第5話 人間関係はややこしい

「これからみんなでエルドランに歌いに行くんですけど一緒に行きません? 」


 そう言ってエルメスに手を合わせてお願いする。

 日本と同じで、お願いする時に手を合わせるのが主流になっている。

 ちなみにエルドランとは総合遊技場でラウンド1のような遊び場である。


「絶対楽しいですから! 一緒に行きましょ? 」


 ポニーテールの女の子も手を合わせる。

 それを見て困ったような助けを求めるような顔でこちらを見るエルメス。

 圭人は苦笑する。


「行ってみようか? 楽しそうだし」


 圭人の答えで観念したのか、エルメスも苦笑する。


「いいですよ」

「やったぁ! 」「言ってみるもんねー! 」「うたうぞー! 」


 女の子達から歓声が上がる。それを見て苦笑しつつ携帯端末に目を落すエルメス。


「じゃあ、さっそくイナミ達にも連絡しないと」


クワッ!


 エルメスからは気付かなかっただろうが圭人ははっきりと見た。

 女の子たちの顔が全員般若のような顔になったのを。


 それを見て背筋に冷たい物が流れる圭人。


 そして瞬時に女の子同士で素早いアイコンタクトが交わされ……答えが決まると同時に一斉に頷く。


「後でメール入れとけばいいですよ」

「大丈夫ですって先に行きましょ」

「決まったら即実行! さぁ歌うぞー! 」


 そう言ってエルメスにメールをさせないように巧妙に誘導する女の子達。

 それを見てさすがにイラっときた圭人はつい口に出した。


「イナミには俺からいっとくよ。みんなでエルドランに行くことになったから、先に帰るって」

「え? ちょっとまってケート! 」

「先に行っててくれ。俺は後からイナミ達と合流するから」

「待ってケート! それだったら僕も待つよ! 」

「それじゃ女の子たちに悪いよ。先に一緒に行って待ってなよ」

「絶対来てよ! 必ずだよ! 」


 そう言って女の子たちに連れ去られるエルメス。

 それと入れ換わりにイナミ達が来る。

 二人ともちょっと疲れているようだった。


「もうくたくた~。エルメスはどこに行ったの? 」


 イナミがだるそうに聞いてくるのを苦笑して答える圭人。


「みんなでカラオケに行くことになったんだ。一緒に行く?」


 圭人が軽く聞いてみる。

 すると圭人の予想通りで嫌な顔を浮かべるイナミ。


「う~~~~。行きたくないなぁ~~~~」


 苦笑する圭人と困った顔をするティカ。

 二人ともエルメスが連れて行かれた理由がわかるから嫌なのだろう。


 そしてそんな中に行ったらやられる事なんか一つだけだ。

 そしてそれはエルメスからは見えないように巧妙に隠される。


 そもそもブロム捜索をお開きにする話をイナミ達だけが聞いてないのだ。

 それだけで何をされてるかすぐにわかりそうなものだ。


「俺も一緒に行くから安心しろ。あまり離れなければ大丈夫だ」

「……うん」

「……ケート? 」


 ティカが不思議そうに困ったように訊ねる。

 何を言いたいかはすぐにわかった。


「屈したら負けだよ。それにエルメスも困ってる。友達だから助けないとな」

「う~~~~」


 目の端に涙を浮かべはじめたイナミ。

 触角が垂れ下がってる。


 それを見て圭人はため息一つ。


「いいや。俺が行くよ。二人とも帰ってろよ」

「ごめん……ケート」


 申し訳なさそうに謝るイナミ。


「……ありがとう」


 無表情ながら嬉しそうに感謝するティカ。


「……気にするな」


 そう言って圭人は携帯で「二人は帰った。俺がこれから向かう」とだけメールを送る。

 すぐに「助けて! 急いで来て! 」と返信が返ってきて苦笑する圭人。


 その時だった。


「ざけんなぁ! こらぁ! 」


 校舎全体に響き渡るほどの大音声が聞こえてくる。


「何だ? 」


 不思議そうに辺りを見渡す圭人。


「……あそこ」

「……タマノねぇさん」


 ティカが指さした方向を見てイナミが呻く。

 赤髪猫耳スケバンお姉さんと禿頭眉剃りのいかつい大男が睨みあっている。


 女性の方は背が高く赤い髪をセミロングの長さに雑に伸ばしている。

 アイザック寮の制服のズボンを長く改造しており、昭和のスケ番といった風情だ。


 男の方はといえば禿頭のいかにもな大男でトールキン寮の制服をデスメタル風に改造している。

 体格と相まってその改造は無理があるのか恐ろしく似合ってない。


 二人とも舎弟を引き連れてにらみ合っている。


