第5章 (4)決着

結子の病室を後にした朋友は、澄んだ心を映したかのような凛とした意志的な眼差しをしていた。一階のロビーに辿り着き、結子のかたきである酒呑童子と茨木童子を倒す決意を胸に歩みを進めて病院を出てゆく朋友。


布袋に包んである御神剣と勾玉を手にした朋友は、緊張感に満ちた表情で県内に鎮座する暗がりの神社へ向かう。


朋友が目指す神社は、結子が負傷したこの町の鬼門にあたる場所に鎮座する神社から移動した鬼たちが新たに手に入れた根城である。目的の神社に近づくに連れて穢れた妖気が激しさを増し、朋友の行く手を塞ぐ。清らかな気を身に纏い禍々しい妖気を祓いながら突き進む朋友の勇士は颯爽としていた。


神社の敷地に立ち入るための坂道を力強い足取りで上り、目前に立ち塞がるような大鳥居を潜る。境内から放たれる穢れた妖気は更に激しさを増して殴り付けるように押し寄せて来るにも関わらず、それらを物ともせずに朋友は拝殿までの濃密な闇に覆われている苔生した参道をひとり突き進む。


傾斜のきつい山道を肩で息をすることもなく、呼吸を整え高い集中力を維持したまま歩みを進める朋友。頭上を覆う深い木々が姿を消して夜空が顔を覗かせると、朋友の視界に月明かりに照らされた巨石と社殿が飛び込んで来た。朋友が更に奥へと歩みを進めようとした瞬間とき、巨大な御供石と社殿を繋ぐ橋の上に鬼塚京一が姿を現した・・・


「待っていたぞ!」


鬼も震え上がり泣き出すようなドスの利いた声と相手に威圧感を与える風貌の

鬼塚・・・大磐と社殿の間で穢れた妖気を強烈に放ちながら仁王立ちし、参道の朋友を見下ろしている鬼塚の双眸が禍々しい妖気と共に赤く光る。鬼塚の周囲は穢れた気で包まれ、全てのものが生気を無くしている。


敵は鬼塚だけではない。鬼塚の傍らには殺気に満ちた角田剛毅が身構えており、角田の双眸もまた禍々しい妖気と共に赤い光を放っている。


朋友の周囲を大勢の鬼たちが取り囲む・・・朋友には酒呑童子、茨木童子、鬼たちの姿がはっきりと見えていた。


「おまえら、全員許さねぇ!」


朋友の双眸が蒼く煌めくと同時に朋友は全身から清らかな気を強烈に放つ。朋友の周囲は瞬く間に御神気で包まれ、鬼たちとは対照的に周囲のものすべての生気がみなぎり空間を清らかに輝かせた。


「殺せ!」


鬼塚の号令を聞いた鬼たちは一斉に朋友に襲いかかる。酒呑童子とその仲間である鬼たちをひとりで相手にする朋友は、修羅の如く敵を斬り刻み鬼たちの僅かな隙間を駆け抜ける。武器を手にした鬼たちも徒党を組み心臓に突き刺さるような強烈な穢れた気をまき散らしながら反撃する。


茨木童子が謀殺しようと事前に地面へ仕込んでおいた罠の近くに誘い込まれたかのように歩みを進めた朋友は、罠の存在を察知してひるがえり鬼の子分の一匹を罠に投げ込んだ。子分の鬼は罠の仕掛けによって串刺しになり絶命した。


苛烈な戦いはより激しさを増し、既に境内には朋友によって打ち倒された鬼たちが死屍累々と転がっている。鬼たちにとっての凄惨な現場と化してきた神社境内は、徐々に清らかな気が勢いを増そうとしていた。


巨体であるにも関わらず素早い動きを見せる茨木童子と刀を交える朋友は、一切の隙を見せることなく強固な装備を剥がしてゆく。堪らず後ずさりする茨木童子は、子分を盾にして自身の退路を切り開こうとするが、それを朋友が許す訳が無い。朋友は茨木童子を子分の鬼と諸共もろとも、華麗な太刀捌きで切り裂き茨木童子に深手を負わせた。


