第28話『母からの送金』
里奈の物語・28
『母からの送金』
これでいいんだろうけど……やっぱ心が折れそうになる。
「このままがんばったら、肺炎になるよ」
一年前お医者さんに言われたときに似ている。
去年、県の高校演劇のコンクールに出る寸前。あたしは風邪をこじらせて三十八℃の熱を出した。
「無理しないで」「今年が最後じゃないから」「頑張ってきたことで十分」などなど言われた。
「あの審査員なら、結果は見えてるし」真央は、そんなことまで言った。どうせY高校は落とされるという意味。
うちの地区は某小劇場の某さんと芸術大学のM先生が交代で審査員をやっている。順番ではM先生なんだけど、大学の都合で某さんが二年連続でやると、直前になって変更された。
某さんは、創作劇でないと評価しない。あたしたちは『クララ ハイジを待ちながら』という既成脚本。M先生が審査員であることを前提に選んだ。
あたしは点滴を打ち、解熱のための座薬まで入れて本番に臨んだ。
落とされると分かっていた。でも「Y高校も楽しみにしていたんですが」とオタメゴカシ言われるの嫌で頑張った。あの時の気持ちと、みんなが見る目が、今と相似形。
ちなみに、某さんは、講評でこう言った。
「いい出来でした。でも主役の葛城さん、風邪で全力出せませんでしたね、惜しかったです」
頭に血が上った。風邪の事は仲間しか知らない。点滴と座薬のおかげで、いつも通りの演技が出来た。
「え、風邪だったんだ!」そんな声も観客席から聞こえた。体調不良を悟られない出来にはなっていた、絶対なっていた。
某さんは、うちの学校を落とすために(葛城里奈は風邪だ)ということを利用した。「里奈、風邪なのに頑張ったね!」という仲間の声を聞いていたと真央が教えてくれた。
今はコンクールじゃない。お母さんからの仕送りをMS銀行まで下ろしに行くんだ。
伯父さんちに来て一か月ちょっと。お母さんは――里奈はすぐに帰ってくる――と願っていたようだ。
だから荷物も送ってこなかったし、月々の送金も考えてはいなかった。
――今日送金しました。毎月17日に振り込むことにします――昨日メールがきた。
当分奈良には帰らない、帰れない、そう思っていた。
だから、これでいいんだろう。でも、メールの裏に感じてしまう「里奈は立ち直れないんだ」という思い込み。
審査員の某さんと違って、その責任は自分と別れた亭主にあると思い込んでいる。
でも、決めつけられていることは同じ。
このお金下ろしたら、お母さんの思い込みを認めたことになる。
下ろさなくたって、自分でも、今の状態はしばらく続くと思っている。
でも、自分以外の人間が、そう思ってしまうのはヤダ。なんちゅう自己矛盾。
自己嫌悪しながらATMの前に立つ。
ATMの操作は簡単で無機質。自己嫌悪も心の折れもどこかに行って、まるで天気予報をパソコンで調べるくらいの気楽さ。
吐き出されたお札をざっと調べ、備え付けの封筒に収めてリュックに入れる。
「あ、里奈!?」
顔を上げるとタコトモ(たこ焼き友だち)の美姫が通帳を持って立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます