第6話 黄金旋風と吸血鬼

 圭人達はエルドランで三時間ほど歌った後、近くの河川敷を歩いていた。


「楽しかったですねー」「最高でしたー」「また一緒に行きましょー」


 きゃいきゃいと7人の女の子たちがエルメスを囲んで歩いている。

 圭人はと言えばその数歩後ろからゆっくりとついて行ってるだけだ。


(羨ましいような羨ましくないような……)


 直前のあれを見ていなければ、羨ましくて邪魔ぐらいはしたかもしれないと圭人は思った。

 自分はお邪魔虫だし、エルメスの付属品位にしか思われていないのだろうと。


 エルメス自身は終始困り顔であった。


(性根が悪いわけじゃないんだ。あいつもこの子たちも)


 人の心の奥底には同じような物を誰もが持ってるのかもしれない。

 圭人はそう思うようにしていた。


「ごめん……あるきにくいよ……」


 困り顔でゆっくりと歩く女の子達とエルメス。

 それを遠巻きに見ながら圭人も付いて行く。


 女の子の一人が嬉しそうに河川敷の方を指さす。


「見て! カラリアが咲いてる! 」「ホントだ! 」「綺麗ねー」


 女の子の一人が指さした先にはカラリアの花が咲いていた。

 散る姿が綺麗な花で鮮やかな黄色の花を咲かせる1mほどの低木の花であり、この星の名所となった。

 カラリアの花が風で散る様子は「黄金旋風」と呼ばれており、桜吹雪に劣らぬ鮮やかさを見せる。


「エルメス君と一緒に黄金旋風を見れるなんて夢みたい……」


 女の子の一人がさり気にエルメスと腕を組みながら夢心地でつぶやく。

 他に何人もの女の子が一緒に居るのだが、そこは彼女の目に入ってないらしい。


(いつも思うんだけど、こういうときはどんな気持ちであんなしらじらしい事言えるんだろうか? )


 帰ろうとした圭人とエルメスに「しばらく歩こう」と言いだしたのはその子だが、1年前に町に来た圭人でも知ってるような有名なカラリアの名所を通り、尚且つ最初の段階でイナミ達をさり気に除外しようとした子だった。


(鉄の心臓の持ち主だな)


 ここまで堂々と嘘つかれて、それに付きあうのは人が良すぎではないだろうかと圭人は思った。

 エルメスはといえば、彼女の積極的なアピールに戸惑っていて、そこまでは気付かない。


「でも……綺麗だね……」


 エルメスが河川敷を見て綺麗な目で眺める。

 釣られて圭人も河川敷のカラリアを見る。


(確かに綺麗だな……)


 子供のころに遊んだ公園は、春になると桜のピンク色の花びらが絨毯のように敷き詰められていて、その中を仲間達と遊ぶのが好きだった。


「百花繚乱とはこのことかな? 」


 使い方が合ってるのか合ってないのかわからないけどと心の中で足しておく圭人。

 実際に見事なもので、河川敷は多くのカップルで賑わっており、それぞれがいちゃついてる。

 そんなカラリアの黄金旋風をみんなで足を止め、しばしの間眺める。

 ふと気づいたようにエルメスが圭人の方を向く。


「ケート」

「なんだ? 」

「イナミ達と今度一緒に見に行こうよ」

「……そうだな」


 周りの女の子の顔がゆがむのを見て苦笑する圭人。

 彼はいい人なのだが空気が読めなかったりする。


(天然ボケも罪だよな……)


 こりゃ後が大変なことになるかもしれない。

 ちょっとだけ頭が痛くなった圭人だった。


 キャアァ!


