第35話 相反するものたち―1



「エッドさん! 久しぶりに家から出てきたと思ったら……どうしたんだい、その腕!?」


 身体の回復具合をたしかめに外へ出たエッドの前に、恰幅のいい女が現れて叫んだ。


「ああ、その……ちょっと戦闘でな。もっていかれた」

「そりゃまあ――本当に、お気の毒に。あたしらになにかできることはあるかい?」

「ありがとう、ニルヤ。けどもう処置も終わったし、大丈夫だ」


 腕を失くしてから流れた日数を考えると、もう歩き回っているのはおかしい。

 しかし女――主婦のニルヤは、なんらかの事情を察してくれたのか静かにうなずいた。


「わかったよ、皆にはあたしから伝えておく。花束を抱えて押しかけないようにってね」

「助かるよ」


 牧草を腕いっぱいに抱いた女は、エッドのとなりに立つ小柄な少女を見た。


「そちらさんは?」

「ああ、この子は……連れの妹なんだ」


 二人とも背丈はそれほど違わないはずだが、幅が倍以上もある女と比べるとアレイアはまるで子犬のように小さく映った。


「えっ、ログレスさんの! あんまり似てないねえ……瞳の色もぜんぜん違うし」

「いや、たんにあたしはまだ闇のしん――むがっ」


 エッドはバスケットから堅焼きパンを瞬時にとり出し、少女の口に押し込みながら笑った。


「そうなんだよ。でも、このとおり食べ盛りでさ。いくら買っても足りないんだ」


 細かいことを気にしない性分の女は、いつもの明るい笑顔を浮かべると足元の木箱から林檎を数個すくい上げる。


「女の子だって、腹が減るもんさ。ほら、これもあとでお食べ。ちょっと細っこいから、たくさん食べて出すとこ出していかなきゃね!」

「ふぁ、ふぁりがろ……」


 胸元に転がり込んできた林檎を慌てて受け止め、アレイアは戸惑い気味に礼を言う。

 背肉を揺らして去る女を見送ると、ごくんと大きく喉を鳴らしてエッドを睨んだ。


「っはぁ! なにすんの!? パンで窒息死するとこだったよ」

「そのわりに、全部食べたんだな」

「めっちゃ美味しかった……じゃなくて。乙女に大口開けさせんなっての」

「“闇の深淵に達していないから”なんて、乙女は口にしないもんだぞ」


 蜂蜜色の瞳で驚いたように瞬きし、少女は近くに人影がないかきょろきょろと見回す。道を闊歩するニワトリにさえ聞こえないほどの小声で言った。


「そうだ……あのさ、この大陸の人って闇術が嫌いなの? 闇術師の胴衣を着てた時、道中で会った人にはあんまりいい顔はされなかった。シュアーナなんかじゃ、隠れとけってあいつに言われたくらいだよ」

「まあ、嫌いというか……怖がられてるって感じだな」


 買い出しの誘いを断って家に引きこもっている友を思い出し、エッドは苦笑する。


 聖堂の栄光に隠れるように、闇術師たちはひっそりと各地で研究を続けていた。

 近年の王都では学問として認められ、蔑まれることもないのだが――田舎になるにつれ、彼らの黒色は忌避されがちである。


「けど、この村は大丈夫だ。ログもたまに外に出るが、色々話しかけられるみたいで驚いていた。ついでに、野菜やら肉やらをどっさり貰ってくる」

「ふーん。んじゃ、あたしが闇術師だって言っても良かったんじゃないの?」

「からかわれるだけだぞ。空でも飛びたいのかいって」


 エッドとしては、せっかく見つけた安住の地でわずかでも注目を引きたくないという単純な理由だった。しかし適当に言った予測に、少女の頬は膨れあがる。


「そんなの、今ではもう夢物語じゃん! 大体、飛行魔術が盛んだったといわれるトレイブ朝後期なんか、それはもう悲惨な事故ばっかりで――」

「はいはい。“そういう”ところは、あいつと同じだな」

「え!」


 エッドの指摘に、アレイアは熱弁をふるおうとしていた口をぱっと押さえた。

 静まり返った小道に、ニワトリが茂みをつつく音だけが響く。


「そ、そっか。ログレスも、飛行より転移派なんだね……? そうだよね、やっぱ。あれだけ実力があるんだし……」

「いや、どの部分で照れてるのか俺には分からないけど。まあ、とにかく君はログの妹ってことにしといてくれ」

「妻じゃ、だめ?」


 三つ編みをしょんぼりと垂らし、アレイアは元気をなくして言った。

 エッドは小麦色の頭をくしゃくしゃと撫で、兄になったような気分で慰める。


「ウェルスじゃ、キスしたら夫婦になるのか? しかも、あれは正式なものじゃないだろ。緊急措置だったんだから」

「う……」

「君があいつを“オトしたい”のは分かるけど――」


 なにせ、あの幼なじみが色恋沙汰に関わっているのを見たことがない。親友である自分の恋慕事情を耳にしても、応援どころかからかいのひとつもしなかった男だ。


「それこそ、空を飛ぶよりむずかしいかもしれないぞ?」


 顔立ちは整っている部類なので、言い寄ってくる婦人がいなかったわけではない。しかしあの毒舌と闇術への傾倒具合が、すべての“ご縁”を容赦なく食いちぎってきたのである。


 現実を突きつけられた少女は顔をひきつらせたが、キッと眉を上げて宣言する。


「い、いーよ、いーよ! べつに、今からアタックしていけばいいもん」

「そうか、頑張れ。俺にできることがあったら言ってくれ」

「んじゃ一階の客室じゃなくて、ログレスの部屋で寝ていい? さっき鍵つけたみたいで、入れないんだ」

「……入ってほしくないんだと思うぞ」


 残酷だが、友の安眠のためでもあると思い率直に意見する。


 アレイアは残念そうに林檎をひと口かじって喉を潤し、みずみずしい唇を尖らせた。


「もう、恥ずかしがり屋なんだから。一緒に寝ちゃえば、すぐに仲良くなれるのに」

「そっ……そういうもんか?」

「そーゆーもんだね。元勇者なら、それくらい分かるでしょ?」


 不思議そうな顔の連れを見ていられずに、エッドはぐいんと頭を回して視線を外した。


「コケッ!?」


 その先にいたニワトリが飛び跳ね、大きく鳴いて小屋へ逃げていく。

 慌てた足音が聞こえ、エッドの頭に小さな手が伸びてきた。


「ちょ、回しすぎ! いっちゃいけないとこまでいってるよ! よいしょ、と」

「す、すまん」

「なーに、動揺してんの? ……はっはーん、勇者のくせに“そっち”のほうは“見習い”なんだね? ほほーう、なるほどなるほど」


 口にパンを押し込んだ仕返しなのか、アレイアは陰湿な笑みを浮かべ続けている。


 上手い返しが見つからなかったエッドは頭を掻き、結局背をむけて歩きはじめるしかなかった。



「ま。ほんとに上手くいくのかは、あたしも知らないけどさ……」



 亡者の耳が人間よりも優れているという豆知識は、しばらく隠しておこうと誓ったエッドだった。


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