第6話 勇者で亡者、もしくは



「準備はいいか?」

「……それはこちらの台詞ですよ、“勇亡者”様」


 いばらの茂みに隠れていたエッドは前方を警戒しつつ、その声にふり向いた。

 同じく身を屈めているログレスが発した、聞きなれない単語に疑問符が浮かぶ。


「ゆうもうじゃ?」

「貴方を使役するにあたり、僕が考えた呼称です。“勇者で亡者”――もしくは、“勇ましく元気で無謀な亡者”」

「素敵な由来に感謝しなきゃな」


 エッドは低く笑う。たいして名付け主は熱に浮かされたように、宙空を眺めてぶつぶつと呟いていた。


「ええ、まさに無謀……。けれど首尾よく運べば、望みはあるやもしれない……。この魔力貯蔵庫をこちらがうまく制御してやれば、あるいは……」

「内容が筒ぬけの企みごとはどうかと思うぞ」


 こちらの忠告も、今の彼の耳には届かないらしい。今度は胸元で小さく杖を動かし、術式の構成に夢中になっているようだった。


 エッドは肩をすくめ、中腰になって前進をはじめる。


「“勇亡者”か……。歴代の勇者様に会わせる顔がないな。“向こう”にいなきゃいいけど」


 親友につられてみずからも独り言をこぼし、エッドは森の端でのやり取りを思い出した。





 聖なる森の切れ目。


 そこに立ちはだかる結界の熱を背に感じながら、エッドは自分の提案を受けた友が腕組みをする姿を見ていた。


「僕が、戦闘で貴方を使役する……ということですか?」

「そうだ。お前、いつか言ってただろ。たいそうな術を使われた時は、その術者を仕留めるのが一番だって!」


 舌の痺れが治まってきたエッドは、警戒も忘れて早口にまくし立てる。

 巨大な神の半霊体をちらりと眺めたログレスは、その太い足元に視線を移した。


「あの巨神の攻撃をかわしつつ、メル自身をおさえ込むと……」

「どうだ?」

「たしかにこの森では、大規模な闇術は発動できません。すばやい貴方に動いてもらうのは、現実的ではありますね」

「ああ。俺たちが森から逃げる間だけ、気絶してくれればいい」


 手刀を軽くふり下ろす動作を見せ、エッドはにっと笑った。

 それでも親友は懸念をあらわにし、重々しい声を出す。


「簡単に言いますが、エッド……。彼女なら、その可能性にも十分備えているはずですよ」


 詠唱中は無防備となる術者は、やはり狙われやすい。

 しかも実際の戦いでは、エッドたち前衛の対処が届かない場合もあるのだ。


「まあな。低級の魔物がメルを直接攻撃した時は、その……酷いもんだった」


 そのような時に身を守れるよう、大抵は術者自身もなんらかの策を講じているのである。ほとんどが詠唱を必要としない、道具による護りだった。

 たとえば、低級魔物が触れると炎を発するタリスマンなどだ。


「でも彼女は今、万全な状態じゃないと思うんだ」

「根拠は?」


 うさん臭いといった視線を投げてくる友に、エッドは人差し指を立てて答えた。


「ずばり、メルの“お肌”だ!」

「……。もう正常な脳みそも溶けてしまったのなら、先にここで眠りますか?」

「いやいや、遠慮する! まあ聞けって」


 闇術師が教典を開こうとするのを慌てて制止し、エッドは咳払いして続けた。


「さっき彼女に会った時、見えたんだよ。あの肌の様子は、間違いなく魔力疲労を起こしてる。きっと葬儀の準備に心労もかさなって、きちんと体力と精神が回復していないんだ」

「……あんなに遠くから?」


 ログレスの怪訝そうな声に、エッドは茶目っ気のあるウインクをしてみせた。


「亡者になって、視力が格段に上がったみたいでな。あの距離でも、彼女本来のハリやみずみずしさが足りない肌がばっちり見えたんだ」

「それはなんとも便利で、気持ち悪いですね」

「うん……。褒め言葉としてもらっておくぞ」


 自分も観察されてはかなわないとばかりにフードを直す親友に、エッドはうなだれた。


「ま、まあともかく。彼女は間違いなく疲れているうえに、今もあんなに大変そうな術を繰り出してる。となれば、突ける隙は十分にあると思うんだ」

「ふむ……」

「俺が丈夫な亡者なら、いつものタリスマン程度は問題じゃないだろうし」


 尖った顎に手をそえて考えこむ闇術師を、エッドは心配そうに見守った。

 やがて、勝率を計算し終えたらしいログレスは小さくうなずく。


「亡者にしては、良い作戦です。乗りましょう――元より、手詰まりですしね」

「そうこなくちゃな!」


 天に向かって拳を突きあげたエッドに、友は小さく笑みを返した。

 まるでとんでもないイタズラの計画を思いついた時のような、秘密めいた興奮が場を満たす。


「じゃ、さっそく行くぞ!」

「待ってください。これを使いましょう」


 駆け出しはじめたエッドは、その呼び声にはやる足をおさえて振り向いた。

 ログレスが腰の荷袋からとり出したのは、くすんだ銀色の指輪である。


「それは――魔道具か?」

「ええ。魔力の回復を手助けする道具で、“湖の寝床”と言います」


 エッドは指輪を受けとり、目の前にかかげた。

 不思議な文字のような模様が刻まれ、それが淡い青に発光している。亡者の目には、少しまぶしいくらいだった。


「魔力を消耗した者が着けると、夢も見ないほど深い眠りをもたらします。今の彼女であれば、昏倒に近い眠りを誘うでしょう」

「なるほど」


 ぼんやりと輝く指輪に見入るエッドに、友は言い足した。 


「……貴方としては軽く撃ちこんだつもりでも、彼女にとってどれだけの身体的損傷になるかは未知数です。まだ亡者として目覚めてから、戦闘を経験していないのですから」

「確かに……。でも、これなら安全に眠らせることができるってわけか!」


 心から感心して言うと、闇術師は小さくうなずいて補足した。


「貴重な物ですから、くれぐれも扱いには気をつけて下さい。……とくに、安易に魔物の指などに嵌めないよう」

「え? あ、ああ。もちろん」


 好奇心からそっと輪に近づけていた小指をすばやく引っ込め、エッドはぎこちなく笑う。射抜くような視線から逃れ、擦りきれた衣服を調べはじめた。


 しかしうす汚れ、道中のいばらによってあちこち穴だらけになった死装束には当然、物を入れる場所などなかった。


「ま、死者は煙玉を忍ばせておく必要もないしな。えーと……あ、これでいいか」


 苔だらけの大木から垂れさがっていた蔓を引きちぎる。それを適度な太さに結い、エッドはそっと指輪を通した。

 ごわごわする蔓を首にかける亡者を眺め、闇術師は怪しく口元を震わせている。


「……お似合いですよ」

「光栄だな。んじゃ――行くか? 我らが眠り姫のもとへ」



 まだ低く笑みを漏らしている友を背に、エッドは塔のような光の巨神を目指して歩きはじめた。



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