第35話 無謀な恋と乙女ゴコロ―2
のどかな村の小道を往くエッドのとなりから、明るい声が上がる。
「心臓に穴が空いててもひょいひょい歩けるなんて、不思議だね」
「だな。まだ少し、動きは鈍い感じだが……」
目覚めてから数時間で村の中を歩けるようになったという事実に、エッド自身も驚いていた。
けれど聖気さえ抜けてしまえば、亡者の身体にとっては十分“健康”であるらしい。
「もう、どこも痛くない? 聖気がくすぶってるとこがあれば、呪おうか?」
「荒療治にもほどがあるな」
断りながらも、新たな仲間となった少女の真摯な態度にエッドは顔をほころばせた。
世話好きでくるくるとよく動くアレイアは――想い人と比べると無駄な行動が多いが――とても好感がもてる。
ぐっと大きく腕を伸ばし、田舎の空気を存分に吸い込んだアレイアは言った。
「いいなあ、この村。てかこの大陸って、全体的に豊かだよね。気候の違いってのもあるけど、魔力の流れもすっきりしてて……あたしは好きだな」
「ウェルス大陸は、全然違うのか?」
エッドの質問に、少女は雲ひとつない空を見上げて答える。
「まあね。どこももっと暑くて、厳しい地だよ。海の近くは都もあって栄えてるけど、雨が少ない内陸の暮らしは辛いんだ」
「君は?」
「ばりっばりの内陸田舎生まれ。あんなとこで干からびるのがイヤで、海の都ルテビアへ出て行ったんだ。ちなみにライルベル御坊ちゃまは――ま、言うまでもないよね」
生まれで人となりが決まるわけではないが、その影響は大きい。
エッドは同じ田舎出身である少女に親しげにうなずき、自分の情報を開示した。
「俺とログも、田舎育ちさ。家が向かいだから、家族同然に過ごしてきた。それぞれの修行に没頭していた時代もあるが、基本的に同じパーティーにいたな」
「ほんとに仲がいいんだね。あんたが眠ってた間、ログレスは相当心配してたもん」
「そ、そうか?」
そう言われると、なんとも気恥ずかしい気分になる。
しかしアレイアが言い足した内容に、エッドは凍りついた。
「うん。昨日なんか、追加で正式詠唱つきの大技を打ち込もうとしてたくらい。それだとエッドも家も吹っ飛んじゃうよって、止めるの大変だったんだから!」
「お、おう……それは、ありがとな」
「夢中になると、ちょっと周りが見えなくなるとこがあるよね。やっぱ、あたしがついてあげなくっちゃ!」
鼻息荒く決意を語る少女に、エッドは苦笑する。
性格に開きがあるものの、この二人が一緒にいることを想像しても意外と違和感は感じなかった。
相反するものは結局、寄りそって生きるのが宿命なのかもしれない。
夏と冬。
火と水、剣と魔法。
そして――光と、影のように。
「ねえ。止めたいわけじゃないんだけどさ」
歩を緩めたアレイアが、ふと真面目な声になって切り出す。
「どうした?」
「彼女――メリエールを、とり返しに行くんだよね?」
「……ああ」
その名を聞くと同時に、買い物用にもってきたバスケットが軋む音が響いた。
知らないうちに、持ち手を握りつぶそうとしていたらしい。
「うん。そりゃ、そうだと思うんだけど。でも厳しい戦いになるってことは、ちゃんと言っておきたくて」
アレイアは、若くも苦い経験で成長した顔をエッドにむける。
「あんなクズだけど、ライルベルは実際強いんだ。幼少時から武家の厳しい鍛錬を受けてるし、もって生まれたセンスもある」
「……」
「それに、好戦的っていうのかな……自分の力で、強者を斬り伏せたいって思ってる。魔術師がうしろで杖をもて余してることも多かったよ」
風だけが通る小道の上で、エッドは黙って続きを待った。
「そんな奴が、“聖宝”とは名ばかりの殺戮剣を手にしてるんだ。相性が悪いわけがない。とにかく目に入った魔物は、片っ端から斬っていくんだから」
「なら、うっかり目の前を横切らないように注意しないとな」
「もうっ!」
エッドが茶化すと、少女は急に大人びた顔になって頭をふった。
