第47話 思い出

 リガルティアに住む人たちの移動手段はほとんど車ではあるが、例外として船も使う。

 これは水上を走る船のことではない。

 通常、船と言えば宇宙へと飛び立つ宇宙船の事を言う。


 アウルを抽出する導力機関にはそれ自体に浮力が発生する。

 不思議なことに導力機関を回転すればするほど上へと向かうのだ。

 どうやら重力とは逆方向にベクトルが発生するようなのだが、これは今一つ理由がわかっていない。

 この浮力は何故か宇宙に行っても作用されるからだ。

 宇宙に出ても恒星や衛星、他の惑星の重力の影響は常に受ける。

 そのため、宇宙に出てもこの浮力は発生してしまうので、微妙なベクトルが発生して、色んな乗り物の航行に支障が生じる。

 

 若干面倒くさい特性だが、この副作用のお陰で軌道エレベーターを必要としないので、宇宙船が発着する駅が惑星にある。


 この駅の大きさは半端ではない。


 何しろ全長が1km近い船も発着するので自然とその大きさは巨大な物となる。

 それほどの広さを準備できる場所は限られており、必然的に海の真っただ中に海上都市を作って駅にするのが主流になっている。


 当然ながら人の出入りも激しく移動にも一苦労の有様でリフトを使った移動が主体になる。そんな人の混雑する駅に一隻の無骨な船が佇んでいた。

 必要最低限の装飾しかされておらず、見る者に寒気を与えるような輸送船で、アーカム連邦でよく使われる兵隊を運ぶ船である。


 そんな船の乗降口には沢山の人々が集まっており、それぞれが別れを惜しんでいる。

 ある者は恋人同士で熱いキスを交わし、ある者は親子で抱き合い、そしてある者は多目的トイレで最後の×××をしている。

 中には喧嘩と間違えるレベルの殴り合いをしている者もいるが、一種のコミュニケーションで、周りの者が笑ってみている。


 そんな中、一人の優しそうな青年が困った顔で下を見ている。

 青年が見ている先には小さな可愛らしい女の子が居て、青年の足にしがみついている。


「ほら、もう離れなさい」

「嫌だも!」


 絶対に離さんと言わんばっかりにぎゅっとしがみつく少女。


「お兄ちゃんが船に乗れないだろ?早く離してくれ」

「絶対に嫌だも!」


 完全に足に絡みついて離さないと頑固に抵抗する少女。

 困り顔の青年が優しく声をかける。


「お兄ちゃんはこれから遠いところに行かないといけないんだ。だから……」

「戦争には行かせないんだも!」


 その言葉にぎょっとする青年。

 思わず家族の方を見ると、家族は全員首を横に振る。


「知ってるんだも! この船は戦争に行く船なんだも! トカちゃんが言ってたんだも!」


 さらに困った顔になる青年。


「お兄ちゃんは戦争に行っちゃだめなんだも! 帰ってこれないんだも!」


 泣きながらしがみつく少女。困った顔であやす青年。


「大丈夫。お兄ちゃんは必ず帰ってくるよ。お兄ちゃんが嘘ついたことあったか」

「山ほどあるから信じないんだも!」


 苦笑する青年。そしてうんうん頷く家族。


「3歳と4歳と5歳の時も!7歳と8歳の時も!ずっと騙されたんだも! 」

「あれだけ騙せばなー」

「可哀そうに。疑い深い子になっちゃった」

「おかげで頭はいい子になったんだけどねー」

「なんで6歳だけ飛ばし?」

「ほら、会社の寮に入ってたから」

「ああ、なるほど」


 口々に勝手なことを言う家族といいから助けろやと心の中で叫ぶ青年。


「お兄ちゃんは絶対死んじゃうんだも! 生存フラグすら立てられないで死んじゃう雑魚なんだも! 行っちゃだめなんだも!」

「そこまで言うか?」


 若干いらっとする青年。


「絶対帰ってくるから! 死んでも幽霊になって帰ってくるから安心しろって」

「……ほんと?」


 顔を上げて青年の顔を見る青髪の少女。


「ほんとに幽霊になって帰って来てくれる?」

「ほんとだよ。あくまで最悪の場合の話だからな。普通に生きて帰ってくるから」

「生きて帰ってくるのは無理なんだも。だから幽霊になって帰ってきてほしいんだも」

「おい誰だ!この子育てたの!」

「「「「「 お前だよ! 」」」」」




 笑いながら指さす家族たち。

 それを見て悔しそうにする青年。

 諦めてこの方向で説得することにした青年は胸のポケットから飴を出す。


「安心したか?」

「うん」


 純真無垢な瞳で残酷な返事を返す青髪の少女。

 青年は溜息をついて飴を渡した。


「ほら、飴でも舐めな」

「うん」


 少女が飴を手にして包み紙を取ろうと両手を使った瞬間、その隙に手を振り払って乗降ゲートの中に入る青年。


「はーはっはっは! 騙されたな!」

「だ、騙したなぁ!」


 慌てて青年を追いかけようとする少女。

 だが、係員に止められる。


「こっから先はダメだよ」

「お兄ちゃんのバカー! 」


 泣きながら怒鳴る少女。慌てて止めに入る家族たち。ジタバタ暴れる少女。

 だが、それを見てふっと笑う青年。


「大丈夫。お兄ちゃんは必ず帰るから。安心しろよ」


 優しく微笑む青年。だが、少女にとってはそんなことは知ったことではなかったようだ。


「お兄ちゃんの端末の秘密フォルダを大公開してやるんだもー!」


 真っ青になる青年。


「ちょ、ちょ待てよ!」


 慌てて戻ろうとする青年。だが、係員に止められる。


「もう戻ったらだめだ」

「後生だ!行かせてくれ!」

「お兄ちゃんのバカー!」


 そう言って走り去る少女。


 「頼むから待ってー! 」と叫ぶ青年。


 大海原に浮かぶ駅では今日も小さなドラマで溢れていた。



【後書き】

用語説明

 

 徴兵制

 

 この世界では18歳以上で身体健康な大人は徴兵される。

 また、徴兵されると家族(エニル)には減税措置や公共貢献などのポイントが付き、優遇措置がつく。

 その関係で家族の中で特に働きもせず、家事もしない者はすぐに徴兵に送られることになる。

 そのほかにも乱暴者やめんどくさいことばかりやる家族を送ることがあるので家で我儘を言いまくる奴は減っていき、家庭環境が落ち着くというメリットもある。

 その関係でこの世界にはニートは居ない。

 何故ならすぐに徴兵に送られるからだ。

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