第68話 エニルの問題点
「そして近代に入るとより合理的に近親婚を減らす制度を設けました。『遺伝子情報そのものを身分証にすればよい』と。これにより、戸籍なりすましなどの犯罪もなくなると同時に近親婚を減らすことに成功しました」
リュイ先生の説明に男子生徒が手を上げる。
「どうしてたったそれだけで近親婚が減ったんですか? 」
「多夫多妻なので自由に恋愛したのですが、そのせいで本当の父親が誰だかわからないことが多かったんです。遺伝子情報が記録にきちんと残ることで両親子供の判別が容易になり、相手を避けるようになったんです」
そう言ってもう一つのグラフを見せる。
「これは各国での結婚条件ですがこのように遺伝一致率が20%を超えるとできなくなるようになりました。このおかげで近親婚は減少しましたし、最近では希望遺伝子の受け入れによる子作りによってさらに減少しました」
リュイ先生の言葉に一人の女生徒が手をあげる。
「希望遺伝子とは何ですか? 」
「精子バンクです。縁とは不思議なもので中々巡り合わない人もいます。そういった人のために好きな遺伝子を受け入れて妊娠します」
「つまりあんたみたいに縁が限りなくゼロに等しい人にも救済措置があるんだな」
ガスッ!
リュイ先生が神速の踏み込みで圭人の前に現れ、肘がこめかみに刺さる。
「ぐごぉぉぉぉぉぉ……!!! 」
「おっと足を滑らしてしまいました」
そう言って机に頭を押さえつけてこめかみをさらに深くえぐるリュイ先生。
「また、このクソガキのように女の子に縁のないバカでも代理母を同じエニルの女性にお願いして子供作るというダメ童貞にも救済措置があるんです」
「痛い痛い! すみませんでした! ごめんなさい!」
泣き始めた圭人の頭から肘を離して……代わりに腕に関節を極める先生。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
「ちなみに、このやり方の一番ありがたいのは出生率です。どの文明においても女性が自立し始めると出生率が下がることが多いのですが、子育ての心配がほとんどないので出生率が下がらないんです」
そう言って片手で圭人の関節を極めつつ、端末を操作して次のパネルを見せるリュイ先生。
「現在においても出生率は国の至上命題になっており、色んな工夫をされています。その一つが税制です」
白板にはあるケースが書かれてある。
「エニルにかかる税金には大人と子供の比率によって税率が変わります。単純に大人の数が多いと税金は割増になり、逆に子供の方が多いと割安になります」
白板には大人÷子供の図になっており、税率の変化が書かれている。
「これにより、金持ちは税金対策のためにより多くの子供を作ったり戦災孤児などを受け入れることが増えました。さらに軍役に就いている者は大人の数に数えないという免除措置の相乗効果もあって、子供をよく作るようになり、一方で大人は軍役に就くことが増えるようになりました」
「いやらしい仕組みだな……」
圭人は日本語でそう呟く。
政治上、仕方ないことではあるがあからさますぎる。
日本でなくてもこんな真似をやれば非難が殺到するだろう。
(しかも女性優位と言っておきながらこの仕組み……とことん厳しいな)
よく勘違いされるが性差廃絶とレディファーストは完全に対極に位置する。
性差廃絶と叫んでレディファーストを唱える女性も結構いるが、この世界は男だから女だからと言って甘やかしてはいない。
現にこのエニルシステムにとって男は種馬でしかない。
(家長が女性になるからか……)
世の常で権利は欲しいけど責任はいらないと考えるのが人である。
権利には常にその倍以上の責任が付きまとう。
それも事によっては3倍4倍の責任がかかる。
(責任を背負い続けてきたから権利も持っているということか……)
女性が多いことで男女平等が実現された世界。
その一方で男女平等の責任も背負わされている世界。
(日本とどっちが良いのかわからんな)
哲学的な問いに直面した圭人だが、気が付いたらすでにリュイ先生は教壇に戻っていた。
「だから、学生と言えど子供が出来ても産休がもらえたりするんです。エニルが子供を欲しいと考えていたのなら、それはそれでいいのです。子供はエニルが育てるんですから」
(……うん? )
何故か急に先生の話す声が変わった。
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