第97話 友達から学ぶこと

「だから幽霊なんていないんだも!」


 泣きながら話すアイナの言葉に全員が絶句した。

 普段の様子からは考えもしない幼稚さに驚いたのだ。

 ふと圭人はあることに気が付いた。


(ひょっとして……常識を学べなかった口か?)


 圭人には心当たりがあった。


「ひょっとしてアイナさんの受験失敗って……?」


 圭人の言葉にこくりとうなずくアイナ。


 実は私立受験において道徳は必須科目である。


 理由は単純でトラブル回避のためだ。

 だが、常識的な人間ならよほどのことがない限りここで落ちることは無い。

 ここで落ちるのは概ね圭人のような移民が多く、そもそもの常識が違う人間か家庭環境がよほど劣悪な人間だけである。

 赤点常連のタマノやイナミでさえ道徳だけは私立受験で合格点は取れる。


 それを聞いて顔を青くするトカキ兄さんとタマノ姉さん。


「ちょ、ちょっと待て! 受験の時の道徳は何点だったんだ!?」

「……85点」

「あたしでも200点取れる科目だぞ! それを85点って………」


 恥ずかしそうに応えるアイナに絶句するタマノ。

 ちなみに千点満点で普通は二百点台を取る科目だ。


 この世界では道徳で赤点など取らない。


 取るのは移民などの外国から来た人間だけだが、それは常識が違うのだからある意味仕方が無い。

 成績が悪いタマノやイナミですら赤点など取ったことは無い。


「……移民で無い上に、周りが考えもしなかったからか……」


 圭人の言葉にトカキ兄さんがようやく気付く。

 アイナは高等部に入ってからは道徳の授業を受けていない。

 そもそも品行方正で通っているアイナには必要ないからだ。

 また、そんなアイナだからこそ周りも必要とは考えない。


 周りの人間のほとんどが「タマノが厄介ごと起こして巻き込まれているだけ」と見ていたからだ。


(なんであの夢見たかわかった……)


 アイナがあの時の友人に似ていたからだ。

 品行方正な友人から頼まれた謎の頼み事「」と。

 普通に見ればいいのにと思ったのだが話を聞くと家で見るのが難しいので今まで見ることが出来なかったのだ。


(あいつはって嘆いてたっけ……)


 すごく単純な話だが、知らなければ対応のしようがない。

 そして

 細かな常識を学べないので、不幸なことに彼の場合はそれが「エロ」だったのだ。


(しかも一回学び損ねるとどんどん差が出るからな……)


 アイナの場合は「常識」を学び損ねていたのだ。

 虐めの経験と偏りある友人関係。

 他人との接点の少なさが常識を学ばせなかった。


(しかも頭が良いからな……)


 件の友人も頭が良かったまではいいが、


 また、良く知ってる奴も一応は法律に触れてることを知ってるので、下手に話すと大人にチクられるので避ける。


 結果、


 それに気づいた圭人は決心した。


(助けよう)


 今の圭人にはその気持ちが凄くわかった。

 圭人自身、カルチャーショックに困っている身の上である。

 常識を学ぶには丁度良いのかもしれない。

 そして何よりも………


(あいつなら助けるだろう)


 左目の下に涙ボクロのある義理人情に妙に熱い友人を思い出してくすりと笑った圭人は助け船を出す。


「あ~……その……アイナさんも悪いと思ってるんですよね?」

「……うん」


 すねたようにうなずくアイナ。

 年上の美人なのに子供みたいな仕草だった。


「その……まず謝って『もうしない』って約束するなら、超法学研に入っていいですよ? 一緒に楽しみましょう」

「……いいの?」

「ええ。その代り謝りましょう」

「わかったも。ごめんなさい」


 そう言ってあっさり頭を下げて謝るアイナ。

 それを見て苦笑するタマノとトカキとデビラ。


「あの……これからは俺の方でアイナさんの面倒見るから……許してあげてください」


 圭人が困ったようにお願いする。

 アイナは目を見開く。

 その目には嬉しさで溢れていた。


「う~ん……まあ、いっか。もうすんなよ」


 完全に気勢をそがれたタマノ姉さんは、ぼやきながら立ち上がった。


「ふぅ……あとは頼んだよケート」


 呆れて立ち上がるトカキ。

 二人とも明らかに納得していないがもう怒る気も失せたのだろう。


「じゃあ、あっしも……」


 そう言ってデビラも立ち上がってお開きになるその時だった。


「おにいちゃんありがとう! アイナ嬉しいんだも!」


 そう言ってアイナは圭人に抱き着いた。


「おわっぷ!」

「やっぱりケート君はお兄ちゃんなんだも! アイナの王子様なんだも! 」


 そう言ってかいぐりかいぐりし始めるアイナ。

 すると……


 ガシッ


 アイナの頭を掴む者が現れた。


「……やっぱりあんたは敵だったか……」


 アイナの後頭部を掴んで引きはがそうとするティカだった。

 後頭部を掴まれているアイナの顔から表情が消える。


「……そういやあんたは何度も邪魔してくれたわよね……」


 アイナはそう言いながら圭人を離して……


ビュンッ!


 後ろにいるティカを蹴り上げようとするがティカに避けられる。

 互いにステップを踏んで距離を開ける。


ガガガガッ!


 一瞬でアイナのズボンとティカの袖がボロボロになる。


「すげぇ! あの一瞬であそこまでやるか!」


 タマノが目を見開いて驚く。

 トカキもあっけに取られて呆然とする。


「足の方が強いって知らないの?」

「手の方が早いって知らないの?」


ドガガガガッ!


 再び両者がぶつかると激しいばかりの打撃戦が始まった。


「ウリャァ!」

「タリャァ!」


ガシィッ!


 アイナのネリチャギとティカの交差した両手が激しくぶつかる!


「アイナさん相手に互角⁉」

「ティカってあんなに強かったんだ……」


 デビラとイナミも呆然とする。


「すげぇ! いいもん見れた!」


 嬉しそうなタマノに対して、トカキは困り顔で頭をかく。


「……どうやって止めよう?」

「……それ以前に何で戦うの?」


 圭人の言葉に答える者はおらず、その戦いは警察が装甲服(バディル)を着けて鎮圧に乗り出すまで続いた。



登場人物紹介


 アイナ

 青髪青人の美女で六花美人と呼ばれるほどきれいで十傑に数えられるほど強い。

 また、成績も優秀で特にスールと呼ばれるハッキングのような技術に優れている。

 一方で性格は非常に幼く、変なところで非常識なところがある。

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