「ネタは割れてんだよ。おめーらの中に吸血鬼がいるってことはな……」

「ああ? いい年こいて吸血鬼だぁ? その頭につまってんのは糞か? そもそも脳みそ入ってんのかその頭? 」


 ぎりぎりと激しいにらみ合いが続く。

 それを遠巻きに見守る他の生徒達。


「やばいなぁー。あいつトールキンのアルヴィスじゃない? 」

「……アルヴィスって誰? 」


 困った口調のイナミに圭人は訊ねる。


 ちなみにトールキン寮とは圭人たちの科学を教えるアイザック寮とは


「アルヴィス=ハリー=ポッターっていうトールキンの番格。喧嘩強いんだって」

「とりあえずJkロー〇ングに謝れって名前だな」

「……誰それ? 」

「知るわけないよな。それはともかくとして、あいつはどんな奴なの? 」


 大男を指して尚も訊ねる圭人。


「バルドー部の部長でホケンジョって町に住んでるから別名が『ホケンジョの狂犬』」

「殺処分されそうな名前だな」


 苦笑する圭人。

 そうこうしてるうちに言いあいがヒートアップしていく。

 やがてアルヴィスがにやりと笑いだした。


「ま、どっちでもいいんだがな……出さないのはわかってるから」


 そう言って横の舎弟に手を見せると舎弟がドでかい棍棒のような物をアルヴィスに渡す。


「このニワトコの杖が血を求めているんでな」


 静かに威圧するように語るアルヴィス。


「……魔法使いというよりは棍棒持ったボストロールだな」


 呆れ声で評する圭人。

 一方、タマノも負けていない。

 スカートの下からトゲ付きのバットのようなものを取り出す。


「あたしのソニックも血を欲しがってるのでね。 いい機会だ」


 そう言って威嚇する。


「どっちも普通の学生が持つ武器じゃないな」


 突っ込む気力も無くした圭人はぼそっとだけつぶやく。

 あわや激突かという時に救いのこえが聞こえた。


「貴様ら何やっとるかー! 」


 学校警察のおっさんが慌ててこちらに駆け寄る。

 学校警察とは、学校内における虐めや暴行事件を取り押さえる専門組織で、教師とはまた別個の組織に当たる。

 特にこういった喧嘩を止めたりする行為は、教師の手に負えない場合も多いので体育教師達とともに当たる事がある。


 学校警察と体育教師が間に入ったことで慌てて武器を隠す双方。


「どうみても棍棒だろう! 」

「杖っすよ。 杖。 ほら、魔法も使えるし」


 そう言ってアルヴィスが魔法を使って見せる。

 小さい火がともされる。


「ずるいよねー! 向こうはそのまま武器に変わる物持てるもん」


 イナミが口を尖らせてつぶやく。


「毎度思うんだけど魔法ってどんな仕組みになってんだ? 」

「う~ん……ちょっとわからないんだ。 科学とそもそもの考えが違うから説明できない。 前に魔法科の人に教えてもらったけどチンプンカンプンだった」


 触角を下げて困ったように答えるイナミ。


「よくわかんないよなぁ……」


 圭人が呻く。


 この宇宙には二つの理がある。科学と魔法である。


 この二つは世界の理を体系的に研究した学問でどちらも大きな影響を持っている。

 だが解釈が異なるので考え方が全く別になっているのだ。

 そのため、この宇宙ではどちらかの理を勉強するのが普通だ。


 三人とも科学の生徒なので当然ながら魔法の仕組みはわからない。

 圭人が魔法についてどんなものか考えていると横からちょんちょんとつつかれる。


「……大丈夫? 」


 ティカが不思議そうに圭人に訊ねる。


「なにが? 」

「……エルメスが待ってる」


 言われて圭人は気付いた。

 慌ててメッセージを見てみると既に5件ほど早く来てというのが届いていた。


「やべ。ちょっと行ってくらぁ! 」

「……行ってらっしゃい」

「私はティカとゲームしてるねー」


 ケートは二人の言葉を背に慌ててエルドランへと向かった。



【後書き】

用語説明


 

 科学と魔法


 宇宙を二分する二つの技術系統。

 基礎的な部分から違うのでどちらか片方しか学べない。

 



 元々、学校の校舎と寮がセットだったので学科ごとに寮が分かれていたのが由来。

 現在は誰も住み込んでいなくても『寮』という言い方をする。

 現在は『科学か魔法』『ツリマ人かカタン人』の二つの分類方法から4つに分かれており、この物語に関わるのはカタン人の魔法科『トールキン寮』とカタン人の化学科『アイザック寮』である。

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