第4章 (2)天変地異

東京(午前)


各地で緊急地震速報の音が鳴り響く。東京湾北部を震源とする巨大地震の発生に伴い各地で複合災害が勃発する。都内に至っては数カ所で大規模な火災が発生し、立ち昇る万斛ばんこくの煙りが都心上空を覆い尽くす。


「助けて! 誰か助けて!」


飛び交う悲鳴と泣き叫ぶ声、逃げ惑う人々・・・路上で立ち往生している多数の車に鳴り止まないクラクションの音。溢れかえる人々が地下鉄の駅から我先にと階段を駆け上る。その場に倒れ込む老人、泣き叫ぶ子どもに身動きが取れない妊婦。倒壊した建物内は死屍累累ししるいるいたる有様であり、人々は絶望的な惨劇に恐怖する・・・


倒れた結子に付き添うスタッフたちは病院へ急行するロケ車での移動中に地震に見舞われた。


「地震だ!」


乗り合わせた撮影スタッフの叫び声と同時に急停止する車両がジェットコースターに乗っているかの如く、上下にバウンドする。揺れ動く車内でショートメールを受信する結子の携帯電話が静かに点滅する。



自宅内で地震に見舞われた鏡子は、割れたガラスの破片で手の指に擦り傷を負ったものの無事であった。地震の揺れにより床に数多くの割れた食器類が散乱しているキッチンにいる鏡子は、結子のことを心配しながら無我夢中でショートメールを送信する。携帯電話の液晶画面には「結子、大丈夫?お母さんは家で無事」の文字。しかしながら、暫く待っても結子からの返事がないため、鏡子は妙な胸騒ぎを感じながら募る不安と焦る気持ちを必死に堪えていた。



同時刻の学校


校内で授業中に地震に見舞われた朋友は、教室から抜け出した廊下で携帯電話を操作していた。


「くそ、通じねぇ」


結子の携帯に連絡するが回線が混雑しているために通じない。


「朋友、学校での待機は解除だってよ」


駆け寄って来た松島が現在の状況を伝えてくれた。


「みんな気をつけて帰宅するようにって・・・朋友くん?」


町井からも声をかけられているにも関わらず、結子のことが心配で落ち着かない朋友は電話口での結子の言葉を思い出していた。


「お爺さんやお父さん、ご家族の側に居てあげてね!」


朋友は結子が伝えてくれていた意味が何であったのか、今にしてようやく知った。そして、結子からの忠告に返答するように町井からの問いかけに対して「わかった」と静かに答えた。


恐怖に震えた生徒たちは教師たちの誘導に従って校内から一斉に帰路につく。松島や町井と一緒に学校を後にした朋友は、ふたりに別れを告げて駆け足で自宅へ向かう。


路上を歩いている人たちの間を擦り抜けるように走る朋友が学校から帰宅したときには、緊急避難先として慌ただしく機能していた自宅の神社境内も避難者が立ち去った後であり、境内の空間は負の想いを伴う人の気が残存して乱れていた。



帰宅した朋友は連絡の取れない結子の事を心配する気持ちが時の経過とともに膨れ上がる中、頼光と肩を並べるようにテレビ画面に向かい座りながら悲報を伝えるニュースを眺めている。


「現在も西日本を中心に大雨が続いています」


テレビでは東日本で発生した巨大地震の被害状況だけではなく、西日本一帯の大雨による被害についても伝えている。巨大地震が起こり、あまつさえ、大雨を伴う巨大台風も列島に襲いかかる異常事態である。


テレビ画面には「大雨特別警報 西日本の各県」「甚大な被害の危険迫る 最大級の警戒」「気象庁が最大級の警戒呼びかけ」「周囲を確認し直ちに安全確保を」と画面を埋め尽くす多数のテロップが乱立する。


携帯電話でも被害状況を確認する朋友の視界には、異常事態を知らせる映像に合わせて危険が迫ることを告げる多数の文字が飛び込んで来る。結子と連絡が取れない不安から焦燥感しょうそうかんに駆られる朋友は、ざわめく心を鎮めることが出来ずにいた。


数時間後に紀伊半島沿岸を北上する巨大台風の影響により、西日本や東海地方でも多数の人命を奪う、大雨、暴風、高波、河川の氾濫、土砂災害が発生し、日本列島を震撼させる。


