第1章 (3)酒呑童子

深夜にギラギラとした光を放ち、爆音と歓声が響く都内のクラブ。

入口にはセキュリティーのバンサーたちの前で列を成す群衆。フロアーはDJサウンドに合わせて多数の客が体でリズムを取っており、サブフロアーやトイレ内も含め、クラブ内は酒やタバコの臭いだけでなく人の熱気が充満している。


パスがないと出入りできないフロアーの奥にあるVIPルーム。その入口には黒いスーツ姿の男たちが待機していた。


VIPルーム内の一番奥の席で仲間たちと豪遊する若者グループの中央に居座る男の名は鬼塚京一おにづかきょういちである。小悪魔的な美女たちが鬼塚を取り囲んでいるVIPルームに生けられた豪勢な花は、空間の影響を受け生気を失っている・・・


「京一さん、いつも格好いい!」


「京一さん、今度の映画でメインの役なんだから、凄いよね!」


鬼塚京一の舎弟・角田剛毅つのだごうきも同席している。


「馬鹿野郎!」


子分のひとりが運んで来たグラスを落として割ったことに激怒する角田は子分を殴り倒した。


「お前ら、さっさと片付けろ!」


子分たちが割れたグラスを始末するなか、角田に耳打ちするひとりの子分(学校の階段で結子に打つかった生徒を押したものである)がいた。その内容を角田が鬼塚に耳打ちすると「そうか、続けろ」と鬼塚が角田に命令し、角田が舎弟たちに睨みを利かせながら指示を出した。指示を受けた子分たちが移動するためにVIPルームのドアを開けると、DJサウンドとフロアーで歓喜する群衆の声がVIPルーム内にも響き渡り、熱い夜の宴は更にボルテージを上げた。



翌日の午前中


車のクラクションが鳴り響く中、排気ガスをまき散らす車が走る国道沿いの歩道には、秋のマラソン大会のトレーニングのために体育の授業でランニングする生徒たちの姿があった。


田舎町とはいえ、百年前ならいざ知らず、現代社会ではどの地方でも町を横断する国道沿いは全国展開しているお決まりのチェーン店が軒を連ねていて、豊かな自然の息吹きを感じる場所とは言い難い空間であることに違いはない。


結子と一緒に歩道を並走している町井は、マスク越しに辛そうな表情を浮かべている結子を気遣っていた。


「大丈夫、ありがとう・・・」


町井に答える結子ではあるが、汚い場所だと心臓の周囲、お腹、首までが固まって息ができない・・・肉体への負荷をリアルに体感しながら、鈍感な人間社会が創り出している常識に合わせる苦労の絶えない結子であった。



体育の授業を終えた後の騒がしい教室内でも結子の身に降りかかる苦痛は続く。

運動した後の生徒たちの体は緩みが増すことにより体内毒素を放出する量が増え、教室内は汚れた気が充満しており、結子に更なる苦痛を与えるのである。


「教室の気、やっぱ苦しいんだけど・・・」


疲弊した結子に松島が声をかけた。


「結子ちゃん、幽霊妖怪サークルを創ったんだけど、興味ないかなぁ」


「興味はあるけど、忙しいから無理かな、ごめんね!」


体が辛いことを悟られないように教室を出る結子を目で追う松島は、結子に断られても諦める素振りなど微塵もなく、他の生徒にも明るく声をかけた。


結子は苦痛に堪えながら廊下をひとり歩き女子トイレに辿り着いた。肉体が受けている穢れた気を少しでも祓い抜くために手を水で洗う。手元に目線をやりながら項垂れた顔を上げて鏡を見ると、そこには未成仏な幽霊の姿があった。


「きゃぁ!」


 仰け反り、直ぐさまトイレから駆け出し、その場を離れた結子は逃げ場のない状態に苦闘する。耐え凌ぐしかない現実に打ちのめされそうになりながらも、結子はひとり前を向いて歩みを進めるのであった。



学校生活の合間を縫って、映画「愛しい人は、女神さま」の撮影は続いていた。

映像をチェックするスタッフたちが真剣な表情で見つめるモニターには美しい姫の姿をした結子が写っている。


「私、巫女になります!」


監督のオッケーの声を受け、「オッケーで〜す」とスタッフの声が撮影現場に響き渡った。


「ありがとうございます!」


本日予定していた結子の出演シーンはすべて終了したので、スタッフたちと挨拶する結子にマネージャーの小杉が声を掛けた。


「結子、今日も長丁場、お疲れさま」


「お疲れさまでした」


この日の撮影が無事に終了して安堵している結子が小杉と一緒に現場を去ろうとすると・・・


結子(女神)は、只ならぬ妖気を感じて、その方向へ振り返った。


「鬼塚さん、入りま〜す!」


甲高いスタッフの声が聞こえたかと思うと、結子が振り向いた先に鬼塚京一(酒呑童子)の姿が・・・


「酒呑童子」


身の丈は4メートル位あり、全身は焦げ茶色の毛で覆われている大鬼である。頭部には黒色の角が二本、つり上がった大きな双眸、鼻の穴も大きく、開いた口は更に大きく左右に裂けており黒色の鋭い歯が並ぶ。胴体の胸部の部分だけ毛並みは黒い。


結子を凝視する鬼塚の双眸が禍々しい妖気と共に赤く光る。


結子の前に歩み寄る鬼塚から目を離さずにいる結子は、鬼塚から強烈に放たれている妖気を弾き返すように清らかな気を全身から放出し、穢されないように踏ん張り必死に堪えていた。


「俺は鬼塚京一、よろしく」


「はじめまして、大神結子です」


鬼塚は全身から禍々しい妖気を強烈に放ちながら、じわじわとなぶり殺してやると結子への殺意を抱く。


鬼塚京一に入り憑いている酒呑童子の姿がはっきりと見えている結子。


鬼塚の周囲に満ちあふれる穢れた妖気と結子の周囲を覆う清らかな気が打つかり合い、人知れぬところで苛烈な戦いの幕が開けた・・・


鬼塚から目を去らせ、結子とマネージャーの小杉は何事も無かったかのようにその場を離れた。


心臓に突き刺さるような鬼塚の目線と禍々しくて鋭い生命の危険を感じるレベルの穢れた妖気を背中で感じながら歩みを進める結子は、小杉と共に撮影現場から立ち去った。


「結子、顔色悪いわよ、大丈夫?」


鈍いが故に禍々しい妖気を全く感じることもなく、況してや酒呑童子の姿を見て恐怖におののくことも無い小杉は辛そうな結子に声を掛けた。そんな小杉も本人の体感が無いだけで肉体はダメージを受けていることを小杉から心配そうな眼差しを送られた結子は感じ理解しており、小杉の肉体のことも案じながら、「大丈夫・・・じゃないみたいです・・・」と、結子は小杉に答えるのであった。

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