白い服を好んで着るわりに、作業で汚すことは名誉だと思っている――そういう女性ひとだった。


「だからよ、オラも力を尽くすことにするっぺ。絶対、メルちゃんをとり返してきてくんな!」

「……ああ。任せてくれ!」



 店主に力強くうなずき、エッドは意気揚々と店を後にした。


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