第11章(2)負のスパイラル

結子の自宅前では熾烈しれつを極めた戦いの末、鬼塚、角田、昭心が狐たちを撃退した。狐の子分たちが肉体から抜けたことによって正気を取り戻した男子生徒たちは、呆気にとられた顔で路上に座り込んでいる。


「やるなぁ!」


弾む息を鎮めながら昭心の奮闘を讃える鬼塚は、力強い仲間がいることに喜びを感じていた。激しい戦闘を終え肩で息をする昭心も無言ながら鬼塚からの問い掛けに返答するような眼差しで鬼塚に視線を送る。


「俺の方が2匹、多く倒したけどな!」


荒い息を鎮めるように大きな深呼吸をした角田が蹣跚まんさんたる足取りではあるものの昭心に力強い視線を送りながら近くに歩み寄る。


「3匹ばかり逃がしとったけどな・・・」


角田からの対抗心を感じた昭心がけしかける。


「ふん、力は俺の方が力強い!」


「野呂間やけどな!」


「腕力で叩き潰す!」


「華麗やあらへん!」


「このナルシストが!」


「やるんか、脳筋!」


「ふたりとも好い加減にしろ! 本当の敵は向こうだ!」


ふたりを諭して対立を制止させた鬼塚は空間に意識を広げて狐の子分たちが逃走している方角へ振り向いた。


それは角田、昭心とて同じである。鬼塚に拮抗きっこうし得る実力を持ち備えている角田と昭心は、心を鎮めて無言で和解の意志を伝え合う。


逃げた狐たちの行く先に大狐がいるに違いないと確信する三人は互いの顔を見合わせ狐たちの後を追った。



其の頃・・・


神社境内から路上に移動していた結子と朋友は、空間に意識を広げて女狐の気を感じていた。


牝狐の気は南に向かっている・・・とは言え、何となく違和感を抱いている結子の眼差しは北の方角を向いている。結子と同様に牝狐の気は確かに南に流れていることを体感していた朋友の脳裏に何故かしら、ふっと頼光と交わした会話が過る。


「この付近の川は北から南へ流れとるのじゃが、南から北へ逆様に流れとるのが逆さ川じゃ!」


「へえ〜、そうなんだ・・・逆様ねぇ・・・」


頼光との会話を反芻する朋友・・・


「そうか、逆さ川か!」


逆さ川からヒントを得た朋友は、謎を解明した探偵のように士気を発揚させ結子に説明した。南へ流れている牝狐の気は自分たちを欺くまやかしであり、牝狐は南ではなく逆の北へ移動していると・・・


北の方角を見つめる結子は、自身も牝狐は北へ逃走したと感じることを朋友に伝え、互いの体感からの情報を突き合わせることによりあやかしに翻弄されることなく、仕掛けられた謎を解き明かしたふたりは牝狐を追って北へ向かった。



結子と朋友が意識を向ける北の方角・・・ふたりを待ち受ける決戦の地は濃霧に包まれた異様な空間と化している。


霧の中に現れる巨大な狐のシルエットが浮かび上がり、濃霧の更に奥深くで禍々しい妖気と共に大狐の双眸が赤く光る。


大狐に誘い込まれた神社を後にした結子と朋友は、市内のバス停にいた。北へ逃走する大狐を正確に捉えている結子は高い集中力を保ちながら過去の出来事について朋友に語り出した。


それは刻を越えた情報であり、女子高生の結子が得られる十数年の月日が教えてくれるもので無いことは明らかである。


女神からの言葉を包み隠すことなく朋友に伝える結子の声を真剣に聞き入る朋友は、何の違和感もなく女神と一体化した結子を受け入れていた。


そんな朋友が耳にする結子の言葉は衝撃的なものであった。これまでの長い年月、多くの人たちが魔物たちに憑依され、騙され、操られ、殺されて来た。


その事により人の欲や怨みが強大な負のエネルギーを増幅させて未成仏な存在が更に増え、負のエネルギーが凝縮される。それらが軈て魔物化する。


そんな負のスパイラルが何十年、何百年と続き、それは現在も途絶えていない。


結子を介して女神からの言葉を聞いた朋友は、地球環境を猛烈なスピードで破壊している人間社会の現状を冷静に分析しながら、その主たる要因には暗躍する魔物たちの存在と欲に塗れた穢れた気の影響があることに、最早、疑う余地が無いことを理解した。

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