第2章 (2)汚穢

県内にある比較的大きな倉庫内で全身から穢れた気を放つ鬼塚京一。その傍らで鬼塚の父親が組長を務める組の組員たちが拉致した人物を脅しながら、鬼塚の命令に従い捕らえた男に殴る蹴るの暴行を続けていた。


県内の路地裏・・・


鬼塚からの指示で金を餌に勧誘している角田の前に列を成す若者たち。ひとりひとりに現金を手渡す角田に感謝するものや喜びの奇声を上げるものたちに魔の手が迫る・・・穢れた妖気を放ちながら、角田の指示通りに若者たちの周囲を取り囲む鬼たち。其の中でも最強に毒々しい穢れた妖気をまき散らしている角田の双眸が赤い光を放つ・・・

   

「はい、一丁上がり!」


ひとりひとりの若者に鬼たちが憑依してゆく。憑依されたものたちは全員が全身から穢れた気を放つと同時に双眸が赤く光る。金を餌にして人体を手に入れた鬼たちは禍々しい力を増幅させた。



病院前から少し移動して近くの公園でベンチに座っている結子と朋友。結子は幼少の頃から幽霊が見えていることを朋友に伝えた。そんな奇怪な体験を聞かされたら大抵は驚くか、敬遠される筈なのに、それほど驚くこともなくあっさりと結子の言葉を受け入れる朋友の姿に結子は少し驚き、何とも言いようのない不思議な感じがしていた。


そんな朋友に心情を素直に語る結子は、自分が他の人とは違い幽霊が見えることによって家族に困惑を招いて来たことや、理解されずに苦悩して来たことを打ち明けた。


「辛いの?」


朋友の問いかけに対して、人は汚れた場所で生活することや、穢れた心を持っていると体も汚れて穢れた気を出してしまう、そんな人が多過ぎて・・・だから体が辛くなることを朋友に告白した結子は、その事が原因で幼い頃からひとりで悩み、生きるため、命を繋ぐために苦労して来たことを人生で初めて他人に打ち明けた。


結子に悩みを打ち明けられた朋友は、結子との距離が縮まることを感じながら、結子がどうして病院に来ていたのかを理解した。


「でもね、この世には私の大好きな清らかな神様だって、ちゃんといるの! 」


結子は母親の鏡子にさえ言えなかった境遇を朋友にだけは不思議と伝えることが出来た。


「人が森や川、空や海を汚して、人の心も体も汚れて、鈍くなって・・・」


「その通りだよな」


結子の感じる世界を共感できる朋友。


結子は幽霊や神さまのことだけではなく、幽霊よりも恐ろしい妖怪や魔物がいることも朋友に伝えた。


「妖怪?魔物?例えば?」


「例えば、酒呑童子とか・・・」


酒呑童子という鬼の存在を結子は朋友に伝えるが、見たことも聞いたこともない存在に鬼気迫るリアル感は朋友にはない訳で、理解力のある朋友であってもまだ半信半疑であった。何故なら、繊細で鋭利な体感まではまだ持ち備えていない朋友の実力の範囲内でしか真実は理解できないからである。


ところが次の瞬間、朋友の目の前で奇怪な現象が起こった・・・


人がいないのに勝手に動くブランコにシーソー・・・俗に言うポルターガイスト現象である。


朋友の目の前にいた幽霊が結子に構ってもらいたいから、結子に意識を向けてもらうためにブランコやシーソーを動かしたのだ。


結子は驚きを隠せない朋友の側から未成仏な幽霊の方へ躊躇ためらうことなくひとりで歩いてゆく。


「うん、わかった、成仏させてあげるから安心して」


未成仏な幽霊と会話している結子・・・その光景を見て「幽霊に鬼か・・・」と無意識に呟いた朋友は、結子から聞かされた話に対する確信が強まり、結子が体感している世界を少し垣間見ることができた驚きと、その世界を共有できている喜びが込み上げて来た。


