第70話 行方不明


 圭人が道徳の授業を受けていた頃………タマノたちは緊急事態に困っていた。


「いないっすね……」


 横にいる舎弟が呟く。それを聞いてため息をつくタマノ。


「どこいったんだ……」  


 顔を曇らせるタマノ。


「アルヴィス、ディワール、カシュラは何て言ってる?」

「知らないと言ってます。本当に知らない感じですね。むしろ協力しようかと言われました」

「居なくなったのはデビラだからな」


 穏やかな性格の舎弟の顔を思い出し、嘆息するタマノ。

 空を仰いで考えを整理してみる。


「……家出……にしては何もなさすぎだな……」


 普通、家出は友達の家(エニル)に行くものだ。

 一番親しいはずの自分たちに声がかからないのだから違うだろう。


「……どこに行ったんだ……」


 電子タバコ(シャクルム)を吸いながら深く考えるタマノ。

 もっとも彼女が吸ってるのはハーブを調合したアロマテラピーのようなものだが。

 リガルティアにはこういったタバコが多い。


 カフェインを摂取して頭をはっきりさせるものや、リラックスさせて眠りやすくするなどのいろんなタバコがある。

 本当はシュクラも吸うのだが妊婦にはさすがにどんな影響が出るかわからないので吸わないのが普通だ。

 イメージ的にはフリスクやコーヒーに近い。

 尚、服に香りが染みつくので香水代わりにもなっている。


「……どうするかな……」


 警察にはデビラの家(エニル)からすでに連絡が入っている。

 当のタマノも警察から初めてそれを聞いたのだ。

 捜索願いが出されている以上、別に放っておいても大丈夫なのだが……


(それが出来れば苦労しない)


 タマノは硬派(ドグラ)である以上、仲間は大事だ。

 当然、自分たちも捜索を手伝わなければならないが……


(……脅迫もないんだよなぁ……)


 他の学校の硬派軟派(ドグラマグラ)からは全く連絡もない。

 つまりは前回のような拉致されたわけではない。


(……変態の仕業とも考えられるが……そんな簡単にやられる奴でもないか)


 穏やかだが元はアイナと同門で妹弟子にあたる。アイナに追随して入ったのだ。

 アイナほどでは無いが腕前がかなりのものだ。


(クーザ流は元々軍用武術。それも護衛武術だ。ただの変態に簡単に捕まるとは思えない)


 クーザ流はアーカム本星においてニューガン国の皇族を守るための武術である。

 のちに皇族だけでなく要人を守ることにも使われていくが時代に合わせて進化していった武術なのでいきなりの不意打ちに強い。

 アイナが軟派(マグラ)男にのこのこついていくようなお人よしぶりを見せても一線を越えたことがないのはそこにある。


(まあ、万が一ということもあるが……それにしては何もなさすぎる……)


「なあ、これって『迷宮』ってやつじゃないか?」


 一人の舎弟がぼそりと呟くと隣の舎弟が訝しむ。


「なんだよそれ?」

「ほら人が急にいなくなるっていうやつだよ。あれかもしんない」

「お前はいっつもそんなこといってバカじゃないか?」


 あきれ果てる舎弟。それを聞いてタマノが眉をしかめる。


「……何の話ししてんだ?」

「すいませんタマノさん。こいつはちょっと怖がりですぐにこういうこと言い出すんですよ……」


 そう言って頭を下げる舎弟。


「でもよ~。ここって幽霊館の近くだぞ? この辺で分からなくなったんならあそこしかないだろ? 」


 そう言って怖がりの舎弟が壁を指さす。

 幽霊館とは彼が指さした廃墟のことでエルドラド1が出来たことで潰れたアミューズメントパークである。

 大きさは大きめのデパートほどもあり、塀の内側は荒涼たる駐車場になっていて、その端に大きな建屋がある。


「硬派がそんなの怖がってどうすんだよバカ」


 となりの舎弟が頭を小突く。だが、タマノはそこで閃いた。


(超法学ってのは胡散臭いが……ケートならわかるかも……)


 ちょうど弟がそういったことを研究しているのを聞いていたのでそれを思い出す。


(……超法学だと騒ぎ立てて実はただの家出でしたではバカバカし過ぎる。だが、あいつならその辺の線引きはきちんとできるはずだ……)


 ケートは割と現実主義である。そんな彼が超法学研究に手を出したのはタマノも不思議だったのだが。


(手を借りるか……)


 タマノは電子たばこのスイッチを切った。

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