その仕草には見覚えがある――揺れる髪が、静かに輝く月のような銀色でないだけだ。
「君の心配はありがたいが、俺は行くよ。彼女を、危険な魔法契約の元には置いておけない。もちろん、殺戮剣のそばにもな」
「……大切なんだね。彼女のこと」
「ああ」
頭で考えるよりも先に、迷いなく喉から本心が転がり出る。
エッドはフードの暗がりから、木漏れ日を見上げて茶色の目を細めた。
「生きていた時は、自分の気持ちから目を逸らしてたんだ。ずっと彼女が気になってはいた。でもリーダーである自分が行動を起こせば、仲間内になんらかの乱れが起こるだろう――そんな気後れがあった」
思えば、騒がしい集会所で人波にのまれた彼女の手を引っ張ったのが、最初で最後の純粋な接触だった。
その後のふれあいといえば、悲しいかな仕事上のことでしか記憶にない。治癒を受ける場合も、なるべくそのような接触がないように努めたものだ。
「でもな……今考えると、そんなにご立派な意思じゃなかったんだ。俺はただ、本心を打ち明けて彼女に拒否されたらどうするって、ビビってたのさ」
「勇者さまでも、そう思ったりするんだね」
予想どおりの反応に、エッドは可笑しくなって牙を覗かせる。
「だろ、俺もそう思うよ。けどたいそうな職務に就いていたって、俺もただの人間だったってわけなんだ。勇者だから、リーダーだから……そんなの関係なしに、さっさと彼女に花でも贈るべきだった。ひとりの男としてな」
「それを、亡者になった今やるってこと? それが――あんたの“未練”なんだね?」
好奇心と同情が混ざったかのような複雑な笑みを浮かべ、アレイアは尋ねる。
「ああ。俺の“未練”は、メリエールに本当の想いを伝えることらしい。目覚めてから、そのことばかり頭に浮かぶからな」
「でも、その……指輪を渡したって聞いたけど?」
遠慮がちに見上げてくるアレイアに言われ、エッドは思わず微笑んだ。
暗い森の中で、借り物の指輪を渡した時の彼女の顔を思い出す。
もう、ずいぶんと昔のことのような気がした。
「ま、あれもひとつの“緊急措置”というか……。たぶん、本当に挑戦したとはみなされなかったんだろうな。現に、“お迎え”も来てないし」
あの無機質な天使は、今もどこかで様子を見ているかもしれない。
エッドは空に彷徨わせていた視線を戻し、少女に向かって宣言した。
「だから彼女をとり戻して、もう一度言ってみるつもりだ。今の、俺自身の言葉で」
「……もし……」
「もし、嫌われたら――か?」
難題に挑む当人がさらりと不吉な可能性を口にしたことに、アレイアはびくりと肩を震わす。
エッドは腰に手をやり、穴の空いた胸を張って答えた。
「そうなりゃそれで、仕方ないだろ?」
「だって、“未練”が達成できなかった亡者は――!」
「わかってる。でも、ずっと本心を言わないで彼女を見守り続けるってのも、なんか嫌なんだ。そこは亡者の本能ってやつかもしれないな」
不思議と決意を口に出すことで、さらに意思が明確になっていく気がした。
そう――命も心臓も失くした亡者が、今さらなにを出し惜しみすることがある?
「成功するかどうかじゃない。ただ、やってみるだけさ――滑稽か?」
「ううん、素敵だよ。あたし、応援する!」
こくこくとうなずき、少女は拳を握った。
エッドは少し照れくさくなり、頭を掻いて笑う。
「ありがとな。闇術師は、亡者についての理解が早くて助かるよ」
「闇術師だからってワケじゃないよ。あたし個人が、エッド・アーテルの行く末を見たいんだ。できれば――良い結果をさ」
温かい気遣いが込もった言葉に、エッドは小さく微笑む。
ぐいとフードを深く引きおろし、涼しい木陰から陽の元へと歩き出した。
「まずは戦いが待ってる。頼りにしてるぞ、アレイア」
「任せて! あいつの気障な顔が、恐怖に歪むのが楽しみだよ」
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