第17話 ほんとうは、根暗なんです



 遠出するには良い季節であることに、エッドは心からの感謝を捧げた。蒸し暑い夏は少し前に終わったばかりであり、厳しい冬はまだ遠い。


 その間をただよう、とても短い豊穣の季節だった。


「涼しいなー……」


 乾いた風を頬に受けながら、エッドは緩慢な口調で呟く。


 この身体は腐食はしないだろうというのが闇術師の見立てだが、暑い季節のことを考えると不安である。


「……」

「……」


 村を出てしばらく経つが、柵のところで会話をして以来なにも進展はなかった。


 エッドは隣を歩く聖術師をちらと盗み見る。数分前と変わらず、彼女はただ前を向いてひたすらに歩を進めているだけだった。


 その表情はやや硬く、まるで敵地をいく尖兵のようだ。


「……あの、さ」

「なんですか」


 口を開いてみたものの、てきぱきとした事務的な返事にエッドは肩を強張らせる。


 好ましい女性と二人きりでいる時、世の紳士たちは一体なにを話しているのだろう。途方に暮れかけたエッドだったが、とにかく明るい声を出すことに努めた。


「君は、休暇――というか、こうやって自由に過ごすのはいつぶりなんだ?」

「え?」


 手はじめの会話として適切だろうと思ったのだが、メリエールは真剣な顔をして記憶を辿りだしてしまった。

 しまいには指を使って年月を数えはじめた彼女を見、エッドは可笑しさに牙を覗かせる。


「わかるよ。さっき数えたら、俺も数年ぶりのことだったんだ」

「……ですね。驚きました」

「任務がない日っていうのも、あったはずなんだけどなあ。君はそういう日、何してたんだ? 俺はほんと、一日中寝てたよ」


 肩をすくめて打ち明けるエッドにつられたのか、メリエールもあっさりと真実を吐露する。


「私もよ。気づいたら夕方で、それでいつも慌てるんです」

「えっ、君が? よくニータたちと買い物に行ったり、昼を外で食べたりしてるって聞いたことがあるから、ひとりでも活動家なものだと」


 エッドの所感に、小さなため息をついて彼女は頭をふった。

 帽子についた木の実かざりが、軽やかな音を立てる。


「あれは、ニータが活動家だから。屋内にこもってるのは嫌だけど、ひとりで出かけるのはもっと嫌なんですって。もちろん彼女は社交家だから、色々なことを教えてくれて楽しいんだけど……」

