第43話 宝石犬鬼ものがたり―1



「アレイア。君は……」

「その様子じゃ、わかっちゃったみたいだね」


 “純粋な人間”として数えられていたのは闇の友――そして、想い人メリエールのほうだったのだ。たしかにニルヤにはまだ、この少女は親戚という体でしか紹介していない。


 魔物の瞳から涙をあふれさせる少女を見下ろし、エッドは自分の鈍い思考を呪った。


「うん。あたし……あたし、“宝石犬鬼ジェム・コボルド”の血を引いてるんだ」

「ジェム――?」

「やっぱ見たことない? そりゃよかった。見た目は、あんまりだから」


 犬鬼コボルド自体を見たことはある。

 犬のような頭部をもち、背を丸めて二足歩行をする魔物だ。筋肉隆々の肢体は、緑か褐色――たしかに魅力的な外見であるとは言いがたい。

 しかし彼らですら、ウェルスよりも鉱山が少ないこの大陸では珍しい存在である。


「犬鬼の中でも、ちょっと変わった血族でね。鉱山の最奥にこもって、より希少な宝石の発掘と加工に没頭してるんだ」

「へえ……」

「頭も良くて文化をもつけど、絶えず加工に熱中してるから短命。今はもう、純粋種は絶滅寸前らしいよ」

「へえ……。それにしては君は、“のびのび”育ってるように見えるけど」


 アレイアは小柄だが、ひと目見て人外の者であることを見抜けるほど小さくはない。言われてみれば少しだけ耳が大きい気もするが、目につくほどではなかった。


 じっと見られて恥ずかしいのか、少女は苦笑する。


「べつに、牙も長耳もないったら」

「わ、悪い。じろじろと」

「いいよ。見てのとおり、あたしに入ってる魔物の血はそんなに濃くはないんだ。純粋な魔物だったのは“変わり者”のご先祖さまだし、鉱山の外で異種婚したらしいからね」


 ニルヤと同じようなものなのだろう。外見ではとても判別できない。

 それなら苦労はないではないかと、生前のエッドなら口にしていただろう。


「……」


 しかし魔物として日々を送るエッドには、少女が何かしらの問題を抱えていることがわかった。


「話しこむ前に、ちょっと待ってくれ」


 エッドは言うなり、長椅子の背にひらりと飛び乗った。

 ぐっと脚に力を込め、お喋りの場に木陰をもたらす果樹へと飛び上がる。狙いをつけた赤い果実を片手で器用にもぎとると、華麗に着地した。


「ほら。そんなに泣いたんじゃ、喉が渇いただろ」

「あ――ありがと」


 少女は腕輪を鳴らして手をのばし、放られた林檎を正確に宙で捕らえる。小さな両手に余るくらいの丸々とした果実を見下ろし、そっと日に焼けた鼻を寄せた。


「いい香り。この村のものって、なんでも美味しいよね」

「魔力がたっぷり含まれた特製なんだってさ。“俺たち”には、より美味く感じるんだとか」

「……」


 親しげにそう言ったエッドは、さっと少女の表情が曇ったのに気づく。

 そしてすぐにその“問題”の正体を悟った――彼女は、自身に魔物の血が流れていることを快く思っていないのだ。


「すまん。不躾だったな」

「ううん。最初の反応としては、全然マシ。てか、そう言われたのははじめてかな」


 自嘲めいた笑みを浮かべる彼女は、急に気取った声を出す。


「“やあ。君がアレイアだね。さっそくだけど、僕のパーティーに入ってくれ。君の力――ああ、隠しているほうのだが――を見込んで、やってもらいたい仕事があるんだ。それ以外はとくに期待していないから、安心したまえ”」


 その芝居が、あの勇者との出会いを演じていることはすぐにわかった。なかなかの演技力である。


 言い終えると、少女はふたたび暗い顔に戻って椅子に沈んだ。


「そう街で声をかけられた時は、正直ちょっとイラっときたよ」

「でも、断らなかったんだな」

「まあね。ライルベルが新進気鋭の勇者ってことは知ってたし、いよいよ活躍の時が来たんだと思ってさ。その……ルテビアは物価が高くて、生活も厳しかったし」


 当時の生活苦を思い出したのだろう。アレイアは歳に似つかわしくない、深いため息を落とす。

 エッドはとなりの椅子に腰かけ、林檎をかじりながら訊いた。


「勇者さまが期待してた能力って?」

「ま、カッコ良く言うなら宝物奪取トレジャーハントの分野だね。“宝石犬鬼”は普通の犬鬼よりも痩身で、高いところの鉱石を採るためにすごく身軽なんだ」

「おお」


 林檎をぽんと宙に放りあげ、手元を見ずにそれをつかむ。慣れたその手つきに、エッドは感心した。

 少女は得意になることもなく、華奢な肩をすくめてみせる。


「部屋で、ログレスの杖を奪って見せたでしょ」

「あれも“宝石犬鬼”たちの技なのか」

「うん。でもあれをやっちゃうと、ますますヒトとの距離が開いちゃう気がして。なんだかんだで失敗を演じてた。あいつ、汚い仕事ばっか押しつけてくるし」

「そうか……けど、あの早業はたしかにすごかったよ。なんでそれを活かさないで、複雑な闇術なんかはじめたんだ?」


 これも失礼な質問にあたるのかもしれないが、回り道ばかりしていては時間が過ぎるだけだ。エッドの真っ直ぐな問いに、少女はふいと顔を逸らせる。


「……あたしなんかの話、聞いてくれるの?」

「君がいた“あたたかいパーティー”のことは知らないが、俺は仲間になる人の話ならなんでも聞いておきたい主義だ」


 ハッとした顔になった少女は、まじまじとエッドを見つめ返す。


「……変なやつだね。あんたって」

「勇亡者っていうんだ。君より珍しいかもしれないぞ」

「あははっ」


 やっと若者らしい笑顔を見せると、アレイアは朝の空気を思い切り吸い込んで言った。



「それじゃ、聞いてくれる? 物好きな勇亡者さん」


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