第1章 (2)邂逅

◯体山の山頂に立つ清絶高妙な御神剣に落雷した瞬間、この世に降臨した女神が同時に結子へ憑依してから数日後・・・


「おはよう! 結子」


「おはよう」


週明けの朝、校内ですれ違う同じクラスの生徒たちと挨拶する結子。


いつもなら空間の穢れた気や生徒たちが肉体から発している汚れた気によって肉体が悲鳴を上げるのに、そうはならないことに結子は驚いていた。つんざくような雑音や穢れた気が充満している空間では肉体が悲鳴を上げ苦しくなるのに・・・女神のおかげで爽やかな清々しい気に包まれているので不思議と安堵感があり心地よいことを結子は冷静に感じ取り、体感から理解していた。


「でも、人がいつもより汚れて見える・・・悪臭も強い・・・私、前より感度が上がってる!」


結子は生徒たちの体から噴き出している「モヤッと」した穢れた気を感じ、それが以前よりもはっきりとリアルに見えていた。


全身で受ける膨大な情報を処理している結子の体が階段に差し掛かったとき、突然、階段の上から降りて来た生徒に打つかられ、結子は階段からこけ落ちそうになった。


「あっ!」


そこへ階段下から友人と一緒に上がって来た朝日朋友。朋友が咄嗟とっさに倒れそうになる結子を抱き支えると、至近距離で目が合うふたり。


「ありがとう」


「どういたしまして」


朋友に抱き支えられながら、朋友を見つめる結子。


「あっ、私、大神結子です」


「俺は、朋友、朝日朋友」


怪我ひとつ負うこともなく、無事であった結子の姿を見ながら照れる朋友。

朋友の表情を見て、笑顔を返す結子。


「それは節足動物に怯える男、朝日朋友17歳と、女神のように美しい大神結子のはじめての出会いであった」


その一部始終を隣で観察していたクラスメイトで朋友の友人・・・松島潤・通称「松潤」である。


「おはよう、結子ちゃん」


「おはよう」


松島は照れる朋友を余所目に結子へ挨拶した。


「なに勝手にナレーション付けてんだよ!」


「細かいことはいいから、雰囲気だよ、雰囲気」


「何だそれ・・・」


照れる自身を余所目に結子へ挨拶する松島に心を見透かされたような恥ずかしい気持ちになった朋友は松島に食い下がるのだが、松島は笑顔で軽く朋友をなした。


そんな戯れ合うふたりを見て微笑ましい気分になった結子は、朝日朋友との出逢いが今後の人生に大きな影響を与えることになることをまだ知る由もなかった。



学業と芸能活動を両立させる結子。東京ならいざ知らず、田舎町の高校で同じクラスに芸能人がいると流石に注目の的になる。況してや、人口が密集した大都会である東京でもその存在感は群を抜いている結子がクラスメイトであるならば、男子生徒たちが放っておく筈がない。


「大神さん、これ、僕からの気持ちです」


「抜け駆けすんなよな!」


結子の周りに集まる男子生徒たちは、ラブレターを手に次々と結子へ挨拶する。

他の女子生徒たちからは嫉妬の目で見られるだろうが、そんなことを結子自身が回避できる訳もなく、そこにある現実を受け止める結子。


そんな中、松島は自身が発起人となって創った幽霊妖怪サークルの勧誘を教室内ではじめていた。


「あの〜、町井さん、前にも聞いたんだけどさぁ、今立ち上げている“幽霊妖怪サークル”に参加してみない?」


「う〜ん、朋友くんが参加するなら、私も入ってあげる」


「うん、了解、了解、あいつはメンバーになること確実だから、町井さん、よろしくね!」


クラスメイトの町井のぞみに好意を抱く松島は、ニコニコしながら上機嫌で朋友のもとに歩み寄り、スマホ画面を見せた。


『幽霊妖怪サークルBlog』松島が自ら立ち上げたサイトである。松島は朋友にサークルメンバーになるように勧誘するが、興味を示さない朋友。同じ教室内で結子を取り囲む男子生徒たちを意に介さず、その横を素通りして立ち去る朋友。そんな朋友の後ろ姿を結子は目で追った。


朋友がサークルのメンバーになれば、町井を入れてメンバーは一挙に3人になり、芸能人である結子もメンバーに加われば鬼に金棒だと意気込み妄想を膨らます松島であった。



その日の夕刻・・・


結子の自宅アパートで鏡子が夕食の準備をしているところに結子が帰宅した。部屋に荷物を置いて、干瓢かんぴょうの胡麻和えやデザートの苺などの夕食を一緒にテーブルへ並べる結子と鏡子。


「結子、学校はだいぶ馴れた?」


「うん、お母さんの方は?」


「お母さんは、ただのパートだから、何のことはないわよ」


「そう、ならよかった」


いつものように何気ない会話をするふたり。鏡子から撮影の様子を聞かれるが、結子は神様のおかげで順調だとは当然のことながら鏡子に言える筈も無い。宇都宮餃子と新生姜の酢漬けを結子のお皿に取り分けながら、鏡子がこの町に越して来てからも幽霊がまだ見えるのか、結子に聞いた。


「うん、たまにね」


幼少期から幽霊が見える自分について、鏡子が心配し続けていることを痛いほど理解している結子は、鏡子の気持ちを察することが出来るが故に、本当は幽霊と毎日遭遇している事実を敢えて伝えずにいた。


