第46話 おかしな協力者たち―1



 朝食の後エッドたちは、穏やかな日差しに満たされた村へと繰り出していた。


「ほー! “宝石犬鬼”だったのかあ。なるほど、だからこんなにちっこいんだべなあ」

「い、いや、背はこれからまだ伸びるし!」


 村の広場で出会った熊のような男ディシュに覗きこまれ、アレイアは仰け反った。


 大男は鋭利な爪の先で器用に団子鼻を掻き、のそのそとエッドにふり向く。

 小ぶりのナイフほどもあったその爪は、今は土が挟まった農夫のものへと戻っていた。


「エッドさん、いろいろ事情は聞いたべ。すまんなあ、小さな村じゃなんもかんも筒抜けで」

「かまわないさ。どうせ今から、方々に助力をお願いしにいくところなんだ」

「わしも力になれるべか? “大樹熊ウッドグリズリー”ゆずりの力は、役に立つと思うべよ。まあ、畑仕事しかしたことねえけどな」


 大男の丸太のような腕をぽんと叩き、エッドは笑って答えた。


「ありがとう、ディシュ。当面はその豪腕で、美味い野菜を作り続けてくれ。帰ってきた時、みんな腹が減ってるだろうからな」

「おお、それなら任せてくんなぁ! とびきりうまい白雲イモを作っとくべな」

「彼女が喜ぶよ」


 照れて大きな身体をもじもじさせたあと、大男はエッドの背後にたたずむ影のような男を見つける。


「おんや、ログレス先生! 調合してくれた虫除け薬、よーく効いたべ。おかげで、野菜たちも安心して過ごしてるよお。ほんに、ありがとなあ」

「……それは何よりです」


 発した内容に見合わない平坦な友の声にも、ディシュは満足そうににっこりと笑っている。


 エッドは大男を見送った後、にやりとして友を見た。


「畑の虫除けまでお手のものとは流石だな、“先生”?」

「そんな敬称は無意味だと、何度も言っているのですが……」

「いいじゃないか。そう呼びたいから、呼んでるだけだろ」

「ねえ、早く行こうよ! まだ寄るとこ、たくさんあるんでしょ」


 生来の明るい声をとり戻したアレイアが駆けてくる。

 エッドの脇を素通りして“師”の横に並ぶと、腕をしならせてその黒い袖に絡めた。


「……何のつもりです」

「あたし流の“虫除け”。だって、あんた大人気なんだもん。この村、意外ときれいな女のひと多いし」


 重々しいため息で答える友を見て、エッドは吹き出しそうになった。

 腕を組んで歩く男女というよりは、身長差がありすぎてアレイアがぶら下がっているようにしか見えない。


「お似合いじゃないか」

「でしょ。“妹”ってもの解消していかなきゃね。“妻”ですって」

「嘘の上塗りは感心できませんが」


 即座に注意するログレスは、夫というより口うるさい兄のようである。


 エッドはまだまだ先は長いなと肩をすくめ、先頭を歩きはじめた。





 辺境の村にある八百屋とは思えない、小洒落た店内。


 彩りの塩梅を考えて陳列された野菜たちが、三人の入店者を見上げた。


「こんにちは、ポーラ」


 エッドの挨拶に、店の奥にいた女性は優雅に会釈を返した。


「まあ、エッドさん! 皆さんも、ごきげんよう」


 きちんと化粧をした顔は美しく、手作りのエプロンを巻きつけた腰は見事にくびれている。背後でアレイアが、友の腕をきつく締めあげる音が聞こえた。


「エッドさん。昨夜はわたくし、少し“出来あがって”おりまして。こちらが普段の姿ですから、誤解しないで下さいましね」


 口に手を添え、上品な笑みを浮かべる女。激した彼女は自分の背をも越える大蛇になることを、エッドはまだ忘れていない。


「いやいや。“どちら”も十分、魅力的だと思うぞ」

「まあ、おほほ」


 意味深な笑みが交わされる。エッドは買い物用のカゴに野菜をいくつか入れながら、ちらと長いまつ毛の下にある金色の瞳を見た。


「いつ見てもいい野菜だ。ディシュにも、さっき会ったよ」

「あら、それは良かったですわ。あの人は“勇者”という存在が好きですから、あなた様に会うとご機嫌になりますの。まあ……いつでも、あんな顔なのですけど」


 困ったように笑うポーラだったが、エッドはその表情に深い愛情が含まれているのを感じた。小窓のむこうを見る彼女の目には、上機嫌でクワをふるう夫の姿が映っているのだろう。


「そりゃ嬉しいね。ところで、ひとつ注文したい品があるんだが」

「うちで用意できる物なら、なんなりと言ってくださいまし」

「たいした物じゃないんだ。あるかな? ……たった一滴でも強力な、“毒液”」

  

 シュ、とするどい音がエッドの耳をかすめた気がした。


「……」


 こちらにゆっくりと戻した女店主の顔は、やや強張っている。

 エッドの背後で、アレイアの戸惑ったような声が上がった。


「エッド? 毒液って、お店を間違えてるんじゃ……」

「お嬢さんの言うとおりですわ。うちは見てのとおり、八百屋ですのよ」

「ああ、そうだったな。じゃあ、“暗くなってから”また来るよ」


 踵を返したエッドを、少し低くなった声でポーラが呼び止める。


「お待ちくださいまし。それは――“あの娘”のためなのですね?」


 エッドはふり向き、背を伸ばしている美女にうなずく。


 ポーラは妖艶なすみれ色の唇をわずかに噛んだあと、小さく肩を落とした。

 会計処の脇に貼られた紙片を、寂しそうに見つめながら続ける。


「……彼女がくれたレシピです。けれど、どうしてもあの味にならなくて。なにか書き忘れてるんじゃないかと思うくらいですのよ」


 紙片に走る、やや左に傾く癖をもった几帳面な字。

 見覚えのあるその字を見ていると、エッドの胸が苦しくなった。


「……そうかもしれないな。時々、抜けてるところがあるから」

「ふふ。そこがまた、可愛らしいのですけど。とにかくわたくしにとって、今やなくてはならないお客さんですわ」


 みずからの言葉で決意が固まったのだろう。

 ポーラは金色の瞳でまっすぐにエッドを射抜き、宣言した。


「良いでしょう。わたくしの“細長い友人”に、毒液の調達をお願いしておきます」

「……ありがとう! 失礼だが、どのくらいかかるかな」

「量によりますわ。のちほど、必要量がおさまる小瓶をお持ちくださいませ」


 丁寧に答えたあと、ポーラは少し目を細めて警告する。


「けれど、ご注意あそばせ。人間が麻酔に用いる毒とは、扱いが異なりますわ」

「わかってる。けど……もしかして亡者にも、かなり効いちゃったりするのか?」


 恐る恐る訊いたエッドに、女店主は口紅と同じ色の舌を覗かせて微笑んだ。



「さあ。けれど、それは――大いに興味をそそられますわね?」


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