第4章 旅立ちと新たな仲間
第42話 勇亡者さんは気づかない
「遅くなったな。いや、この場合――“早すぎる”のか?」
雄大な山の稜線が白金色に染まっていくのを眺め、エッドはひとり呟いた。
行きは重々しい気分で踏みしめていた村の小道も、今では上等な絨毯にさえ思えるから現金なものである。
「ま、いいか」
村人による叱咤激励のあとも色々と話しこみ、気づけばこのような朝方になってしまったのである。
しかし、収穫は多かった。
村の作物には土地柄、多くの魔力が含まれているらしい。亡者の身体の回復にも役立つだろうと、八百屋の女主人から太鼓判を押された。
もちろん物理的に激しい欠損を補うことはできないだろうが、相性によっては小傷程度なら塞がるかもしれない。
それに、魔物の身体とのつきあいかた――エッドより長く“魔物”をやっているだけあり、村人たちはその方面についても詳しかった。
魔物特有の魔力をおさえ、人間だらけの雑踏へ忍び込む方法などは非常に有益だった。
エッドはまだその辺りの制御を意識していなかった。そのおかげで見る者から見れば、人外の者であることはすぐに知れてしまう状態なのだという。
逆に魔物の力を発揮する方法についても、いくつもありがたい助言を受けた。
鍛錬しても筋肉や身体能力が発達することはないのは知っていた。それでも、自分の身体を使って色々と“試してみる”のは重要なことらしい。
例としてそれぞれの“特技”を見せてもらった時、ある村人が苦笑して言った。
“まあオレのは、ログレス先生に教えてもらったんだがね。こんな歳までこの身体で生きてきたってえのに、尻尾から棘を生やせることも知らなかったとは恥ずかしいよ”
「……」
村に対する友の献身を思うと、エッドの足取りは自然と鈍くなった。
自分は世話になっているこの村のために、我が身を費やしただろうか?
「戻ってきたら、大工でもはじめてみるかな」
手先の器用さには自信があるし、黙々と物づくりをするのは嫌いではない。
王都に比べれば、まだ効率の悪い古道具も多い村だ。活躍の場もあるだろう。
ついに金色の朝日が顔を出したのを見、エッドは目を細めて呟いた。
「……そういえば」
魔物の目は金色、または黄色が多いということも昨夜聞いた。しかしエッド自身の目は、いまだに生前と同じ明るい茶色である。
全員で考えた結果、それは人間としての意思制御がまだきちんと働いているからではないかという推測にたどり着いた。
“ただ亡者としての気質が強く出ると、色が変わっちまうかもしれないよ。一度『金』に変わると戻らないし、街へ行くときに気を遣うから大事にするんだね”
そう忠告してくれたニルヤの瞳は金色だったが、言うなりそれがさっと黒い色に変わったのを見せられ、エッドは驚いたものである。
“べつに、この村じゃ自慢できやしない芸だけどね。ほかの街へ遊びに行く時は、これが出来てからさ”
“子供はできないのか?”
“いんや、歳は関係ねえべ。要は、自分を知ることだからねえ”
のんびりと言う女の言葉に、駆け出しの魔物であるエッドは首を傾げることしかできなかった。
“でも、便利な技には違いないよ。いつでも教えてあげるから、今度揃っておいでな”
“揃って? ――ぶふっ!”
ばんばんと背を叩かれたエッドはそのまま池に頭を突っ込んだので、訊きそびれたが――あれは、エッドだけに向けられた言葉ではないことはたしかだ。
「……ログのことか?」
魔力と知識を十分に蓄積し、“闇の深淵”に到達した人間の瞳は紅く染まる。
いまだにエッドには理解できない原理だが、たしかに今の友の瞳は紅かった。子供のころは、薄灰色だった記憶がある。
そして、今の色はあまり人受けしない――自分は闇術師であると公言しているにも等しいからである。
「まあ、あいつは気にしてないと思うけど……」
瞳が変色した時、彼は妖しくも誇らしい笑みを浮かべていたものだ。王都では色つきの眼鏡で瞳を隠す術師も多いが、友がそんな工夫をしているのを目撃したことはない。
「うーん……じゃあ、誰のことだ?」
エッドは音もなく飛ぶ渡り鳥たちを目で追いながら、ぼんやりと思案する。
たくさんの情報を一夜で詰め込みすぎたからか、やや思考が鈍い。
“この村では、純粋な人間は四人だけだべな。あたしの旦那に、村長の奥さん。それから、あんたのお連れさん方”
「……」
たしかにどこかで見た記憶のある、金色の瞳。
純粋な金というよりは、彼らよりも少し
「え、エッド……? やっと帰って、きたんだね……」
「?」
哀れっぽい声が耳を打ち、エッドは顔を上げた。
年寄りたちがお喋りするのに好まれそうな、小道の脇に設置された長椅子。そこに、力なく座り込んでいる小さな姿が目に入る。
「アレイア!? どうしたんだ、こんなところで」
「あ、はは……」
駆け寄ってみると、少女はエッドがはじめて耳にするほど沈んだ声で答える。
「何があった?」
ひどく憔悴してはいるが、怪我などはない。それを確認しエッドは安堵するも、ゆっくりとこちらを見上げてきた顔を見てはっとした。
涙に濡れた、光沢のある“蜂蜜色”の瞳――。
「もうだめかも。あたし……ログレスに嫌われちゃった」
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