そんな結子の表情を見ながら、鏡子は昔の出来事を想い出していた。


東京都内の自宅で旦那と口論する鏡子。


「この子は頭がおかしいんだよ」


「そんなことはありません」


ふたりが言い争っている隣の部屋で結子は幽霊と話をしている。


「見てみろ、あの姿を・・・どこが普通なんだよ!」


「普通の子です、素直な優しい普通の子です」


結子の父親に対して涙ながらに理解を求める鏡子であったが、互いの理解が深まることもないまま結子の父親は家を出たのである。


結子の父親が結子のことを受け入れずに、結子が普通ではないということを理由に家を出て行ったことを結子に伝えることが出来ない鏡子は、ひとり悩み、寂寥感せきりょうかんに浸るのであった。



鏡子からの質問によって、そう言えば今日はまだ幽霊と遭遇していないということに気づいた結子は、その理由を女神に聞いてみた。幽霊と遭遇していないことは神様のおかげなのかと・・・


「はい、そうです、私と一体となったことで幽霊と距離が保てるようになったのです」


女神の声を聴き、戸惑いながらも結子はその理由を知った。しかしながら、女神の想いと自分自身の想いを混同して、それぞれの違いを正しく精査することにまだ馴れていない。


いつものように少食な結子。少ない食事でも健康を維持している結子の姿を何年も見て共に暮らして来た鏡子は、そんな結子の姿を当たり前のように受け入れている結子の理解者であり、大切な母親なのである。


「気が悪いから体が食べ物を受け付けないだけだから」


「そう、ならいいんだけど」


穢れた気によって肉体がダメージを受けることや、そのせいで食事が十分にできないことを理解できていると、このような会話が日常で普通に飛び交うのである。


また、潔癖性とは違い、徹底的に部屋の清掃をする訳でもなく、部屋の中には普通にものがある空間でも人体から穢れた気を出さないものが過ごしている場所は自ずと綺麗な状態を保っていることも繊細な体感力のある結子にとっては普通にある日常である。女神と一体化することにより、結子の清らかさは更に増し、結子の人体からは清らかな気が放出されていた。その事により部屋の空間は更に祓い清まり、花瓶に生けてある花までが生気を取り戻していた。


ひとり湯船に浸かり自分の肉体を観察しながら人体に驚く結子(女神)は、腕をさすりながら違和感をチェックしていた。

       

「五本の指、爪、髪の毛、そして、耳・・・はっ、なんか宇都宮餃子みたい・・・」


無論、このような感覚は普通の人間なら持つこともなく、また疑問に思うことさえない筈である。誰しもが指の数や髪の毛など肉体の形状や可動範囲を物心がついた頃には受け入れ、死に至るまでの人生において違和感を持つこともないのである。


しかしながら、女神にとっては初体験の人体であることに付け加え、肉体があることは不自由極まりなく、穢れた空間に身をおくことや汚れたものに触れることは初めての体験である。


清らかな女神と一体化したことより、結子の肉体は情報を正しく精査する能力が飛躍的に向上した。


そして、その機能が高ければ高い程に、すべての事象に対しての答えを導き出す作業をするようになるのである。そうであるが故に、このような感覚になることの意味を理解し、物事の清らかさを正確に識別しながら正しく認識することができるからこそ、肉体はより多くの情報量を受け入れることができる状態になり、心もまた容易に鎮められ、安定するようになるのである。


「私じゃないこの感情は・・・神様の想いなの・・・」


結子の心身は、清らかさが増幅したことにより短時間の間に膨大な量の情報を整理する過程で進歩と安定を繰り返しながら、更に強靭きょうじんで清らかな心と体を創り上げているのであった。



他方、朝日朋友の実家は神社である。朋友の祖父・朝日頼光あさひよりみつは先代の宮司であり、現在は朋友の父親である高彦たかひこが宮司を務める神社である。妻・照子てるこを朋友が中学に上がる前に亡くした高彦を手助けするために、照子の妹であり、独り身である夏子なつこが照子の代わりに朋友や頼光の食事の世話や神社の運営を手助けしていた。


頼光、高彦、夏子、全員が明るく元気溌剌な家族であり、高彦の口癖は「夜でも朝日でございます」夏子の口癖は「冬でも暑苦しいって言われる、夏子で

す」と、ボケとは程遠い、面白さの欠片もないドが付くスベリっぷりが逆に笑いを誘うレベルの会話を繰り広げるのである・・・朋友に至ってはいつも半信半疑で会話に付き合い、相づちを打つ始末。


そして、極めつけは頼光である。


「朋友、朋友はおるか?」


朋友を探している頼光は、手にしている家宝の御剣を高彦に手渡した。


「お父さん、朋友なら、あそこに居ますよ」


先祖代々から受け継いで来た御神体山の山頂伝説を信じ、先祖敬仰せんぞけいぎょうの心と神仏への畏敬いけいの念を抱き続ける頼光は、朋友に毎日欠かすことなく、御神体山の神様に御礼の挨拶をさせるのであった。


「今日も一日、平穏無事に過ごせたことへの感謝をするのじゃ」


御神体山の方角(北北東)へ、二例二拍手するふたり。


朝日家に代々伝わる言い伝え・・・

    

「人の世乱れるとき、ご神体山の山頂に神が降臨する。しかしながら、魑魅魍魎もまた暗躍する。月に叢雲むらくも、花に風じゃ!」


飽きるほど聞かされている頼光の口癖に、また始まったとばかりに朋友は呆れた表情をしていた。


そんなふたりのもとへ高彦と夏子が近づいて来た。


「ご先祖様からの言い伝えだからなぁ、父さんも物心ついたときから、ずっと聞かされているよ」


「冷たいお茶と鬼平の羊羹ようかん、用意できたわよ」


「いっただっきま〜す!」


平穏な日常に変化が起ころうとしていることを察知しているのか、否か、

星空をひとり見上げる頼光だった。

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