第18話 静かな尋問

「面倒くさいことしてくれたもんだねぇ」


 タマノ姉さんがポリポリと頭をかく。

昼休みに全員がひと気の無い場所に集まり、約束の話をしていた。

今はタマノ姉さん、エルメス、イナミ、ティカ、そして圭人の五人が座っている。


「ごめんティカ。協力してあげて」

「……わかった」


 圭人がお願いすると事情を聞いているため、素直に答えるティカ。


「この前は済まなかった。俺も焦ってたんだ。親父の無実を証明したくてな……」

「気にしてない」


 そう言って素直に頭を下げるアルヴィスと無表情のティカ。

 案外いい奴なのかもしれない。

 ティカは綺麗だが無表情なまま口だけを開いた。


「……何を話せばいい? 」

「何でもいい。その交友関係は?友達とか知ってる人に変な人がいなかったか? 」


 アルヴィスの問いにふるふると首を振るティカ。


「友達はイナミとエルメス。それから超法学研究部に数人だけ、それからいまのところはケートも友達」

(……うん? )


 変な言い方をするなと圭人は思った。

 イナミとエルメスも同じ事を思ったのかお互いの顔を見て首をかしげている。

 だが、アルヴィスはそのまま続ける。


「じゃあ、親類は?」

「お父さんの単身赴任に付いてきてるだけだから、親類はこっちに住んでない。家もお父さんと私と兄だけ。二人とも角は付いてるから違う」

「そ、そうか」


 ちらりとアルヴィスが圭人の方をみる。

 本当なのか聞きたそうだ。


「その件に関しては警察も調べたみたいだ。やはり顔が似てるから真っ先に親類縁者を調べたそうだが、角がついてるから違うという結論に達したな」

「そうか……」


 圭人の言葉にうなだれるアルヴィス。

この辺のことは身分証明書の関係で国は色んな事を管理している。

それ故にこういったことがすぐに調べられるのだ。

 いろんな問題もあるが、こういったときに便利だったりする。


「じゃあ、親父さんの仕事は?」

「パルマイト社の技術者。詳しい事は知らない」


 淡々と答えるティカに閉口するアルヴィス。


「どうです?なんか思い出せそうですか? 」


 圭人が助け船を出すがかぶりを振るアルヴィス。


「いや、全くだ。どうやら本当に顔が似てただけみたいだな……」


 はぁっとため息をつくアルヴィス。


「親父と何か共通点があるのかと思ったんだが……どうやら勘違いのようだ」

「なんというか……すんません」

「いいんだ。こうやって話が聞けただけでも良かった。この前は本当にすまなかった。勘違いで怖い思いさせて申し訳ない」

「……別にいい」


 抑揚無く答えるティカ。


「じゃあ、俺はもどるわ」


 そう言って力なく教室に戻るアルヴィス。

 それを見てぽりぽりと頭をかくタマノ姉さん。


「あれだけ騒いだ割にあっけない終わり方だけどこれでいいんだろうねぇ」

「そうだね……」


 圭人はほっとした。

 とりあえずティカが変なことに巻き込まれるのだけは避けられたのだ。


(見て見ぬふりはかえって危険か……)


 英吾の言葉に全くその通りだと思った圭人。

 これをはっきりしておかなければ後で大事に発展しただろう。


「まあ疑いが晴れたわけだし、これでいいんだよ」


 エルメスが楽観的に笑う。


「そうゆうこと。これで問題無く学園生活を送れるってもんだい」


 イナミもにこやかに笑う。


「だが、吸血鬼事件の推理も振り出しにもどったな」


 そう言って溜息をつく圭人。


「お前まだやってたのかい? 」


 呆れるタマノ姉さん。

 だが、へへっとわらう圭人。


「気になって止まらないんだ。折角だしあきるまでやろうと思う」

「頑張れー」

「頑張れ―」

「……がんば」


 クラスメートの適当な応援に圭人は苦笑した。


「おっと」


 パチン


 突然タマノ姉さんが自分の腕を叩く。


「もう蚊がいるよ。困ったことだねぇ」


 ちょっと血を吸われたのかすこしだけ手が赤く濡れていた。


「やられたねタマノ姉ぇ」


 イナミが笑う。


「全くだ。ほらケート。吸血鬼を退治しておいたよ」


 そう言って圭人に見せるタマノ姉さん。


「そんなの吸血鬼じゃないよ。俺が探してるのは人間の吸血鬼」

「はははは」


 タマノ姉さんが笑う。

 そこで何かに思い至ったように圭人が聞く。


「そういやさ。一応、宇宙人ってたくさんいるんだろ?血を吸う文化とか持ってる連中はいなかったの?」


 真剣な顔の圭人だが、くすりと笑って答えるエルメス。


「そんな連中が宇宙まで行く技術を作れると思う?前にもネットで話題になったけど、そういう連中って大多数にとってはただの捕食者だよ。昔は居たみたいだけど駆逐されたよ」

