第13話 舞台から飛びおりて―1



「うわっ!」

「きゃ!?」



 完璧な既視感をおぼえ、エッドの頭は混乱する。たしか数時間前にもこんなことがあった。


 ちがうのは、今回は色彩や音がはっきりと感じとれること。

 そして手足をついているのは暗い森の茂みではなく、あたたかく清潔なシーツ――


「……っえ、エ……!」

「……こんばんは。メル」


 今度はきっと、彼女は頭を打ちはしなかっただろう。

 それでもメリエールは以前よりも衝撃を受けたらしく、小綺麗な彫刻のようにエッドの下で固まっていた。


 瞬きすら忘れた大きな翠玉の瞳に、エッドの灰色の顔が映りこんでいる。


「こ、コウモリは――!?」

「うん……俺だ。呼ばれてないのに部屋に来てしまって、すまない」


 それ以外にも謝罪すべき点はあるだろう。

 しかし紳士的にふるまうことが大事と言っていた友の言葉を採用し、まずエッドは礼儀ただしく頭をさげる。


「き……きいて、たの? その……」

「コウモリの耳ってのは、なかなかよく出来てるからな」


 その答えを聞いたメリエールは、叫び出しそうに口を大きく開けた。


「っ!」


 聖術師は、エッドが人差し指を立たせているのを見て反射的に黙る。


 この指のサインは、エッド達のパーティー内で使われていた警告であった。

 意味はそのまま――“静かに”というものだ。


「……。ああ、習慣ってイヤです」

「でも、覚えていてくれて助かった。これで君と話ができる」


 恨めしく指を睨んでいるメリエールを見下ろし、エッドは苦笑した。


 亡者に二度も押し倒されている婦女の気持ちは想像しがたいが、とにかく交戦だけはしたくない。


「エッド……何を考えているの? ここは聖堂です。“亡者”が入るべき場所ではないわ」

「まあな。肌がいやな感じにチクチクするよ」


 亡者の姿に戻ってから、エッド自身も聖堂が有する聖気を嫌というほど感じていた。

 何者かに咎められているような重圧と、小さな棘で絶えず肌を刺されるかのごとき不快感――。


 亡者という存在そのものが、この場所に拒絶されているのを実感してしまう。


「そういうわけで、あんまり長居したくないんだ」

「……そうよね。じゃあ、少し待ってて」


 どこか声を低くしながら、メリエールは指から銀の輪を抜き取ろうとする。

 エッドは慌てて、その細い手首を掴んだ。


「いや、べつにその指輪を回収しにきたわけじゃ――っつ!」


 打ちたての鉄を掴んだかのような痛みに、エッドは顔を歪めて手を離した。

 

 こちらが触れた部分が、淡い燐光を発している。メリエールが反対の手で触れると、光はすぐに静まった。


 聖術師は横たえたまま両腕を抱き、エッドの四肢から遠ざけながら忠告する。


「触れちゃだめ。亡者のあなたには、私の蓄えている聖気は毒のようなものです」

「そ、そうだな。ごめん」

「……。この道具を引きとりに来たのではないのね。じゃあ、何の用?」


 どこかよそよそしい口調で言い、メリエールはじろりとエッドを見上げた。

 エッドはその視線を正面から受けとめ、一瞬の間をおいて答える。



「何てことはない。君を拐いにきたんだ」

「ああ、そうなの。私を拐いに――」



 やっぱりね、という顔をしてうなずきかけたメリエールは、途中で動きを停止する。


 錆びついた人形のように端正な顔をぎこちなく上げ、亡者の妄言をくり返した。


「わっ……私を、拐うの? 誘拐ってこと?」

「言いかたは何であれ、そうなるかな。普通にお願いしても、君は一緒に来てくれないだろ?」


 夜目が利くエッドには、彼女が浮かべている驚愕と疑念の入り混じった表情がよく観察できた。


「あ、当たり前ですっ! 私は聖術師なんですよ!?」


 反対に仰向けになっているメリエールには、こちらの表情は読みにくいのかもしれない。

 壁の古い燭台の灯りは、エッドの変化が解除された際の騒ぎでとうに吹き消えていた――部屋に満ちているのは、柔らかな星明かりだけだ。


「……」


 メリエールは目を白黒させてはいたが、まずは騒ぎ出さないことにエッドは安堵した。それどころか、エッドが案じていたよりもずっと冷静である。


 彼女は思慮深いまなざしを光らせ、ささやくように訊いた。


「……拐ったあとは、どうするの?」

「もちろん、一緒に遊ぶんだよ」

「えっ?」


 形のよい眉が怪訝そうに寄るのを見、エッドは微笑んだ。


「思いっきり、遊ぼう。俺も君も、ここ何年も働きすぎてると思うんだ」

「そ、それはそうですけれど……遊ぶって?」

「ほらな。“遊びかた”さえ忘れてる」


 彼女の鼻筋に、わずかにシワが寄る。

 エッドは今度は苦笑いを浮かべて、赤毛頭を掻いた。


「俺もそうなんだ。毎日、国からの依頼に明け暮れてたから。休日なんて、宿の部屋で死んだように寝てるだけだったし。それこそ、今よりちゃんと死んでたかもな」

「……」


 聖術師には、この冗談はウケなかったらしい。

 固まっているメリエールをあらためて見下ろし、エッドは咳払いを落として続ける。


「とにかくだ。悪いけど俺の“未練”のために、少しだけつき合ってくれないか」

「……あなたの、“未練”?」


 どこかでその考えはあったのだろう、メリエールは明らかな関心を見せる。


 エッドは自分でも意識していないうちに顔を近づけ――花のような甘い香りが鼻をくすぐる――真剣にうなずいた。


「そう! そうなんだ」

「私が……あなたの“未練”を晴らすために、役に立てるの?」

「役に立つなんてものじゃない。君じゃなきゃ――!」



 もっとも大事な言葉を伝える前に、事は起きた。



「邪魔するよ、エモンの兄貴っ!」


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