第2章 (3)魔物と御神剣

初夏


今日は夏祭り。お祭りが行われる県内の隣町では朝から町中が活気に満ちており、神輿や屋台の準備が進んでいた。


夜空に星々が姿を見せ始める頃、授業を終え帰宅していた朋友と松島や町井たちだけではなく、この日の出演シーンを撮り終えた結子も待ち合わせ場所に合流した。全員が色違いの浴衣を着て、団扇うちわを片手に屋台の並ぶ路地へ歩みを進めた。


金魚すくい、綿菓子、タコせんべい・・・笑顔と笑い声が耐えない楽しいひと時・・・


「最初はグー、じゃんけんぽん、あいこでしょ、あいこでしょ」


ジャンケンをして、買出し担当の人物を全員が胸を躍らせながら笑顔で決める。


「あっ、朋友だ、朋友の負け!」


「しょうがねーな、じゃ、飲み物買って来るよ」


ひとりひとりが微笑みながら朋友にドリンク代を渡すと、飲み物の種類を朋友に伝え、それを聞き終えた朋友は仲間たちの飲み物を買うためにコンビニへ向かう。


「ついてねーな、まったく・・・」


人混みの中、ひとりコンビニへ歩みを進める朋友の肩に激しく打つかる男・・・


「なんだ、てめぇ〜」


朋友に罵声を浴びせる男、角田剛毅である。


「痛ってぇ〜なぁ・・・」


朋友は勢いよく打つかられて倒れそうになるがこらえ、衝突された自らの肩をもう一つの腕で摩った。


知らぬ間に朋友の周囲を取り囲む大勢の男たち。その中央には圧倒的な存在感を放つ鬼塚京一がいる。好戦的な角田をはじめ子分たちも朋友に喧嘩を吹っかけようと強硬的な姿勢でいるが、鬼塚は近くに監視カメラがあることや警察官たちがいることを察知していた。


「剛毅、放っておけ」


「ちぇっ、とっとと失せろ!」


穢れた気を放ちながら朋友を睨みつける角田の双眸を睨み返す朋友は、誰がボスかを瞬時に理解して、角田に向けた目線を鬼塚に送る。


鬼塚もまた朋友に目線を送る・・・一秒か、二秒、それとももっと短い一瞬の間であろうか、鬼塚は朋友に向けた目線を逸らし、背を向けてその場を立ち去った。


鬼塚たちがその場を離れると、止められたストップウォッチがまた動き出したかのように辺り一帯が日常の世界に戻った。



予期せぬ災難に見舞われたものの朋友は平常心を取り戻し、コンビニで買い物を済ませ、何事もなかったかのように仲間たちの居る場所に帰った。


いつも側にいる仲間たちとだけしか味わうことの出来ない大切な時間・・・何処にでもあるような取るに足らない会話でも、今を生きていることを感じさせてくれる生まれ育った栃◯の地と仲間たち・・・朋友はそんな親友たちの笑顔を見ると安堵する気持ちが心を満たして来ることを感じていた。

   

みんなで屋台のおみくじにもチャレンジする。

おみくじの出来る屋台で、それぞれがくじを引き景品を受け取るのだ。

       

「俺はこれ」


「じゃ、私はこれで」


「はい、ストラップね」    


屋台で同じ勾玉のストラップが偶然に当たり、店員から同じ景品のストラップを渡される結子と朋友。


「いいな、私はハズレの飴玉・・・」


「のぞみちゃん、僕と同じだね!」


ハズレの飴玉を町井に見せて微笑む松島と少しむくれた表情をしながらも松島との会話を楽しんでいる町井の姿を見て、結子と朋友も微笑んでいた。    

             


暗がりの神社前・・・


「それじゃ、また明日!」


「暗いから気をつけて、また明日!」


夜更けになり、それぞれが帰路に着こうとしたとき・・・結子は只ならぬ穢れた気を感じ、暗闇の中から異様な存在感が伝わってくる神社の方向へ振り返った。そんな結子の様子を察知した朋友は、周囲の空間に意識を向けながら結子に近づいた。


結子は近づいてくる朋友に一瞬目をやり神社境内ヘ足を進めると、結子の後を追う朋友は持参していたかばんから常備している懐中電灯を取り出して結子に渡す。


静かに神社境内へ入るふたり・・・


「何か、気持ち悪いとこだよな・・・」


朋友は以前よりも体感力が増しており、神社の異変を少し感じることができていた。


「きゃあ!」


拝殿の中に意識を向け覗き込んだ結子が声を出して驚き、たじろいだ。


「どうしたの?」


朋友が結子の心配をする中、結子には拝殿の中にいる巨大幼虫の姿をした魔物がはっきりと見えている。体に纏わり付くようなビリビリとした穢れた気を放ちながら異形な外見をした魔物が拝殿内をガサガサと動き回っているのである。


