第14話 とある畦道にて



「若もんが遊ぶ場所ぉ? わるいねえ、お兄さん。田舎にそんな小洒落たとこ、あるわけねえべさ」



 からりと晴れた空の下、陽気な笑い声が響きわたる。


 小太りな農民を見下ろしていた男――エッド・アーテルは、人受けの良い笑みを浮かべ、丁寧に訊いた。


「いいんだよ、おばちゃん。俺たち、都会に疲れてここまで来たんだ。こう、綺麗な場所とか、静かな景色があるようなところってないかな?」

「あらまあ、珍しいねえ。お兄さんくらいの人は、みんな王都に行っちまうってのにさ。まあ……そんなに顔色が悪いんじゃ、田舎の空気が必要かもしれないね」


 小じわに囲まれた親切そうな目が、遠慮なくエッドの顔をながめる。

 エッドはさりげなく距離をとり、“不健康”な顔を彼女から遠ざけた――真昼に見るには、少々刺激の強い顔である。


「ああ、そうなんだ。できれば、宿もあればありがたいんだけど。連れもヘトヘトで」

「そうかい。ちょうど、村のはずれに空き家があるよ。住んでいた子は成人して、王都へ行っちまったところでね。村長に言えば、貸してくれるかもしれないよ」

「ありがたい話だ。きちんと家賃は払うよ」


 若いのに感心だという面持ちでうなずき、農民はぴょこぴょこ動いてエッドの背後を見た。


 距離をおいて、同じ年頃の男女が農道にぽつんと立っている。


「ほえー。ずいぶん大層な胴衣を着てるけど、王都のお偉いさん方かい?」

「ああ、まあ……それなりの仕事には、ついていたかな」

「ま、学者さんや聖堂に仕えるお人なんて、あたしらは知らないけどねえ。そりゃあ“勇者さま”でも来なさるってんなら、大さわぎだけどさ!」


 けらけらと大声で笑う農民を尻目に、エッドは苦笑する。


 あの祭りの夜、酔った誰かが脱ぎ散らかした平服をまとっただけの自分は、従者にでも見えることだろう。


「ああ、そうだ! 村のもんは滅多に行かねえから忘れてたけど、こんなトコでも面白い場所があるべさ」


 今後を思案していたエッドは、地元民の思いつきに顔を輝かせた――亡者なりにではあるが。


「へえ! ぜひ教えてくれ」

「“花束の谷”だよ」


 地につき立てた農具の持ち手に丸いあごを乗せ、女は小さな目を懐かしそうに細める。


「若者が逢引するにはもってこいの、静かで美しい谷でね。どんな季節だって花が咲いている、不思議な花畑があるのさ。あたしも娘の時分には、あの人とよく待ちあわせたもんだ」


 そう語って女が投げた視線の先には、こちらに構わずむっつりと畑を手入れする男の姿がある。

 女が青春時代の思い出に浸るのを待ち、エッドは微笑んで先を促した。


「あら、ごめんよ。その花畑には、絶えない花々のほかにもうひとつ不思議なものがあるんだ――“妖精”さ」

「えっ! 妖精って、あの小さくてぶんぶん飛びまわってる……」


 エッドの驚きに、女は太い喉を震わせた。


「なんだい、そりゃあ! そのへんの虫みたいに言っちゃだめだよ。精霊よりも賢いオツムもあるし、認めた人間の前にはきちんと話をしに出てきてくれる」

「でも、魔物なんだろ?」

「さあねえ。学者さんの分類なんて、どうでもいいことさ。あたしが知ってるのは、あの子たちはキレイで可愛くって、ちょっと小憎たらしいってことだよ」


 なにか面白いことでも思い出したのか、女は一人で可笑しそうに豊かな腹を抱えている。エッドが首を傾げるのを見て、分厚いまぶたでウインクするとつけ加えた。


「ま、会えたら分かることさ。そうそう、中にはすごく長生きしてる妖精もいるから、訊きたいことがあるなら答えてくれるかもしれないよ。なんせ、若者の悩み相談が大好きなやつらだからね」


