第11章(1)ふたりの結子
栃◯県大田◯市
「随分、遠くまで来たよなぁ・・・」
夕闇に包まれた田園風景を眺めながら、そう呟く朋友の目前にひっそりと佇む神社が姿を現した。
道路脇にある深い木々に覆われた参道には朱塗りの鳥居が見える。朋友が暗がりの参道の奥へ意識を向けた時、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「朋友? 朋友なの?」
薄暗い神社の参道から結子の声が聞こえて来る。確かに結子の声だ・・・なぜ結子が此所にいるのか? 結子も大狐を感じて此所まで追って来たのか? もしかすると・・・
思慮を欠くことなく冷静に物事を精査する朋友は、体感という優れたセンサーを活用するために心を鎮めて空間から肉体が受ける情報に意識を集中する。
朱塗りの鳥居を潜り真っ直ぐに伸びた参道を奥へ進むと並木の下は
更に奥へと歩みを進める朋友の瞳に石の鳥居が映った時、物陰から結子が現れた。
「朋友、来てくれたの?」
「いや、って言うか、どうして結子が此所に・・・」
「朋友、ふたりっきりだね!」
朋友に近づいた結子は、躊躇うことや恥じらいの素振りを一切見せずに朋友の頬へ優しくキスをした。
「ドキドキする・・・」
そう言いながら自分の胸に手を当てた結子は、朋友を
「ここ、触ってみたい?」
結子はもう片方の手で朋友の腕を掴んで自分の胸に朋友の掌を近づける。結子の胸に触れそうになる朋友の掌・・・
「お前、何やってんだ!」
「何って?」
朋友を妖女のような眼差しで見つめる結子へ睨みを利かせる朋友の口調が荒くなる。
「お前、誰だ!」
「誰って?」
結子からの返答に耳を貸さない朋友は、結子へ圧力をかけるように歩みを前へ進めた。
「結子だよ!」
後ずさりしながら、必死に抵抗する結子に対して容赦なく朋友は言葉を浴びせかける。
「嘘つけ!」
じわりじわりと追い詰める朋友とは対照的に後退して一定の距離を置く結子は鳥居を背に足を止める。押し迫った朋友は壁ドンならぬ鳥居ドンをして結子に詰め寄り、結子の頬へ顔を近づけて耳元で囁いた。
「お前、結子じゃねぇーな」
「朋友、何言ってるの? 結子よ、私、結子だよ!」
「騙されねぇーよ!」
結子の腕を逆に掴み返した朋友は、その腕を力強く引き寄せた。
「朋友、騙されちゃダメ!」
「うっせぇ!」
「朋友・・・うっせぇのは、テメーの方だ!」
朋友の腕を振り払った結子の形相が豹変する・・・
「やっと本性、表しやがったな!」
「ふん、もう少しだったのによぉ!」
身を
「朋友!」
暗がりから月明かりに照らされ現れたのは、もうひとりの結子であった。
「結子・・・結子がふたり・・・」
朋友を参道の中央にして朱塗りの鳥居側と拝殿側に佇むふたりの結子を前に朋友は動揺の色が隠せない。容姿、声色、服装、どれを取っても全く同じ人物が目の前にふたりいる。しかしながら、既に偽物を見抜いていた朋友は一呼吸した後に冷静さを取り戻す。
そんな朋友を嘲笑い、混乱の渦へと陥れるかのように拝殿側に立っている結子の双眸が赤く光ると同時に辺り一面が濃霧に包まれる。
「な、何だ、この霧は!?」
少しの間、完全に視界を失った朋友は結子の姿を見失った。索敵する朋友の視界が開けた瞬間、鳥居側に佇むふたりの結子の姿が現れた。
「クソっ、これじゃ、どっちが本物かわかんねぇ〜だろ!」
どちらが本物の結子か見分けが付かなくなった朋友に対して、ふたりの結子は同時に朋友の名を呼ぶ。
「朋友!」
「どうすれば・・・」
本物の結子と偽物の違いを見分けられない朋友は、心にさざ波が立ち眼だけでなく声も失った。
「朋友、見て! 月明かりに照らされても尻尾がないでしょう、私が本物の結子よ!」
暗がりから月明かりが射すところへ移動した結子のひとりが朋友に訴える。
「朋友、清らかな気を感じるの! 穢れた妖気を隠すことは出来ても偽者に清らかな気は出せないわ!」
もうひとりの結子も自分が本物であると朋友に訴える・・・
御神剣を握り締めた朋友は、意を決して自らが選んだ結子の姿を凝視しながら魂の赴くままに歩みを進める。
「朋友!」
「そう、いい子だこと・・・」
ふたりの内、選んだ方の結子へ近づいた朋友は、結子の正面に立ち御神剣を持った手を天へ突き上げる。
刻が止まったかのような一瞬の静寂が境内の空間を支配した次の瞬間、朋友は勢いよく御神剣を振り下ろすのではなく、御神剣を持った右手を結子の腰に回して、左手を結子の首筋に添えた。
結子の体は吸い寄せられるように朋友へ引き寄せられ、朋友は結子を優しく抱きしめながらキスをした。
其の瞬間、静寂とともに清らかな気が空間を支配する・・・
結子の双眸を優しく見つめる朋友。
「ひとりだけだよ、結子は・・・」
「朋友・・・」
愛情を込めた眼差しで互いを見つめ合うふたり。
「絶対に間違えたりしないよ!」
結子を抱きしめる朋友・・・その温もりと深く揺るぎない愛情を感じながら、結子もまた朋友の体に優しく両腕を回した。
「クソ! ふたりして、この私によくも恥をかかせてくれたわね。覚えてらっしゃい!」
静寂の中、空間が一瞬にして清らかな気に包まれたことを感じながら、そう言い放った九尾狐は、その場から一先ず退散した。
「朋友のこと探したんだから・・・私、もう、朋友がいなくなるの、嫌なんだから!」
涙ぐむ結子を抱きしめながら再びキスをした朋友と結子を照らす夜空の月が境内の参道にふたりのシルエットを描いた・・・
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