第25話 『たこ焼きの縁・1』
里奈の物語・25
『たこ焼きの縁・1』
桃子(ピンク色のパソコン)を立ち上げ、一瞬ためらってNINOMIYA KAHOと入力した。
スペースキーを押す前に、もう一度ためらい、小さく息を吸いこんで押す。二宮果歩と変換される。
エンターキーを押す。
予想に反して、一発で出てくる。
二宮果歩とあって、その下に五行ほどの見出し。「事故」「自殺」という単語が目に入る。
頭の中でアラームが鳴る。すぐに×印を押してメニュー画面に戻る。
拓馬が言わないんだ。あたしがフラィングして調べるのはフェアじゃない。
でも目に飛び込んできた「事故」「自殺」の二つの言葉は普通じゃない。
いやな想像力が翼を広げる予感。
リュック担いで外に出る。
ここに来て、初めて南の今里駅方向に歩き出す。
今里駅は奈良に通じている。だから一回も、そっちの方には足を向けていない。無意識とはいえ足を向けたのは進歩なのかもしれない。
そんなことを思いながら駅前に着いた。
いい匂いがする……たこ焼きの匂いだ。
先月初めて駅に着いたときも、この匂いがしていたはずなんだけど記憶にない。きっと余裕が無かったんだ。
「300円のください」
そう言うと、黒シャツに赤い鉢巻のオニイサンが「はい、ただいま!」と言いながら、あたしの顔をチラッと見る。
関西で標準語というか横浜言葉は目立つ。だから物を買ったりするときは関西訛で喋るようにしている。でも、久方ぶりだったので横浜言葉が出てしまった。
「テイクアウトかな?」と聞かれるので、「ここでいただきます」と答える。今さら変えても仕方ないので横浜言葉。
二つあるベンチの遠い方に座る。近い方は制服姿の女の子。多分地元のK高校。
関西に来て五年になるけど、タコ焼きは苦手。むろん美味しいんだけど、食べるのが遅い。関西の子は熱々のまま口に頬張り、器用に冷ましながら食べる。あたしはできないんで、端の方から齧る。今日は一人なんで、遠慮なくゆっくり食べる。
カサっと音がした。
隣の制服姿が立ち上がり際に冊子を落とした。気づくだろうと思ったら、そのまま歩き出す。
「あ、落としたわよ」と言うつもりが「ア、オロシラワォ」になる。口の中にたこ焼きが入ったままなんだ。
「え……?」
と振り返った顔が可愛かった。形のいい目に大きめの瞳、きっと親知らずはないだろう小さなアゴと絶妙なバランスして、まるでラノベの表紙を飾るヒロインの実写版。
「演劇部なのね」
落とし物の台本を渡しながら一言添えたのは、その子に自分と同じ属性を感じたせいかもしれない。
これが安藤美姫との出会いであった。
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