境内の山道を奥へと後退する茨木童子。あえぐような息遣いをしながら、くぐもった声で小癪こしゃくな奴め・・・と言い放ち、朋友に怯える茨木童子は、最後の悪足掻きとして狡猾な手段に出た。泣き落としである・・・


茨木童子は過去の罪咎を悔い改めるから命だけは助けてくれと朋友に嘘を言い、表情を窺いながら朋友との立ち位置を変えるように歩みを進め、隙を見て反撃しようと悪巧みをする。そんな姑息こそくな手にまる朋友ではない。茨木童子の穢れた気を感じる朋友は、体感から嘘を見破っていた。


「終わりだ!」


角田剛毅ではなく、角田に憑依している強大な魔獣を見上げた朋友は、茨木童子の巨体を御神剣で切り裂いた。


「き、貴様・・・ぐふっ!」


茨木童子に御神剣でとどめを刺した次の瞬間、朋友は茨木童子よりも更に巨大な鬼である酒呑童子の方向へ振り返り睨みを利かせた。



激しい死闘は最終局面を迎えていた・・・境内の更に奥深くにある巨石群の前で怒りに満ちた表情をしている鬼塚。奇しくも其の場所は京の山奥に佇む酒呑童子と所縁のある「首塚」と酷似した雰囲気のある場所である。


苛烈な戦いの末、神社境内には朋友と鬼塚のふたりだけが立っていた。遂に決着の時・・・ふたりの一騎打ちである。


朋友は双眸を静かに閉じ、大きく深呼吸をして心と体の動きを鎮める。そして、静かに開いた双眸は蒼く煌めき、朋友は清らかな気を強烈にその身に纏う。


酒呑童子は赤く光る双眸で朋友に睨みを利かせ、穢れた気をまき散らしながら朋友に襲いかかる。その攻撃を真正面から受け止める朋友は、その重圧に押され後退しながらも必死に堪えた。


その太い腕で朋友を殴りつけ打ち倒そうと試みる酒呑童子に対して、朋友は御神剣を持つ手とは逆の手に勾玉を持ち、酒呑童子の胸を薙ぎ払う。酒呑童子の胸はえぐれ、一部が消滅したことにより酒呑童子は堪らず後ずさりして片膝を地面についた・・・


鋭い眼光で睨みつける酒呑童子の強烈な妖気を体感しながら、朋友は結子の言葉を想い出す。


「いい、大切なのは実体なの!物を宿すときには形あるものが大事なのじゃなくて、そこに宿っている中身が大切なの・・・過去の人間はそれで失敗を繰り返しているの・・・相手を斬るときも同じよ、肉眼で見える相手じゃなくて、実体を捉えて斬ること!」


朋友が視線を送る先は鬼塚京一ではない。朋友が全身の感覚を研ぎすまして見ている敵は容貌魁偉ようぼうかいいとは言い難く、その異形な外見はまさに強大な魔獣である。


「酒呑童子!」


敵の姿をはっきりと捉えた朋友は、酒呑童子の名を叫びながら清らかな気を御神剣に集中させると鬼塚の反撃をひらりとかわし、酒呑童子に改心の一撃を叩き付けた。


御神剣で真っ二つに引き裂かれる酒呑童子・・・その場に崩れ落ちる鬼塚京一の肉体・・・


「お前ら人間どもがこの世を穢し続ける限り、我らが必ず勝利する・・・」


そう言い放った酒呑童子は、鬼塚の人体から消滅し、絶命した。すべての鬼たちは消え去り、憑依されていた男たちの人体だけがその場に横たわっていた。


壮絶な戦いの末に、酒呑童子たちに勝利した朋友であった・・・



翌日の午後


昨夜の死闘により疲労困憊な朋友が目覚めたときには昼を過ぎていた。幸いなことに週末で学校は休み・・・シャワーを浴びて、鏡の前でスッキリした表情を浮かべる朋友。


昨夜の激闘の結末を病院にいる結子に知らせることで、少しでも結子の体が回復して元気になってくれればと想う朋友の携帯電話のバイブレーションが静かに音を鳴らした。


「はい」


携帯電話からの声を聞いた朋友の表情は、一瞬にして青ざめた。


「直ぐ、行きます!」


朋友は急いで部屋を駆け出してゆく。


街中をひとり全速力で走る朋友。掛かって来た電話の相手は結子の母である鏡子だった。


「朋友くん、結子の体調が急変したの」


朋友は結子の名を心の中で叫びながら、猛スピードで走り続ける。激走する朋友は運よく空車のタクシーを見つけて呼び止め、素早く乗車した。運転手に病院へ向かうように伝え、朋友は焦る気持ちを必死に堪えていた。



