第16話 白き姫君、灰色の紳士



「さすがに買いすぎたか。けど味もわからないし、色々そろえておいたほうが……」



 ぶつぶつと呪文のように呟きながら小道を往くエッドに、村人が不思議そうな視線を投げる。

 はっとしてエッドはふり返り、フードの下で出来るだけ明るく笑顔になって挨拶した。


「おはようございます! 良い朝ですね」

「んあ……ああ、そだべな。お兄さん、昨日ナリウん家に入ったって人かい?」


 トート・ナリウという青年は、たしか貸し家の前住人だったはずだ。

 さすがに田舎はうわさの巡りが早い――懐かしい故郷と重ねて微笑み、エッドは礼儀ただしく答えた。


「はい。これからしばらく、お世話になります。急なことで、村の皆さんも驚かれたかもしれませんが……」

「ああ、いいんだよ。家ってのは、誰もいねえと腐っちまうからな。使ってやってくんな」


 村長夫妻もそうだったが、田舎にしてはずいぶんと開放的な人達である。

 大戦後に逃げおちた民衆達が集まって興した村だと聞いたから、多様性があるのかもしれない。よそ者であるエッド達にとっては、あれこれ詮索されないのは願ってもない環境だった。


「兄ちゃん腕っぷしはありそうだが、道は大丈夫かい?」

「ええ。連れと、近くの谷まで足を伸ばそうかと」


 エッドの腕にぶら下がったバスケットを見て、村人は日焼けしたたくましい顔をほころばせた。


「ああ、あの柵のところにいたお嬢さんだな? んじゃ、とっとと行ってやんな。女子の機嫌は、モルル山の雲よりも変わりやすいってもんだ」

「はい。そうします」


 男同士の密やかな笑顔を交わし、エッドは歩き出す。

 その背後で、村人がふと思い出したようにつけ加えた。


「そんだ。あの谷に行くんなら――ちゃんと“見て”おくんだよ」

「見る? なにを?」


 謎めいた言葉にエッドはふり返って尋ねるも、重そうな麦袋を担いだ村人はのんびりと小道を去っていくところだった。



「もちろん、“花”をだよ」



 不可解な答えだったが、香ばしいパンの匂いがエッドに本来の目的を思い出させた。


「……まあ、行ってみりゃ分かるか」


 人数は少ないが、自分も彼女も腕に覚えはある。この辺りに手強い魔物が出ないことも、村長に確認ずみだ。


 迷いやすい地形だから注意しろと言いたかったのかもしれないし、逢い引きに出かける若い男女をにからかったという可能性もある。


 エッドは肩の力を抜き、目的地へと歩き出した。





「メル、お待たせ。ごめん、待たせたか?」



 村の境にある柵に腰かけていた人影に、エッドは迷いなく声をかける。


「い、いえ! 私も、さっき来たばかりですから」

「……!」


 手の力が抜け、危うくバスケットをとり落とすところだった。

 エッドはこちらに歩み寄ってくる女性に、恥ずかしげもなく魅入る。


「……メル、だよな」

「……そう、ですけど」


 まず目を引いたのは、軽やかな白いつば広の帽子。


 その下にある銀髪は三つ編みにされ、エッドには理解できない技術を用いて肩上で優雅に纏められている。

 ふだんの分厚い胴衣ではなく、柔らかな曲線を描く細身のブラウスが華奢な上半身を包んでいた。


 小さな貝殻のボタンが田舎の日差しにきらめいたが、エッドはまるで太陽の前に躍り出たかのような眩しさに目を細める。

 

「眩しい。色々と」

「ご、ごめんなさい! やっぱり仕事柄というか、白い服を選んでしまって……。もしかして、亡者の目には辛いのかしら」

「いや大丈夫だむしろありがとう」

「?」


 神妙な顔でうなずくエッドに首を傾げながら、メリエールは心配そうに自身の服装を点検している。

 下は深い海の色に刺繍をほどこしたロングスカートで清楚だったが、足元だけはエッドも見慣れている旅用ブーツというところが彼女らしい。


 その視線に気づいたのか、聖術師は白い頬をさっと紅く染めて言った。


「素敵な靴も、たくさん譲っていただいたのですけど。その……どこまで歩くか分かりませんし、途中で痛めてしまったら迷惑かと思って」

「君らしいな。もし足をひねっても、おぶってあげられるのに」

「……。亡者の背に乗る姿など、我が御神にお見せするわけにはいきません!」


 エッドのからかいに生真面目にそう答え、メリエールはそっぽを向いた。

 その細い背には、いつもの長杖の姿はない。


「杖、持ってこなかったんだな」

「たいていの癒しの術なら、あの杖は必要ありません。それに聖術で攻撃しなければならない魔物は、この辺りには出ないそうなので」

「そうだったな」


 エッドの低い笑い声に、メリエールはどこか焦ったように言った。


「あ、あの杖、けっこう重いんですよ!? 背負うためのベルトをつけたら、ブラウスにシワが寄ってしまうし……良いじゃないですか、あなたが剣を持ってるんですからっ!」


 もちろん、エッドは武器を持ってこなかった彼女を嘲ったわけではない。

 

 単純に、嬉しかったのだ。


 自分の剣の腕前を買ってくれていること。

 自分が“攻撃しなければならない魔物”の対象になっていないこと。


 そして――このような姿になっても、前を任せてもらえることにである。


「俺も、つい癖で持ってきただけさ。一応手入れはしたけど、出番はないかもしれない。なんたって今日は――“遊び”に行くんだからな」


 誘うように青く晴れ渡った空を見上げ、エッドは宣言する。


「ええ。そうですね」


 まだ緊張の残った声で答えるメリエールに笑いかけ、エッドは年季の入った低い柵を押してエスコートした。



「では参りましょうか? お姫様」

「もう……自分で開けられますっ!」



 小さな役者が授けてくれた助言を活かしてみたのだが、まだまだ修練が足りないらしいと感じたエッドだった。


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