第102話 おぞましき嗤い
「私たちはあなた方の敵を討ったような形になるんですかね?」
苦笑する久世とは裏腹に皇女は邪悪な嗤い顔を浮かべた。
それを横目に久世は笑顔で答えた。
「……さて? 面倒くさいし、むかつく連中でしたが彼らなりに世の中の事を考えておりましたし、曲がりなりにも同胞ですので……」
そう言って鋭い目で笑って答える久世。
そして少しだけ嫌味っぽく言った。
「おかげで帰りの船が軽くてしょうがない」
そう言って静かに皇女を見つめる久世。
今回の航行の目的の一つが「平和交渉」だったのだ。
平和主義の代議士達が「戦争なんかやめてくれ」とニューガン皇国に直訴しに行ったのだ。
だが……彼らを待ち受けていたのは恐ろしい制裁だった。
「『出来るのならやれ』とブランディールに送りつけるとは思いませんだ……」
ニューガンの対応は簡単だった。
出来るのならやれ。
そう言って有無を言わせずにブランディールに送り付けたのだ。
『戦争終結するまで帰るな』とだけ言って片道切符で送りつけた。
一国の議員をまるで下僕のように扱っておきながら、皇女は小首をかしげて人差し指を唇に当ててあざとい態度を見せながら不思議そうに呟いた。
「彼らは戦争を止めたかったのでしょう? しかも『絶対出来る!』と言い張っておりましたので行かせてあげたのですが間違っていたのでしょうか?」
何も言わずに帽子を被りなおす久世。
ニューガン皇国の対応は間違いではない。
間違っていたのは彼らだ。
(まあ、行動実績が欲しいだけで形だけ平和平和と言っていただけと言っても通用するまい)
口先三寸で平和を唱えた代償を払っているだけなのだ。
皇女サヨはコロコロと嗤いながら言った。
「我々としても戦争が終わるに越したことはありませんからね。彼らが『絶対できる!』と言っておりましたのでそのチャンスを与えただけなんですけどね」
「まあ、そうですな」
「それに、我々としても居なくなったところで痛くも痒くも無い人間でしたのでそんな人がそんなこと言い出せば行かせない手はありませんからね」
さらっとどぎついことを言う皇女。
悲しいことに、その通りなのだ。
敵国に行った外交官の中でも一番価値が薄い彼らは脅しが必要になれば真っ先に殺されるだろう。
彼らにとって日本は道端の小石程度の価値しかない。
単に重要な戦略拠点になりうる星系の主要国に過ぎない。
言うなればこれから戦場になる土地に住む部族の1つ程度なのだ。
味方になるなら良し。
さもなくば殲滅して占領。
その程度の相手にしかみられていないことを彼らは理解していなかった。
(自業自得と言えばそれまでだが……)
あまりに軽挙な行動とは言え、やり過ぎではないかと思う久世だった。
コロコロ『嗤う』皇女。
「あの手の平和主義者はこっちによこしていただけませんか? あれほど丁度いい生贄はおりませんのでもっと送ってほしいのですが?」
「それは政治家に言ってください。私たちにはそんな権限はありませんので」
そう言ってにこやかに笑う久世だが内心は冷や汗たらたらだった。
(あいつらが居なくなるのはありがたいが……)
久世は嫌がらせを受けた側だが、それでも彼らにそうして欲しくはなかった。
平和主義者を潰しまくるのは、日本に戦争をさせるためである。
それは言い換えると暗に『必ず戦え』と言っているのだ。
(……戦う以外の手段は無いのはわかってるが……)
久世も現状の難しさをよく理解している。
もはや戦う以外の方法は無く、出来るのは『うまく勝つ』しかない。
(……アーカム側として戦うか? ブランディール側として戦うか?)