「駆逐って……」

「よくある異民族狩りだよ。人肉食を文化とした首狩り族は結構居たみたいなんだけど、普通に滅亡したか、こっちの文化に溶け込んだかして居なくなったし、難しいと思うな」

「あ~。なるほどな」


 苦笑するエルメス。

 だが、その気持ちは圭人にもわかった。


 当たり前だが危険な思想の持ち主は徹底的に潰されるのが筋である。


 どんな思想が根元であっても犯罪を許すのは、ただ単に迷惑なだけだからだ。

 いろんな思想を許すというのは、あくまで面倒な問題を起こさないのが前提であって、犯罪にまで及べばどんな社会も許してはくれない。

 大は政治思想から小は性的変態まで、周りの迷惑になるのかが一番重要になってくる。

 迷惑にならなければ「性癖」。

 迷惑になると「犯罪」になるのは宇宙共通である。(日本を含む)


「でも細々と続けているとか……」

「細々と続けていてそんな文化残ると思う?人を殺した時点で犯罪だし、かいくぐるのは難しい習俗が残るかなぁ……」


 首を傾げるエルメス。


「でもアーカム連邦は元々首狩りをかなり近代までやってたよ」


 イナミが切りだす。


「そうなの?」


 圭人が訝しげにつぶやく。


「昔はカタン人とツリマ人が二大勢力として君臨していたんだけど、人の首を取って誇示するようなことやってたよ」

「……そうなの?」


 キナミ先生を思い出してびっくりする。


「元々カタン人とツリマ人って食べ物も生理現象も全く異なるからね。例えば……ツリマ人のAVって聞いた事ある?」

「そういや聞いた事無いな?前にビデオサイト見た時もカタン人だけだったし……」


 この世界のレンタルビデオは端末にダウンロードするやり方が一般的である。

 DVDのようなディスクタイプのビデオは保管用としてマニアしか買わない。


「ちなみにこれがツリマ人のAVだ」


 そう言ってタマノ姉さんが笑いながら自分の端末で見せる。


『禁断の兄妹合体 わたしの力を使って』


 とタイトルに書かれてある。

 圭人が見てみると、ツリマ人の二人がしている。


「なんだこれ? 」


 まるで究極生物のようにフュージョンして一人の生き物になるツリマ人。



 エルメスが笑う。

 中身は適当なストーリーに合体するやり方を取ってるだけで対して面白くはないようだが、これが彼らのAVになる。


「ちなみに敵に囲まれて撃退するとか兄弟で骨肉の争いをするとか幼馴染を助けるために兄妹で合体するとかそういったシチュエーションが人気らしいよ」

「え~~と」


 イナミの言葉に閉口してしまう圭人。

 微妙にわかりそうでわからないラインナップに、宇宙の広さを実感する。


「話を戻すと、ツリマ人とは長い間、骨肉の争いをしていたんだけど……それを言ったらカタン人も同じようにツリマ人の首を狩っていたわけだからお互い様なんだ」

「あ~なるほど」


 お互いを危険だと思っているから戦いが発生するのであってそうでなければ和解するものだ。


「実際、大概の星系の知的生命体はカタン人かツリマ人の片方しかいないけど、これは発展する際に相手を駆逐した事が原因なんだ」

「誰だって相手が怖いのさ。敵の生命体を徹底的に潰すのが筋だろ?食い物も生理現象も違うのなら、相手の土地を奪った時点で食糧が生産されなくなるんだ。畑も植え替えが促進されるし、最後には全滅してしまうって寸法さ」

「……なるほど」


 エルメスとタマノ姉さんの話しに納得する圭人。


「そういうこと。ちなみに普通の動物にいたるとお互いは石ころのように認識されるからへんな共存をする事もある」

「まあその変な共存の延長が今の時代なんだけどね」


 エルメスの言葉にイナミが笑う。


「……でも待てよ?」


 圭人が考え込むように眼鏡をいじる。そしてはっとなる。


「みんな黒髪の……平均的な顔立ちなんだよな?」

「……そうだよ?」


 不思議そうに言うイナミ。


「ツリマ人って……カタン人の見分けがつくのか?」

「……あ~~~~」


 エルメスが声をあげる。言いたい事がわかったらしい。


「どういうことだい? 」


 タマノ姉さんがいぶかしむ。


「昔に見た映画で亜人っていうツリマ人みたいな人が出て来て、そいつが人間に化ける時に平均的な顔に変身して美人に見られたって話があったんだわ」

「……なるほど」


 エルメスが理解する。

 その話では亜人から見た人間は見分けがつかなくて、変身する時は平均的な顔にしか出来なかったのだ。


「つまり、こう言いたいわけだね。ツリマ人がやったのじゃないかと? 」

「……まだ確証はないけど……」


 タマノ姉さんの言葉に半信半疑の顔で答える圭人。


「でも、その方向で考えてもいいと思うよ。実際、ツリマ人はカタン人の顔はわかりにくいって言うからね」

「……やっぱり! 」


 エルメスの言葉に合点がいく圭人。


「それだけ骨肉の争いをしてるのなら、テロリストとか過激派の可能性があると思って……」

「……なるほどね」

「……わかる」


 タマノ姉さんとティカが納得する。

だが、一つだけ問題があった。


「でも俺……ツリマ人のことよくわからないんだよな~」


 当たり前だが地球にはシリコン生命体自体がいない。

 生態も歴史も分からないのだ。


「それだったら、キナミ先生に聞いてみるといいかも」

「……それもそうだな。放課後聞いてみるよ」


 エルメスの提案に賛同する圭人。


「補習頑張ってねぇ~」

「……ガンバ」


 イナミとティカも応援する。

そこでタマノ姉さんが端末の時計を見る。

「そろそろ戻ろうか」


「うぃーす」


 そう言って午後の授業へと向かった。

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