第64話 突破口
「僕の体を伝って下の階に降りてくれませんか? 」
圭人がそう言うとアイナは目を見開いた。
「今から窓枠に手をかけて出来るだけ体を伸ばします。そうすれば下の階に降りられると思うんです。アイナさんが先におりてくれませんか? 」
「それなら私が……」
「恥ずかしいんすけど、多分、僕は落ちてくるアイナさんを支えきれないと思います。その点アイナさんは武術の達人なので支えられる可能性が高いかなーと……」
「あ~……」
ばつの悪そうな顔になるアイナ。
圭人も弱いというほど力がないわけではないが強いというほどでは無い。
当然ながら窓枠から体を乗り出すという不安定な状態から持ち上げる力はない。
「じゃあ、ちょっとごめんね……」
そう言って体をこちらへと乗り出してくるアイナ。
圭人もそれに少し手助けをしてゆっくりと窓枠に体重をかける。
(あいつは来てないよな?)
窓枠に手をかけるとどうしてもあちらから見てもバレてしまう。
一応ちらりと確認するが相手の気配はない。
「今です!」
アイナに合図をするとアイナは頷き圭人の体にしがみつく。
むにん
先ほどのように柔らかくそれでいてしなやかなアイナの肢体が圭人の体にまとわりついてくる。
(集中集中!)
今は命がけであることを考え二人分の体を支えることに集中する圭人。
持ち前の運動神経もあってアイナはするりと下の階の窓に体を滑り込ませる。
(よし!)
それを確認して自分も下に降りようとしたその時だった!
ガシィ!
圭人の腕を掴む者が居た。
『見つけたぜぇ……』
「しまっ! 」
ガシャンというバディルの軋み音を鳴らしながら、男は圭人をそのまま宙づりにする。
「ケート君!」
悲痛な叫び声をあげるアイナ。
『まずはてめぇからだ!』
そう言って男は圭人を外へ放り投げた
(うそだろ!)
ふわりとした浮遊感に包まれながら圭人はゆっくりと放物線を描いて下へと落ちる。
アイナの絶望的な顔がまず視界に入り、次に男の顔が視界に入った時点でさらに驚愕する。
男は銃を構えていた。
(さらに追い打ちだとぉぉぉぉ!!!)
男の容赦ない苛烈な対応に絶望し、圭人は目をつぶった。
ドガガガガガガガガガガッ!
先ほどよりも入念な銃撃に自分が死んだと思った圭人。
だが、その瞬間、圭人は再び重力を感じるようになる。
『危なかった!』
聞き覚えのある声を聞いて一瞬我が耳を疑う圭人。恐る恐る目を開ける圭人。
「トカキ兄さん?」
同じ家のお兄さんであるトカキ兄さんがバディルを着て圭人を抱き上げていた。
背中のスラスターが噴出してゆっくりと降りる。
「え?……どうして?」
『どうしてじゃないよ! 僕こそどうしてだよ! なんでこんなところに居て、廃墟から放り捨てられてるんだよ!』
トカキが下に降りると、同じようにバディルスーツを着た一団が少しずつ廃ホテルへと集まってきた。
よく見ると二種類に分かれている。一つは圭人も所属するアイザック寮のバルドー部である。
そしてもう一種類はあの男のバディルスーツだった。
「それが……廃ホテルで幽霊を調べてたらなんでかあの男が現れて……それでアイナさんを殺そうと襲ってきたんだ」
『ちょ! そんなことしてたのか!』
ビックリするトカキ。圭人を下におろしてすぐに通信機を使う。
『カルタ1は人を殺そうとバディルを悪用した。廃ホテルに隠れているからすぐに捕まえてくれ!』
トカキがそう叫ぶと集まってきた一団がわらわらと廃ホテルへと突入していく。
『びっくりしたよ……ケートが危うく死ぬところだったんだから。高機動型のバディルじゃなかったら死んでたよ……』
胸を抑えるトカキ。恐らく心臓がバクバク言ってるのだろう。
「それで……トカキさんはどうして?」
『僕らは練習試合をしてただけだよ。そしたら急に一人だけ戦域外に出る奴が居て今まで通信士同士でやり取りしてたんだよ』
通信士とはいわゆるオペレーターのことで審判でもある。どのチームにも一人は必ずいるのだが、こういったトラブルの際に互いに確認して試合を中止にする権限を持つ。
『そんで一旦中止になって全員でどこに行ったのか探してたら、ケートが宙づりになってたんだ』
「……ひょっとしてあの男、相手チームの人間?」
『そうだよ。なんでこんなところに来たんだか……』
「実はですね………」
不思議そうなトカキに圭人は事情を説明する。
それを聞いて額に手を当てるトカキ。
『……バカじゃないか?そいつ?』
「……まごうことなきバカです。アイナさんも大変です」
ホテルの中から激しい銃撃の音が聞こえる。
入口からイシュタ、ハーマ、アイナの順番で他のバルドー部員を伴って出てくる。
『……あんな奴がいるからバルドーの練習に制限ができるんだ。だからああいうやつはこっちで捕らえて差し出さないと廃部に追い込まれるからね』
よくある話で不正を行ったら身内で内々に処理するのではなく、身内で捕まえて差し出さなければならない。これは非常に手厳しいと思われがちだが、そうしないと重い罰が待っているのだ。
これも宇宙の常識になっており、不正には厳に対応が第一になる。
『離せやぁぁぁぁぁ!!!』
先ほどの男が同じ部員に両手両足を取り押さえられた状態で外に出てくる。
それを見てため息をつくトカキ。
『僕はこれからアイツを警察に突き出す手伝いをしないと……ケートも付き合ってほしい。事情聴取があるから』
「……はい」
陰鬱な声で答える圭人。最近こんなことばかりやってるなと心の中で嘆いた。
用語説明
身内の不祥事
身内の不祥事を見逃すと厳しい罰が残った者にも向けられるので内部で見つかったときは
隠すよりも捕まえて突き出すか警察を呼ぶのが一般的。
それだけ警察が信用されているのである。
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