国連でも国会でも未だに議論されていることだ。
早い話が勝って独立を保てるならそれに越したことは無い。
それで十分なのだ。
それで十分なのだが……
(それが難しい……)
どっちが勝つかわからないのが現状だ。
また、どっちが勝ってもいいのだが……こっちにとって都合よく終わってくれるかもわからないのだ。
勝ったはいいがどこかに占領されましたでは話にならない。
「独立したけど地球全土が焼野原になりました」の可能性もありうるのだ。
よく勘違いされるが、戦前に日本がやったとされる外交上の失敗の大半は「善処した結果」なのだ。
その当時はベストと思って対応したが裏目に出ていたにすぎない。
歴史はいつも後から見るものだが、それは完全に世界情勢が俯瞰で見えていて結果を知っているから失敗とわかるのである。
誰だって失敗したくて失敗するわけではないのだ。
「さてと。私もそろそろ次の仕事の準備をしますか」
そう言って皇女が立ち上がる。
そして久世の方をみてにこやかに笑う。
「テトラ星系では駐留時間が長くなりますが、何かご予定はおありですか?」
「ありますがどうしましたか?」
「いえ、美味しいシミュレアを食べる予定ですのでご一緒にいかがと思いまして」
不可解な申し出にきょとんとする久世。
当然ながら、一介の艦長に会食を誘う皇女など居ない。
どうせ誘うなら艦に乗っている代議士達の方がよっぽど有益だろう。
ちなみにシミュレアが何のことなのか久世は全くわからなかったが高級料理であろうと推察した。
(何を考えているのだ?)
にこやかに笑いながら皇女の様子を探る久世。
だが、皇女の顔からは何を考えているのかわからない。
「私如きをお誘いありがたいのですが、旧知の友と飲みに行く約束なのです」
「おや? それは残念」
さして残念そうでもない声音でそう答える皇女。
「では仕方ありませんね。ラゴさんによろしくお伝えください」
そう言って皇女は去って行った。
艦橋のドアが自動で開き、皇女と護衛が連れ立って出ていき、そしてドアが閉まる。
足音が少しずつ遠ざかるのを確認してから久世が起こしてくれた部下に尋ねる。
「これから会う私の友達の名前を知ってるか?」
「??? 知りませんよ? どうしたんですか急に?」
それを聞いて訝し気にカイゼル髭をしごく久世。
(羅護の名前は一回も出してなかったんだがな……)
知らないはずの名前が出たことに、不穏な空気を感じた久世はさらに尋ねる。
「皇女はなんで俺の隣に座ったんだ?」
当り前だが、輸送艦の航行如きのために賓客が指令室に来る必要なぞない。
どちらかと言えば船長が挨拶に伺うのが普通だし、久世は既に挨拶に伺っている。
(起きたばかりだから気付かなかった……)
なし崩しに話が始まったから違和感に気付くのが遅れたに気付く久世。
だが、部下は平然と答える。
「暇だから艦長とお話ししたいと言われてましたが?」
「だから起こしたのか?」
「そうです」
言われて、自分が何かの策に嵌まったことに気付いた。
現在は自動航行モードに入っている。
丁度星と星の間で何もない空間を運行しているので気を緩めていたのだ。
普段であれば特に問題ない。
(……あのくそ餓鬼が……)
恐らく久世が寝入ったのを確認してから入ってきたのだろう。
人は寝ているときが一番無防備だ。
言い換えれば寝起きは一番有利に会話できる時間だ。
(香ばしくなってきたな……)
不穏な空気が流れてきたことに寒気を覚える久世だった。
空気を変えようと隣に居た部下に尋ねる。
「シミュレアって何のことかわかるか? 」
「最近流行りの高級爬虫類料理です」
誘いに乗らなくてよかったと久世はほっとした。
登場人物紹介
サヨ=エルグラン=ディラーマ
ニューガン皇国第76皇女にして、マシキア王国第9王女
通称がマシキアの屍鬼風と呼ばれるほど狡猾で権謀術数に長けた策士。
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