命の危険を脅かす激震災害の猛威に大人から子どもまでが恐怖するのである。



「ゆ、揺れてる・・・」


地震の揺れを体感する朋友。


「爺ちゃん、また地震だよ!」


朋友がほんの僅かな大地の揺れを感じた数秒後にテレビから地震を知らせるチャイム音が聞こえて来た。


「緊急地震速報です、強い揺れに警戒してください」


「緊急地震速報です、次の地域では強い揺れに警戒してください」


アナウンサーの声が部屋に響き渡る。


「揺れが来るまでわずかな時間しかありません。怪我をしないように自分の身の安全を守ってください」


関東の各都県名がテレビ画面に羅列される。


「慌てるでない」


頼光がそう朋友に伝えるのだが、朋友は繊細な体感から強い揺れの余震が発生することを察知して、素早い動作でテレビ電源を切り頼光に声をかけながら腕を掴み屋外へ避難させた。


「ほら、早く、外に行くぞ!」


「只今、地震が発生しています。今、東京のスタジオでも揺れを感じています。強い揺れを感じた地域の皆さんにお伝えします。落ち着いてください」


頼光の手をたずさえて屋外へ避難した朋友は、時を移さず携帯画面で地震情報をチェックする。


「お父さん、朋友!」


拝殿から飛び出して来た高彦も怪我ひとつなく無事であった。


「また、地震ですよ〜、恐い!」


恐怖に震えながら夏子も3人と合流した。


うちは全員無事だけど結子は・・・朋友は結子の携帯に電話するのだが依然として繫がらない。


「どうなってんだよ!」


電話が不通なため、朋友は仕方なく結子にメール送信した。 



車内の椅子に横たわっている結子は、朦朧とした意識の中で女神の想いと空間に点在する多くの人の想いを感じていた。そして、自らの心と体が受ける繊細な情報を懸命に整理しながら、ひとり悲歎ひたんに暮れていた。


災害の猛威をまざまざと見せつけられる中で、混迷する現代社会を憂う人、将来に不安を抱く人、おごれる者への制裁だという人はいても地球に負荷をかけない生き方に変えようと実際に行動する人は、いったいどれだけいるのだろう・・・


災害により受けた恐怖を少しでも早く忘れ去ろうとするかのように復興の名の下、莫大な予算をかけてインフラ整備をするだけで、また同じ生活を繰り返そうとする人たち。問題の原因を理解して根本的な解決を進めない社会の構造そのものが汚穢塗れなのである。


清らかなものを守護する、きれいな空間を大切にする、自然を愛し、他の生命を慈しむ心を持ち地球により負荷をかけずに慎ましやかに暮らすことが正しい人の道である。そして、そのことを当たり前とすることこそが人に降り掛かる大災を減少させる方法であることを人類は理解して、社会の在り方を根本から変える必要がある。


人類は過去の罪咎さいきゅうを認め、悔い改めるときなのだ。人は今、清らかさの大切さを理解したうえで、正しく進化することを求められているのである。


結子の心の叫びとともに瞼の奥から慈愛に満ちた一筋の涙が零れ、白皙はくせきほほを伝う・・・




そんな中、都内の繁華街は穢れたものたちの格好の餌食の場と化していた。鬼たちは水を得た魚のようにその凶暴性をあらわにする。


「おら、おら、お前ら、金だせ、こら!」


禍々しい穢れた妖気を放ちながら双眸を赤く光らせる角田剛毅は子分たちを引き連れ、恐喝、窃盗などやりたい放題である。


跳梁跋扈する魑魅魍魎は人に取り憑き、騒擾そうじょうの種を蒔く。人の手により多くの罪を犯し、犯罪が新たな犯罪を誘発させる世に陥れる。其ればかりではない。穢れた妖気を空間に撒き散らすことによって人々の思考を混沌とさせ異常行動する人間を増加させる。


錯乱してオフィス内で首を吊る自殺者、駅のプラットホームからダイヤが乱れる線路に飛び込む人、自家用車を暴走させて路上から通行人のいる歩道へ突っ込むもの・・・異常な行動による複合災害を引き起こす人々の姿は、まるで異形の存在が徘徊する百鬼夜行の地獄絵図のようであった・・・

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