そんな朋友の理解力と純粋な心を感じた女神が微笑んでいるかのように、結子と朋友が立ち寄った公園の花壇の花々は結子から発せられる清らかな気で生気を取り戻していた。



週末の夜


東京から電車で栃◯へ移動する結子は、車窓から外を眺めていた。

駅のホームでは電車の出発を知らせる音が鳴り響く。


週末を利用して結子の所属する芸能事務所が都内でのスケジュールを入れるので、結子は東京と栃◯を行き来する生活が続いていた。


豊かな自然がまだ残っている栃◯県と高層ビルが乱立して風光明媚ふうこうめいびな場所など殆どない東京の空間の汚れの違いを結子は肌で感じるのであった。


電車内でひとり静かに今日の出来事を結子は振り返っていた。


都内の撮影スタジオ内にシャッター音が鳴り響く中、カメラマンや編集スタッフの前でポージングをする結子。スチール撮影が終了した後、椅子に座り笑顔で取材を受けている結子の側でカメラマンが撮影したデータをパソコンでチェックすると、幽霊らしきものが写り込んでいた。それをスタッフたちが見て驚き首を傾け、互いに顔を見合わせながら困惑していた・・・


次の現場であるテレビ局に到着した結子が局内を歩いていると、通路で男性タレントとすれ違ったので礼儀正しく挨拶をした。


「おはようございます!」


「おはよう、結子ちゃん」    


男性タレントに憑いている幽霊が結子を睨みつけるような鋭い目線を送って来た・・・

    

タクシーの車内から渋谷の街を眺めている結子の全身に襲い掛かる負の産物・・・汚れた空、ビル、空気、アスファルトの道路、行き交う多くの人たち、耳を劈く夕の音・・・人体を蝕む穢れた空間からの情報に未来を案じて恐怖する結子は、栃◯の地へ向かう車内で思わず呟いた。


「汚れた町(東京)・・・人も汚れて行く・・・病人が増える・・・」


人間は脆弱ぜいじゃくな生き物である。汚穢に塗れても、その汚れた場所で耐え凌ぐことを適応と呼び、そのような場所の善し悪しもわからないまま汚れを容認して縦横無尽に動き回れる鈍い心と体のことを健康だと錯覚しているのである。


空間の異常は人体に悪影響を与え、思考までもが混沌こんとんとしてしまうあまり、人は激しい雨雲の如くに動き、他への迷惑などお構い無しとばかりに体内毒素を空間に散蒔ばらまき、迷惑をかけることも平気なのである。


更に凄惨せいさんな状態に陥って行く未来の記憶を胸にすると、何とも言い難い寂寞せきばくが結子を襲って来た。


涙にかすむ結子の視界の先には、輝く月が浮かんでいた。



翌日の昼休み


朋友は松島と町井と一緒に図書室へ向かっていた。図書室に立ち寄った朋友は松島に妖怪や魔物のことを尋ねた。


思い掛けない朋友からの問いに対して、朋友がサークルへ興味を持ち参加する気になったのかと笑みをこぼす松島は、結子の勧誘を朋友にほのめかす。


松島の気持ちを察した朋友は、幽霊や妖怪よりも神様でないと結子は興味を持たないし、振り向かないだろうとアドバイスをしながらひとり頷き、納得している。そんな朋友の姿を見ている松島と町井は、朋友の心意を理解出来ずに首を傾げ互いの顔を見合わせていた。


静まり返った図書室内で松島は、幽霊、妖怪、魔物についての資料を探して朋友に渡していた。同席している町井も真剣な表情で朋友と松島に協力していた。


「・・・酒呑童子!」


幾つかの書を読みあさる中で、朋友は妖怪本の中に描かれている酒呑童子のページを見つけた。


「酒呑童子、日本三大妖怪のひとつ。京都の山に住んでいた鬼の頭領。清和源氏の三代目・源頼光らによって退治される」


でも・・・本当は退治されていないのか? それとも、また現れて来たのか?


「それよりも、頼光って、うちの爺ちゃんと同じ名前じゃねーかよ!」


松島と町井は朋友の呟く言葉を耳にするものの、その真意がわからず、またしても首を傾げていた。


「子分には、茨木童子っていう鬼もいるのか・・・」


朋友は酒呑童子と茨木童子の存在を認識した。

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