第4話 逃げ出したペット

 リュイ先生から先生への暴言の罰として生物部の手伝いを承った圭人達はぶつくさ言いながらもある物を探していた。


「ブロムやーい」

「……呼んでも来ないと思うよ」


 草むらをガサゴソしながら呼びかけてる圭人にツッコミを入れるエルメス。


「わかってるけど……つい言いたくなるんだよ」

「見つからないもんねー」


 再び草むらをガサゴソする二人。


「それにしても宇宙は広いな。スライムまで居るんだ……」

「スライムじゃなくてブロム。なんでもこの星で発見されたクラゲの珍種らしいよ。当時は話題になったみたいだし」

「へぇー」


 そう言って圭人は手元の写真を見る。


 ぶよぶよとした半透明の丸いクラゲのような生き物がケージの中に入っている。


「こんな透明な生き物が居たらすぐに見つかりそうだけどなぁ」

「見つからないねぇ……」


 エルメスもふぅっとため息をつく。


「大体さ。こいつら何を食べてるの? 」

「水中の微生物を食べてるみたいだね」

「……じゃあ、なんで俺らは草むら探してんだ? 」

「ブロムは今の時期は陸に上がるみたいなんだ。陸に上がってカラリアの花の蜜を飲むらしい」

「花の蜜? 」

「産卵期に栄養をつけるために飲むんじゃないかと言われてるんだけど、本当の所は誰にもわからないんだ」

「……なんで? 」

「繁殖に成功した事が無いんだ。だから野性のブロムを捕まえて研究してるんだけど、今一つわかってないらしい」

「へぇ~」


 感心したように答える圭人。

 ちなみに話しながらも二人は草むらをかき分けている。


「でもそんな生物を俺らみたいな高等生で面倒見てもいいのか? 」


 不思議そうにする圭人。

 ちなみに高等生とはこちらの学校制度で中高生の事を指す。

 この世界の学校区分は小学校の6年と中高一貫の6年である。


「怖い病原菌を持ってるわけでもないし、肉食でもなく、攻撃方法は体当たりだけ。それもクロリラぐらいの大きさだから大丈夫だよ」


 そう言って膝の方を手で示すエルメス。

 クロリラが何の事かわからなかったが大きさからして中型犬位だと圭人は推測した。


「さすがに小等生ぐらいだときついけど僕らみたいな身体なら大丈夫だよ」


 エルメスの言葉に納得する圭人。

 ちなみに小等生とは小学生の事である。


「みつかりましたかー」


 生物部のお下げ髪の女の子がこちらに来る。

 それに対してかぶりを振るケート達。


「そっちは? 」

「ダメです。罠にもかかってません」


 お下げ髪の女の子がかぶりを振る。


 圭人の方と話してはいるのだがちらちらとエルメスの方を見ている。

 気になっているのが丸わかりだ。


「罠って? 」

「蜜を溶かした水を餌にいくつか張ったんですけどどれにもかかってないですね」


 圭人の言葉に答えるお下げ髪の少女。


「前にも脱走した事があるんですけどその時はこれでうまく行ったんですけどね……」

「前にもあったんだ……」


 あきれ顔でつぶやくエルメス。

 それを聞いて慌てて首を振るお下げ髪の少女。


「違うんです! ケージの鍵をかけ忘れてそのまま外に出ちゃっただけなんです! その時はすぐに見つかりましたし! 大事にはならなかったんです! 」

「それは別にいいけどよぉ……じゃあ、その時のブロムがまた出たの? 」

「違います。その時のつがいは結局子供を作れなくて失敗したんです」

「ふーん……ブロムにも相性があるのかな? 」

「……わかりません。なにしろわかってない事が多くて……なにしろ繁殖方法をつきとめるとその功績で中央の学究院への推薦が貰えるみたいですからどこの学園もやっきになってます」

「そいつはすごい」


 本星中央の学究院に行くのは各星系の中でも特に指折りの英才たちだけである。

 その中に入れるだけあって平均入学年齢は32歳。


 単純な成績だけではなく成果も出さないと入れないのである。


 そこへの推薦状となればすごいことである。


「なるほど……ってひょっとして他の学園でも飼ってるの? 」


 圭人が驚いて大声をあげる。


「他のって言うよりこのケイオンの学校ではほぼ全て飼ってますよ。大学でも研究のために飼ってますし。1年ほどで死んじゃうのでその度に近くの生息地に行かなければいけないのでケイオンでしか研究出来ないんです」

「へぇ~。そこまでやって突き止められないなら野性の環境下に関係があるんじゃないか?例えば海まで行って産卵しているとか……」


 圭人の疑問にお下げ髪の少女が困ったように答える。

 実際にウナギは未だに産卵地がわからないので見つけたらノーベル賞レベルだと言われている。


「それが……元々ブロムは湿地に住んでいるんですけど、そこ以外は砂漠になっていて、湿地には他の動物が一匹も居なかったんです。あったのはカラリアの花とブロムが居た湿地だけなんです」


 お下げ髪の少女がお下げをいじりながら話し始めた。


「周りは岩壁に遮られてしょっとした窪地になってますけど、湿地に産卵している様子はありませんし……湿地の出口に川はあることはあるんですが春頃は乾期で干上がるんです」