 まだ質問したいことはあったが、あまり一般人と長く対面しないほうが良い。エッドは丁寧に礼を言って、乾いた農道を引き返した。


 待ちくたびれたように、白と黒の二人組が同時に声をかけてくる。


「お喋りは済みましたか? まったく、無謀というものです」

「そうよ、エッド! あの女性が、熱心な聖堂礼拝者だったらどうするの?」


 いつもの黒い胴衣姿のログレスと、聖堂裏の洗濯場からとり戻した愛用の白い胴衣に身を包んだメリエールである。


 ふたつの非難の声と真昼の日差しから顔を守るように手をかざし、エッドは苦笑して答えた。


「偵察って言ってくれよ。ログはこういうことに不慣れだし、メルはきちんとしすぎて少し浮くだろ」

「うっ……浮きません! それに、見知らぬ方に丁寧に接するのは当然です!」


 むっとした顔で反論してくる聖術師を横目に、エッドは首をひねって辺りを見回した。なんとなくだが、冷たい空気が流れこむような“谷”の存在を近くに感じる。


「村に泊まるのは、たぶん大丈夫だ。それに、面白い話が聞けたよ。“花束の谷”っていう――」

「ええっ! あ、あの“花束の谷”ですかっ!?」


 興奮した声に話をさえぎられたエッドは、驚いて顔を戻した。

 メリエールが、自分の出した大声をとり消そうとしているかのように両手で口を覆っている。


「なんだ、知ってたのか」

「あ……えっと……ええ、まあ。妖精が住まうとされる、聖なる地ってことくらいは。い、いろいろと“不思議”なお話があるみたいですし」


 気まずそうに視線を逸らしたが、メリエールは辺りに谷が見えないかそわそわしている。

 かわりに、影のように黙っていた闇術師がぼそりと口を開く。


「妖精ですか。なるほど、それは素敵ですね。ぜひ、この小瓶に――」

「お前の鍋に入れる材料を探しに行くんじゃないぞ」


 ぴしゃりとエッドが断ると、親友は蒐集用の小瓶をしぶしぶ鞄へと引っ込めた。


「まあ、出かけ先が決まってなによりです。貴方たちのような目立つ二人組は、人気のない場所のほうが良いでしょう」

「貴方たちって……ログレスは来ないの!?」


 谷探しを中断したメリエールが、信じられないといった顔で闇の友にふり返る。ログレスは呆れたように肩をすくめて答えた。


「おや。メリエール・ランフア――かの聡明な貴女なら、道中の説明でお分かり頂けたかと思いましたが?」


 澄ました友の言い方に、異議ありとばかりにメリエールは銀色の頭をふる。


「亡者の生態についてあれこれ聞かされたけど……。だからって、どうして私とエッドが、ふ、二人きりで花畑に……! この人、これでも一応亡者なのよ?」

「見れば分かります。うまく人間の服を着ていますが、中身は立派な魔物ですからね」

「その亡者さんは、人間よりずっと耳がいいんだが?」


 エッドが遠い目をしているのに気づくと、聖術師はこほんと咳払いを落とす。


「貴女と二人きりになるのが嫌とか、そういうのではなく……! 聖術師と亡者が一緒にいるなんて、やっぱり無理があるのではと」

「じゃ、二人きりでいること自体は平気なんだな!?」


 身を乗り出して言ったエッドに、想い人は面食らいつつもぎこちなくうなずく。


 それを確認したエッドは眩しいことも忘れ、笑顔で晴れ空を仰いだ。


「それだけで今は十分だ! とにかく、今日は空き家を借りて休もう」

「エッド、でも……」

「任務っていう目的もなく出かけるなんて、いつぶりだろうな! 明日は朝一にパンや果物を買って、バスケットに詰めて持っていこう。なんだか、年甲斐もなく楽しみだぞ」


 なにか言おうとしていた聖術師はエッドの浮かれぶりを見て口を閉じ、かわりに諦めの息をついた。


 村に向かってつかつかと歩き出しながら、エッドとすれ違いざまにぽそりと呟く。


「……私、パンのジャムは無花果か林檎が好みです。それに、たくさんのお野菜をはさんで食べるのも譲れません」

「いいね。素敵な遠出になりそうだ」


 本当の従者のようにいそいそと追従していたエッドは、ふと思いたって親友をふり返った。


「なあログ。妖精って、魔物なのか?」

「分類としては、精霊に近いでしょうか。まあ、僕も遭遇したことはありませんが。しかし実際――」


 闇術師はのんびりとした畦道の風景をながめ、興味なさそうに答えた。



「その辺の虫みたいなものではないですかね」



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