第16話 本当のヒーロー

その日、圭人は懐かしい夢を見た。


「下着隠したのあんたでしょ? 」

「私じゃない……」


 ショートカットの少女がきっと睨む。

 相手は俗に言うスクールカーストの天辺にいる女の子軍団だ。

 女の子は新興住宅街の女の子たちで旧町の子らよりも華やかだ。

 そんな彼女らにとって男の子とつるむ瞬は格好の標的になっていた。


「あんた以外誰がやんのよ? あんたがそれやってたの知ってんだからね? 」

「そうよ」「あんたがやったんでしょ? 」


 口々に非難する取り巻き。

 だが、瞬は悔しそうに睨むだけだ。


「あんただけが水泳中に教室に帰ったんだからあんた以外居ないでしょ? 」


 水泳中に忘れ物があったから瞬は一度戻った。

 金剣中学では女子が教室で着替え、男子が更衣室で着替える。

 だから、男子が取りに来ることはまずありえない。


「私はそんなせこい真似はしない! 」

「じゃあ、あんた以外に誰が居んのよ? 」

「証明しなさいよ」


 男子もこわごわと遠巻きに様子をうかがう。


「私じゃない! 私はそんなことしない! 」


 泣きそうになる瞬。

 圭人はその様子を困った顔で見ていた。


(まいったなー)


 女の子軍団と瞬を交互に見ているが尋常じゃない空気だ。


(前々からあの子ら瞬に絡んでくるんだよな……どうしよ? )


 あの中に入るのは勇気がいる。

 だが、入らなければ止められないだろう。

 そんな時だった。


「おいおい、瞬はそんなことしないぞ? 」


 愛嬌のあるバカ面した左目に涙ボクロのある少年が声を上げた。久世英吾である。


「下着盗むなんて意味のない真似するわけないだろ? 」


 そう言って眉をしかめる英吾。


「あと、今、下着付けてるように見えんだけどそれは誰のやつ? 」

「これは新しい方よ。今までつけてた方がなくなったのよ! 」


 苛立たし気に英吾を睨む女の子。

 だが、英吾は平然と返す。


「ふ~ん……なんで新しい方が残るんだ? いやがらせすんなら新しい方を隠すだろ? 」

「そりゃそうだけど……」

「それと非常に言いにくいのだが……先ほどから恐ろしいチーズ臭がするんだが……そこの花瓶の中に何が入ってんだろ? 」


 それを聞くなり顔を真っ赤にする女の子。

 女の子は慌てて教室にまで向かい、手を突っ込んで布地を取り出す。


「そんな臭いするわけないでしょ! 」

「俺はこっちの花瓶を差してたんだけど? 」


 よく見ると英吾の右親指が教室をさしていた。

 それを見てはっとなる女の子。

 わなわなと体を震わせて怒りで顔を真っ赤にしている。


 周りも気まずい顔をしている。


 英吾が親指で指しているのは後ろなのに、前の黒板にむかっていったからだ。


「冗談がひどすぎ。まあ、ちょっとからかうつもりでやったんだろうけどやり過ぎだぞ? 」


 そう言ってにやにや笑う英吾。

 そう言って瞬の肩をぽんっと叩く。


「だから許してやれよ」

「……わかった」


 むすっとしたまま瞬がうなづく。

 それを見て英吾は自分の席に着いた。

 後ろにいる圭人が声をかける。


(おまえよくあの場面で声だせたな)

(出さなきゃ何も出来んだろ? )

(下手すりゃお前の立場が悪くなるだろ? )

(そんなんと友達のどっちが大事だ? それに親父も言ってたぜ? 人は得することをやると)

(そんなの当たり前だろ? )

(あんなことする奴が得するとわかればみんな真似する。それは周りのためにも許しちゃならん。それだけだ)


 英吾はそう言って笑った。

 だが、圭人は納得できない。


(でもよ! )

(やらなきゃいかんことから逃げれば後から倍になって返ってくるぞ? 言い換えれば今起きてる危機は今まで見て見ぬふりをした証だ。だったら、見て見ぬふりを止めればいい。それだけで危機は起きない)


 英吾はそう言ってひらひらと手を振った。

 圭人は感心してつぶやく。


(しかし、うまくやったな。どうして簡単に引っかかったんだろ? )

(それは企業秘密ってことで)


 そういって笑う英吾。

 そのすぐ後に先生が教室に入ってきた。



 

 圭人が再び目を開けた時には朝が来ていた。


「あいつはバカだけど勇気があった」


 在りし日の英吾を思い出す。

 そしてこれから自分がやらなければいけないことを思い出す。


「……おれはアイツみたいに出来るかな……」


 英吾は馬鹿でお調子者だった。

 一方で勇気と機知に富んだヒーローでもあった。


「……だからか……」


 あの時、自分がなんで飛び出したのかわからなかった。

 吸血鬼に襲われた少女を助けるとき。

 そしてティカを助けるとき。


「……仲間を助け合え。見て見ぬふりはやるな……」


 英吾は常にそうやって動いていた。

 バカでスケベでどうしようもない変態だが、一本筋が通った男だった。

 だからみんな一緒に彼と共に歩んだ。


「……英吾……」


 今から向かう先は危険だ。

 だが、行かなければもっと危険だ。


『今、起きてる危機は見て見ぬふりをした証だ』


 大は政治、小は痴話げんかに至るまですべからく見て見ぬ振りが元凶になる。

 そして今、見て見ぬふりをすればティカが大きな事件に巻き込まれるだろう。


(問題には正面から向き合わないとな……)


 そう考えて圭人は休みの日なのに制服に着替え始めた。



登場人物紹介


 久世 英吾

 左目の下に涙ボクロのある少年。

 非常に陽気でバカばっかりやる少年だったがやるときはやる少年。

 このリガルティアシリーズにおける最大のキーマンだが、その話はまた別に。

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