結子は迷わず女神にどうすればよいか尋ね、高い集中力を維持したまま女神からの声を聴いた。


「御神剣で斬ってください」


結子は女神の声に頷きながら、自分に見えている凄惨な状況を冷静に、そして正確に朋友へ伝えた。


「魔物が拝殿の中を占領しているの」


「それが見えるの?」


「うん」


「それって、やばい奴だろ?」


「うん、朋友も感じてみて!」


心と体の動きを鎮めて拝殿に意識を向け、集中力を最大限に高める朋友。


「ビリビリする・・・それに体が痛い・・・」


「この感じ、確か・・・」


コンビニへ向かう途中、人混みの中で角田剛毅と打つかった感覚。鬼塚京一と対峙したときの感じと似ている・・・穢れの強さや質は異なるものの、類似した悪臭を伴う穢れた気を朋友も感じ取ったのである。


「でも、どうすればいい?」


大抵の人なら、このような状況下では「放置して逃げる」という選択をするのだが「どうすればいい?」と、朋友は何の躊躇ためらいもなく結子に尋ねるのである。


朋友もまた結子と同じく「選ばれし者」なのであるが、この時点ではまだ朋友にはその自覚がない。


「倒すの! 倒して、神社を正常な状態にするの!」


「誰が?」


訴えるように朋友を見つめる結子・・・


「俺? 俺が倒すの? どうやって?」


「神様の持ち物である御神剣で倒すの!」


「御神剣? 御神剣って、そんなの俺持ってないし・・・それに何で俺な訳?」


結子は真剣な眼差しで朋友を見つめながら、この汚れた世の中を正常にするため、大切な人のために戦うか、見て見ぬ振りをして逃げまわって諦めるか、どちらかの選択を朋友に迫った。


「それをするのが朋友の役目なんだから!」


朋友は結子の言葉を噛み締め受け止める。


「確か、酒呑童子だっけ、そいつも斬るってことか?」


力のある眼差しで結子を見つめる朋友の双眸をじっと見ている結子は、静かに頷いた。


結子と朋友は巨大幼虫を倒すために神社を後にしてある場所に急行した。漆黒の闇の中をふたりの戦士が強大な魔獣と戦うために、人知れず正義感と尊い志を武器に突き進む。


「ようこそ、我が家へ」


ふたりの目的地、それは朋友の自宅である神社だった。


「早速、始めるから、朋友は例のものを用意して」


朋友は足音を立てずに静かに拝殿の中に入ってゆく。静寂の夜、結子はマスクを取り静かに目を閉じ、更に心と体の動きを鎮めて意識を神社境内全体へ広げた。そして、次の瞬間、大きく開いた結子の双眸が蒼く煌めく・・・


結子は全身から清らかな気を放ちながら柏手を打ち神社を祓い清めていると、家宝の御剣を手に朋友が拝殿から出て来た。


「それじゃ、神様にお願いするね!」


結子が静かな声で朋友にそう伝え、それを聞いた朋友は頷きながら心と体の動きを鎮めて空間に意識を向けた。


結子の双眸がふたたび蒼く煌めく・・・結子が手を合わせ、神々にお願いした瞬間、本殿・拝殿内と御剣から強烈な光が放たれ、神社境内が清々しい御神気で包まれた状態になる。


「清らかな気・・・神様だ!」


神様の姿は見えないものの、神社の雰囲気が一瞬にして清らかに変化したことを体感する朋友の肉体は驚きと感動で満ち溢れていた。そして、一瞬の間をおいて本殿と拝殿内、御剣からの強烈な光が音もなく静かに消えた。


「できたよ!」


結子の辣腕らつわんを振るう、その姿はまさに神懸かっていた。朋友の家に代々伝わる御剣へ神々から授かった本物の御神剣を宿しのだ。


神々から賜った、これこそが本物の清絶高妙な御神剣である。


「全く別物になった・・・」


清らかな御神剣を両手で持ち上げる朋友は、御神剣を手にすると全身が清まり感度が増すことを瞬時に体感し、理解している。


「これも感じてみて」


結子が朋友に渡したのは、ふたりがお祭りの日に偶然手にした勾玉ストラップ

である。それは御神剣に負けず劣らず神々しく、妙々みょうみょうたる出来映えの勾玉に変化していた。


強烈な光を放つ勾玉ストラップからも清らかな気とともに清浄な力がみなぎっている。その素晴らしさを感じながら驚愕している朋友の佇まいは、まるで赤子の笑顔のように一転の曇りも無い喜びが全身から溢れているかのようであった。


「やったね! でも、これからもっと驚くことになるから、楽しみだね!」


「どういう事だよ?」


「それと、自分家じぶんちの神社から、しっかり守れるようにね!」


「どういう意味だよ?」


結子はこれから朋友の身に起こる現象を楽しみに、そして、朋友が進化することを頼もしく、何より心強く想うのであった。


「大丈夫、今にわかるって!」と心の中でそっと呟く結子であった。

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