「きゃ! 」「え? 」「は? 」

「……なんだ? 」


 突然聞こえた悲鳴にその場に居た全員の動きが止まる。

 圭人達は慌てて周囲を見渡すが周りの人もあたりを見渡している。


「だれかぁぁ!!! 」

「…………なんだ? 」


 圭人があたりを見渡すとライトアップに照らされたカラリアしか目に入らない……だが……


「なんだこいつ! 」

「吸血鬼だ! 」


 すぐそこで不穏当な言葉が上がる。


「あそこだ! 」


 エルメスが一足早く見つけた。

 エルメスが指さした先には人だかりが出来始めている。


「吸血鬼? 」「え? え? 」「怖―い! 」


 女の子たちも不安そうに震えている。

 一名だけさりげなくエルメスを抱きしめて(さりげにエルメスの手が胸をわしづかみする形になってる)何かの既成事実を作ろうとしているように見えるが、圭人にとって重要なのはそこでは無かった。


「ティカ? 」


 エルメスが信じられないような声を出す。


 


 ぼうっとぼんやりと光ってるように見えたが、アイザック寮の制服と紋章が見えたので間違いなくティカだった。


 カチリ


 圭人は何か歯車が合わさったような音が聞こえたような気がした。

 まるで止まっていた時計が動き出したかのようなそんな音だった。


「ちょっと行ってくる! 」

「僕も! 」

「怖―い! 」

「ごめん! ちょっと急がないと! ってベルトが取れてる! 」


 さきほどエルメスを抱きしめてた女の子が、後ろ手でベルトをぽいっと捨てていた。

 その間もしっかりとエルメスの手が女の子の胸に当たってる。

 と言うよりも明らかに女の子が誘導しているのだが、エルメスは戸惑うばかりだ。


 とりあえずエルメスはほっておいて、圭人は先に人だかりに向かった。


「すんません! ちょっといいですか! 」


 既に人の輪が出来上がろうとしていたがその輪の中にむりやり入る圭人。


「この! この! 」


 数人の男がティカに向かって拳を振り下ろす。

 だが、ティカは全く意に介した様子は無く、何も言わずにひたすら青髪犬耳の少女に抱きついている。

 尚も男たちは殴ろうとするのだが空振りするだけで一切効果が無い。


「ちくしょう離れろ!」


 男たちは必死でティカを掴もうとするが、誰一人としてティカを掴む事が出来ない。


「あああぁぁぁぁ……」


 段々、抱きつかれている少女の顔色が青くなり、立っていられなくなったのか座り始めた。

 血が吸われているのが明らかだ。


「ごめん!」


 まずいと思って圭人は少女の方を蹴りつける。


 どさ!


 強く蹴ったつもりはなかったのだが、弱っていた少女には十分だったのだろう。

 思ったよりも強く吹っ飛ばされる。

 するとそれが功を奏したのかティカは少女を離した。


「何やってるんだティカ! 」


 圭人は思わず叫んだがティカの方は全く意に介していない。

 それどころか圭人の方を見ようともしていない。


「おい! ……ってあれ? 」


 そこまでして圭人はようやく気付く。


(ティカじゃない? )


 

 角は生えていないし、なによりも圭人の事をわかっていない。

 顔とアイザック寮の制服でティカと勘違いしたのだが細部が違いすぎる。

 やがてそのティカのそっくりさんは霧を出しながら消えて行った。


「……吸血鬼だ……」


 先ほど女性を助けようとした男の一人がつぶやく。


(これが吸血鬼か……)


 リュイ先生の話を思い出す圭人。


(でもなんでティカと同じ顔なんだ? )