「――ちょっと疲れる、か?」


 言い出しにくいことを引き取ってやると、彼女はためらいながらもうなずいた。


「私は、そんなに活発じゃないんです。本当は暖炉のそばでずっと読書をしたり、お茶の葉を配合して楽しんだり……そういうことが好きな、“根暗”な人間なの」


 苦笑しながらうち明けるメリエールの顔からは、普段の凛々しさが消えていた。

 そこにあるのは静寂と素朴を愛する、いわば“よくいる女性”の表情だ。


 そんな顔に見惚れていたからか、エッドは思ったとおりの感想を口にしてしまう。


「普通だな」

「……悪かったですね」

「い、いや。安心したって意味でさ。休みの日もずっと祈りを捧げてそうな、そんな聖人みたいな日々を送ってるのかと思ってたから」


 その言葉に、メリエールはやっと面白そうに微笑んで答えた。


「ずっとだなんて! 司祭さまにも私たちにも、ちゃんとお休みはあるのよ。聖堂に属していても、みんな人間です」

「そうか、そりゃ安心した。じゃあ祝い日に勢いあまってエールなんかを差し入れても、問題ないわけだ」


 何気なく発した一言だったが、メリエールはどきりとした表情になってつぶやく。


「あの、エッド……貴方の葬儀のこと、本当にごめんなさい」

「え?」


 萎れた声に驚き、エッドは歩みを止める。

 ふり返ると、数歩遅れたところですでに彼女は静止していた。


「まさか棺が空のまま、式を強行するなんて」

「……仕方ないさ。みんなで気合い入れて準備したところで、“遺体が起きあがって逃げてしまったので中止します”なんて、言えやしないだろ」


 雰囲気を明るくしたい一心でそうおどけてみるが、メリエールの口調は重々しいままだ。


「それでも……身体を清め、魂を送りだすのが聖堂の仕事なんです。その身体なくして、葬儀が進むなんてことはありえません」

「でも、魔物に丸ごと食べられた人だっているだろ?」


 事実、そうして命を散らした冒険者仲間の式が行われたことも知っている。

 ややずれたエッドの好奇心にも、聖術師は真面目に答えてくれた。


「その方の遺品を入れた、等身大の土人形で供養します。ご遺族に顔かたちを伺って、きちんとお顔も作るのよ」

「へ、へえ……」


 もし自分が鱗竜ドラゴンの炎によって消し炭になっていたなら、田舎の両親が呼ばれるのだろう。



『もっともっと、鼻を高くしてください。目は、地平線まで続く大地のような茶色です。額も、できるだけ広く! そのほうが賢そうだし、勇者っぽくていいもの』

『母さんや、それは整えすぎじゃないか? わりともう、他人の顔だよ』

『いいのよ。ちょっとくらい盛ったほうが伝説になるわ』

『それもそうだな。じゃあ、ここのほくろもやっぱり消しておこう』

『いいわ。良かったわねえ、エッド。男前よ』



 理想的な風貌に作り上げられていく自分の土人形を想像し、エッドは乾いた笑みを浮かべた。


「うん。ステキな習わしだな」

「素敵? ……とにかく。伏せっていただけの私が言ってもなにもならないけれど、本当にごめんなさい」


 真摯な表情でふたたび詫びるメリエールに、エッドは赤毛頭をふった。


「いいさ。君が葬儀の準備をきちんと進めてくれたことは知ってる。それに――“こんなこと”にはなってるけど、エッド・アーテルという人物が死んだのはたしかなんだ」


 見晴らしがいい野原には、二人のほかに誰もいない。フードを背に流し、エッドは眩しい日差しに顔をさらした。


「エッド……」


 聖術師の視線が、灰色の皮膚をとらえる。


 彼女の目には死者のものか――それとも魔物そのものとして映っているのかもしれない。


「少しだけど、祭りを見て思ったんだ。あれは死者のためじゃなく、残された生者のためにあるんじゃないかって」

「生きている人の……ため?」

「ああ」


 自分が戦いで没すればその供養は粛々と行われ、だれもが悲しみに暮れているだろう――どこかで、そんな想像をしていた自分がいた。


 たしかに、式そのものはそうだったかもしれない。

 けれどあの陽気な祭りは、きっと生者のためのものだ。


「悲しくても腹は減るし、酒があれば喉を潤さずにはいられない。それが生者だ」

「でも……自分のことを軽んじられているようでは?」

「それが、そうでもない」


 エッドの脳裏には、祭りの夜の喧騒がよみがえっていた。


 誰かが勇者に杯をかかげて飲み干し、しばらくすると歌いはじめる。すると語り合っていた人々が話を止め、その歌に加わる。

 ふらりと現れた詩人が伴奏をはじめたなら、歌って踊って大さわぎの完成だ。


「ニータやグルゲイルたちもいたが、顔を真っ赤にして踊っていたよ。君を連れて逃げる時にそれを見て、俺は安心したんだ。ああ、もう泣いてないな――大丈夫だなって」

「エッド……」


 メリエールの声がわずかに震えていることに気づき、エッドは背を向けた。

 それを待っていたかのように、背後で鼻をすする音が聞こえる。


「そういうわけだから、もう君が気にすることはないんだ。いい葬儀だった。ありがとう」

「……変なかんじですね。葬儀の“主役”から、そんな言葉を賜るなんて」

「だな。貴重な意見だから、ぜひ今後の参考にしてくれ」


 小さく喉を鳴らした後、メリエールはいつもの凜とした雰囲気をとり戻す。


 ふり返ったエッドを見上げ、ブラウスの前で指を組むと言った。


「はい、ありがとうございます。それに、落ちこんでる場合じゃないですね。一刻も早くあなたを安らかな場所へ送り出すのが、私の使命なんですから!」

「う、うん……。まあ、ぼちぼちやっていこう」


 決意に燃える翠玉の瞳を見ながら、エッドは苦笑した。


 同時に、鈍い痛みが心を走りぬける。



「……使命、か」



 亡者にも傷つく心はあるのだと知らせてやる――それが自分の使命なのかもしれないと思ったエッドであった。


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