病院の前でタクシーを降りた朋友は、急いで病院内に入る。結子の病室前に朋友が駆けつけると、そこには健彦と鏡子がいた。


「結子は、結子はどうなんですか?」


「危険な状態らしい・・・」


朋友の問いに健彦が静かに答えた。


病室内で昏睡状態の結子・・・医師ではどうすることもできない。


涙が溢れ、その溢れる涙を止められない朋友。健彦に抱き支えられる朋友は、暫くしてからひとり病院近くの公園にいた。


「どうすればいいんだ、どうすれば・・・」


以前に結子と来た場所、あの時にふたり並んで座ったベンチ・・・景色はあの時のままなのに、そこに結子だけがいない。朋友は、冷静になれ!と、自身に言い聞かせ、心と体の動きを鎮めて結子と過ごした時間、結子が言った言葉をひとつひとつ思い出す。


「汚れた場所、穢れた心を持っていると、体も汚れて穢れた気を出してしまう、そんな人が多過ぎて・・・だから、体が辛くて・・・」


「清らかな場所が少ないからよ!」


「うわぁ、神社だ!」


「凄い、凄い!」


「立派な神社だね!」


「この場所をずっと護っている山だね」


結子の言葉を反芻する朋友は、御神体山の存在に辿り着く。そして、先祖代々からの言い伝え、頼光の口癖を想い出す・・・


「人の世乱れるとき、ご神体山頂に神が降臨する、しかしながら、魑魅魍魎もまた暗躍する」


「月に叢雲、花に風じゃ!」


ベンチに腰をかけていた朋友は、目から鱗が落ちたかのように納得した表情で立ち上がり、その場から駆け出した。街中を一心不乱に凄まじい勢いで駆け抜ける朋友の脳裏には、巫女になる姫の格好をしていた撮影現場での結子の姿が鮮明に焼き付いていた。


「心願成就するには、素直で清らかな心、穢れのない体、そして、静かに手を合わせ、本気で神様に祈ることです」


全速力で走る朋友は自宅の神社に飛び込むように帰って来た。そして、頼光を見つけて詰め寄った。


「爺ちゃん、いつも言ってる『月に叢雲、花に風』あの続き、教えろ!」


「教えろとは無礼な、高齢者に向かって・・・それに何じゃ、急に!」


「ごめん! 教えてください、いいから、早く!」


可愛い孫の願いである。朋友の澄んだ眼差しを見据える頼光は特別にレクチャーしてやることを決めた。


「神人一体、精神一到、何事か成らざらん」


「だから、どういう意味?」


「精神を集中して神と人が互いに協力し合えば、どんなに難しいことでもなし得ることができるということじゃ!」


「神様と協力し合うってことか・・・」


頼光を無視して自分の世界に入り込み真剣な表情で思案する朋友・・・そうとは知らず、自分に酔い痴れながら語り続ける頼光。


「しかし、よいことが起これば、悪いこともまた起きる・・・どちらか、ひとりが助かれば、どちらかひとりが犠牲になるのか・・・おい、聞いておるのか?」


「御神体山の伝説、山頂の御神剣・・・」


答えに近づく朋友の表情は、真剣味を増した。


「それから『死生有命しせいゆうめい』人の生死は天命で決まっていて、人の力ではどうすることもできないという意味じゃ!実にはかないものよのう・・・」


「じゃあ、人じゃない天に命を救ってもらうよ!」


結子を救う答えを導き出した朋友は、清々しい表情をしていた。そんな朋友を見つめる頼光は、嬉しいやら嬉しくないやら意味がわからずに首を傾げるのであった・・・

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