 圭人の胸にもやもやが残る。

 そして心の中でカチリという歯車が合わさる音がした。


「ダンカ! しっかりして! 」


 血を吸われた少女の友達なのか、ちょっと派手目の化粧をした少女がぐったりした少女の肩を抱き寄せ、必死で呼びかける。

 少女の肩にはわかりやすい二つの穴が空いていた。


「どうしました! 」


 警官たちが集まってきた。

 この世界でも当たり前だが警官は居る。

 全体的に黒い意匠である事を除けば地球の警官と変わりない。


「吸血鬼が襲って来たんです! 女の子が襲われてあそこに! 」


 さきほど必死でティカもどきを殴っていた男性が倒れている少女を指さす。

 慌てて駆け寄る警官。それを尻目に圭人は端末キテラを操作してイナミに電話した。

 3コールほどでイナミが出る。


「もしもし? 」

「イナミか? 俺だ。今、何してた? 」

「ティカとゲームしてたよ」

「……本当か? 」

「うん。 ってなに? どうしたの? 」

「いやちょっと気になる事があってさ……ティカと代われる? 」

「いいよ。 ティカー! ケートから電話―」


 ごそごそと端末を動かす音が聞こえる。


「……もしもし」

「ティカか? 今、間違いなくゲームしてたんだな? 」

「……そうだけど? 」

「何時頃から? 」

「……五時ぐらいかな? 」


 ちょっと遅い時間の気がしたが、自分もこの時間にうろついているので偉そうなことは言えない。

 それに何よりも犯人じゃない確証が得られたのでほっとした。


「ああ、ごめん。あとで話すよ。それから最後にオヤジにかわってくれないか? 帰ってきてる? 」

「……わかんない。 聞いてみる」


 そう言ってティカは一度保留にする。

 軽快なロックのような音楽が流れる。


(音楽はそんなに変わんないよな……) 


 そんな事を考えながらしばしの間待つ。

 待つ間に周りの様子を見ていると、エルメスが引っ張りこまれた草むらでガサゴソと音がした。


「お願い! やめて! 」

「あ~ん」「怖い~」「助けて~」「エルメスく~ん」


 明らかに棒読みのセリフで7人の女の子がエルメスを取り押さえている。

 体育の時間でエルメスが履いていたのを見たことがある下着が宙を舞った。


「だから……なんで……服を……やめて! 」


 必死で抵抗しているがなすすべも無く裸に剥かれるエルメス。


(考えれば女の方が多いってことは、女に輪姦されてるのと一緒なんだよな)


 逆なら地獄だが、こっちは天国と評されるのだから不思議なものだと圭人は思った。

 ふっと耳元で流れていた音楽が止まる。


「どうした圭人? 」


 聞き覚えのある父親の声が聞こえる。

 九曜羅護という九曜圭人の父親の声が。


「おやじか……すまんけど警察の厄介になるかもしれん」

「なんだ? いまごろになってようやくか? 遅いぞ? 」

「どうして厄介事を童貞捨てるみたいに言うのかわかんないけど、そっちの意味じゃない。ちょっと事情聴取を受けなきゃいけないから報告した。ひょっとすると迎えに来てもらわないといかんかもしれんけど……」

「どうした? 何やった? 」

「人助け」

「……ちっ、喧嘩かと思ったんだが人助けか……てめぇにタマはついてんのか? 」

「息子ほったらかしだった男が言うんじゃねぇよ。あ~だから帰りが遅くなる」

「童貞捨てんならともかく事情聴取で遅くなるなんて面倒くせぇな。酒飲んじゃったからシュクラに行ってもらうか」

「ちょっと待て! そっちの方が嫌だからお前に頼んでんだろ! 」

「いいじゃねぇか。新しいお母さんと仲良くするいい機会だろ」

「だから待てって! ……え? 」


 トントンと肩を叩かれて振り向くと警官がこっちを見ている。

 心の中で舌打ちする圭人。


「いいから迎えに来いよ! 」

「おうよ」


 プツっという電話が切れる音がすると同時に端末を閉じる。


「申し訳ないのだが話を聞きたいので署まできてもらえないだろうか? 」

「わかりました」


 そう言って警官が用意したパトカーに乗り込もうとする。

 こちらのパトカーも赤の回転灯を使っている。

 この辺のデザインは意外と宇宙共通らしい。

 もっともパトカーは白黒ではなく赤を基調にしたデザインなので圭人は消防車と間違えやすい。


「ケート……助け……」


 草むらではエルメスの助けを求める声が聞こえた。

 圭人ははぁっとため息をついた。


「あいつもついでに助けてもらえますか? 」

「いいよ。 許すわけにはいかんからな」


 警官がエルメスの方に向かっていくのを見てから圭人はパトカーに乗り込んだ。




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