第29話『互いの演技力』
里奈の物語・29
『互いの演技力』
「そうなんや、里奈にもそんなことがあってんね」
たこ焼きを咀嚼しながら、美姫は器用に感想を述べた。
ATMで仕送りを下ろした時のシケた顔をもろに見られた。美姫は、こういう表情には敏感なよう。
「玉造に美味しい店あるから、行ってみいひん?」
で、銀行を出て308号線から長堀通に進んで玉造に出た。
玉造駅の東側には環状線の電車にソックリな二階建てのビルがあった!
よく見ると、あまりお金のかかった建物じゃないし、中に入っているテナントも珍しい物はない。
でも、環状線の電車とソックリということで、とてもワクワクしてくる。
「え、この中にあるんじゃないの?」
美姫は、あたしを連れて駅ビルの中を素通りして、商店街の方に向かった。
「ヘヘ、話のタネ。本命はこっち」
「あ、待って!」
子どものようにスキップする美姫に続いて商店街の玉たこというお店に入った。
「へー、300円で7個もあるんだ!」
たこ焼きの相場は6個で300円。1個多いのはとっても嬉しい。大きさもジャンボとか大玉とかじゃなくて、一口で口に収まるサイズ。美姫のように一気に咀嚼はできないけど、ホロホロと口の中で転がしながら一口で食べられるのも嬉しい。
たこ焼きを二つに割って食べるのは味気ないもんだ。
そんなたこ焼き談義をしているうちに、あたしの不景気な顔の事が話題になってしまった。
引きこもりやお母さんのことは、美姫に話せるほどこなれてはいないので、去年の演劇部の話をした。で「そうか、里奈にもそんなことがあってんね」になったわけ。
「滅びるね、高校演劇は」
仲間にも言ったことがないことを、サラリと言ってしまった。
「滅びはせえへんでしょ。いつの時代にもスキモンはおるさかいに」
「そう?」
奈良県の演劇部は23校、今年のコンクールに参加したのは19校でしかない。
「ただ下手の横好きやから、軽音とかダンス部みたいに発展はせえへんやろね」
「下手なの?」
「うん、素質は悪ないねんけどね、とにかく練習せえへんね。文化祭の取り組みで一番人気ないのんは演劇部の芝居やねんもんね……部員もたいがい他のクラブやらバイトと掛け持ち。あ、あたしもそうやけど、あたしは上手いさかいね!」
「フフ、そうなんだ」
「そうや!」
なにか思いついたようで、最後のたこ焼きを頬張ると、あたしの腕を掴んで大通りに出た。
「なあ、お茶でもせえへん?」
信号の横で、チマチマ食べていたら、気楽なオニイチャンが声をかけてきた。
「えと……それってナンパ?」
「え、ハハ、自分とは話合いそうやなあ」
砕けた反応をすると、オニイチャンはズンと距離を詰めてきた。髪をかきあげる仕草が軽薄。
「ここじゃ、なんなんだけどな……」
「ほんならミナミにでも行こか、地下鉄ですぐやで!」
地下鉄とはケチなナンパだ。
「そーだな……」
と、道の向こう側に目をやる美姫。キリっとしたオネーサンが姿勢よく歩いてくる。
「お嬢、お父さんのお付きで来てるんですから、控えてください」
「あ、えと……」
「大阪じゃ客なんですから、こちらの御一統さんにご迷惑かかるようなことはお控えを。ボクも、相手見てね。あたしもお嬢も、あっちから来てるんだから」
オネエサンは、道一筋入ったところに目をやった。そこには金色の代紋が入った四階建てがあった。
「あれは……あ、オレ道聞いてただけやから、あ、あ、地下鉄はあっちの方やね、あ、ど、どうも、ありがとう(;'∀')」
アタフタとニイチャンは行ってしまった。
駅に戻って、美姫と大笑いした。お互いの演技力を認め合った師走の午後だった。
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