「じゃあ、完全に閉ざされるんだ? 」

「はい。ですからよほどの事が無い限り環境が違うという事は無いと思うんですけど……」


 ちなみに本当はサバンナのような気候なんだが宇宙では砂漠の一種とされている。


「本当に春頃に産卵するの?」

「それもわかりません。ただ、陸に卵が発見されたのでこの時期しかないと思われています」

「なるほど」


 春に陸に上がり、陸に卵が見つかる。

 よほどのことが無い限りこの時期に産卵すると考えて間違いはないだろう。



「ふ~ん……ん? 」


 お下げ髪の少女の困ったような言葉に圭人はふとあることに気づく。


「動物が一匹もいない? そんなに小さな湿地なの? 」

「……いえ?アルドラ公園10個分くらいはありますよ」


 圭人はアルドラ公園の大きさを思い出す。

 かなり広い緑地公園でそれが10個分となるとちょっとした日本の町にもなる。

 圭人が元々住んでいた金剣町は3万人ほどが住んでいた田舎町だがその町が丁度入るぐらいの大きさである。


「小さな虫も居なかったの? 」

「虫は居ましたけど……その虫を捕える動物がいないので蚊が大変なんですよ」

「……変だねそれ? 」


 圭人が少し考え込むように眼鏡をいじる。


「何がです? 」


 お下げ髪の少女が不思議そうに首を傾げる。


「その湿地は砂漠の中にあるんだよね? 」

「そうですよ」

「何で動物が奪い合いしないの?」

「……え?」


 お下げ髪の少女が不思議そうにつぶやき……はっとなる。


「そうですね!おかしいですよね! 」

「……どういうこと? 」


 先ほどから話しの輪に入れなかったエルメスが不思議そうにつぶやく。


「それだけ広い湿地ならいろんな多様な生物が住んでいてもおかしくない。なのに一匹もいないなんて……しかも周りは砂漠だぞ? 水を求めていろんな生き物が来て住処にし始めてもおかしくない。なのに一匹もいないなんて……湿地には他に生物はいないの? 」

「不思議なことにいないんですね……でも、あの湿地は怪物が出ると噂になってますよ。その怪物が食べてるんじゃないですか? 」

「怪物って……なんかどんどん変な話しに膨らんじゃってるな……」


 圭人が苦笑いする。


「なんでもいろんな動物を合体させたような化け物が出るらしいです。中にはこの星では生息しない動物を見かけた事もあるそうで……その化け物に食われた人もいるとか……」

「本当かい?」


 エルメスが目を丸くする。


「いろんな探検隊が向こうに行った時に見ているそうです。猿のような熊のような動物とか、犬のような鹿のような生き物とか。見る人によっては違うのですけど、実際に行方不明者もいるので私らのような学生の探検隊には危険禁止地域になってますし……」

「そんなところに行こうとするなよ……ってそうはいっても探検隊だからしょうがないか……UMAとか好きそうだし……」

「ウーマって何? 」

「地球の言葉で都市伝説的な動物のこと。湖に知られざる古代生物が実在したとか森に幻想動物が実在したとかそんな感じ」

「あ~言われてみればそんな感じだね。ブロムの出る湿地の化け物と言えば幾多の探検隊がその正体を突き止めようとしたけど結局捕まえられなかったって噂だね」


 エルメスが笑う。

 それを聞いてお下げ髪の少女がいたずらっぽい笑みを浮かべてこう切り出した。


「マッドサイエンティストの隠れ家があるとも言われてますね」

「それこそジョークだよ。今の時代はそんな合成動物の研究は宇宙でやるもんだから」


 エルメスが笑うのも無理もない。


 危険な細菌や動物の研究は基本、宇宙でやるのが普通だ。

 外に逃げる心配がゼロで、最悪の場合は爆破で事が足りる。


 知的生命体がシリコン型と炭素型に大別される宇宙では、炭素型の生命はシリコン型が研究。シリコン型の生命は炭素型が研究するのが一般的だ。


 何しろ双方の命にかかわるほどの危険な生命体は極めて稀で、病原体にいたってはほとんど無効である。


 また、双方の命に関わるほどの生命体と言えば、単純にでかい生物を指すがそれだけデカイ生物なら機械で面倒見た方が早いし安全である。

 逃げだしてもそれを殺すほどの武器は無数にある以上、驚異にはならない。


「そうですよねー」


 同じように思ったのか同意してお下げ髪の少女も笑う。


「でも怪物を捕まえるためにカメラを付けて監視とかはしたんじゃないのか? 」

「それはやってるみたいですけど……怪物が出始める頃には霧が発生するのでわかりにくいんですよ。さらに湿地は底なし沼のようになっていて、実際に行方不明者も多数出ているんです。だからそう簡単に調査は出来ないんですね」

「……なるほど」


 お下げ髪の少女の言葉に納得する圭人。


「特に春ごろは霧が盆地全体を覆うみたいで、あたり一面の霧で底なし沼に落ちて死ぬ人が多いみたいなんです。だから春ごろは立ち入り禁止になるんですよ」

「ふーん……」


 段々話しに飽きて来たのか返事がおざなりになる圭人。

 そんな時に声がかかった。


「リアー。そろそろ終わりにしないー? 」


 別の場所を探していたポニーテールの少女がこちらに向かいながら声をかけてくる。


「もういい時間だしー。みんなにも集まるように言っといたからー」


 ポニーテールがそう言うと他のメンバーも集まりだした。


「じゃあ、そろそろ終わりにしますか。お疲れ様でした」

「お疲れ様―」

「ごめん。力になれなくて」


 軽く答える圭人と申し訳なさそうに笑って謝るエルメス。


「いえいえ。それより、もうひとつお願いがあるんですけど~」


 お下げ髪の少女が申し訳なさそうに……それでいて何かを期待するように上目遣いでエルメスの方を見る。


「これからみんなでエルドランに歌いに行くんですけど一緒に行きません? 」


 そう言って少女はエルメスに手を合わせてお願いした。

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