第18話『スカトモ』

里奈の物語・18『スカトモ』



 


 今日も朝から雨。


「雨か~~~~」


 カウンターで、ため息つきながらも、ホッとしている。

 雨ならば、外に出なくてもいい。

 今里の伯父さんちに来てからは、少しは出るようになったけど、ほんのちょっとだ。

 雨の日には出かけない。今里に来て早々に決めた。

 奈良に居るころは、晴れの日でも外には出なかった。だから雨の日には外に出ないくらいは大進歩。


 だけど、それが言い訳なのはよく分かっているんだ。


 引きこもっていても「人は、こうあるべき」というのが頭の中にある。ってか、引きこもる前のあたしは、当たり前に出かけていた。

 奈良町や奈良公園は、あたしの庭みたいなもんだった。奈良公園で出会う鹿にも友だちがいて、友だちの鹿は、ちゃんと区別がついた。

 横浜に居たころも、桜木町界隈が縄張りだった。

『コクリコ坂から』を観た時には、主人公の海は自分だと思っていた。

 横浜のどこかに、自分が知らない兄が居て、それを兄とは知らずに恋心。兄と分かって、ショック。ショックを乗り越えて「死んだお父さんの代わりに、神さまが、あなたに会わせてくれたんだと思う。たとえ血がつながっていても、好き!」ってなラストシーンを思い浮かべ、一学年上の男の子を、勝手にお兄ちゃんと決めて時めいていた。

 でも、お父さんは死んでなんかいないし、お母さんとも、うまくいっていて、毎日元気に会社に行っていた。


 コクリコ坂ごっこをしなくなったころ、お父さんが居なくなった。


 ダメだ、この問題は、まだ整理が付いていない。

 お店のガラス戸越しに、ボンヤリ雨を見ていると、余計なことが浮かんでくる。


 こんなあたしを、拓馬は三日も続けて連れ出した。同じ引きこもりのくせに元気過ぎ。

 挑戦的引きこもりと納得はしているけど、拓馬が具体的に何に挑戦しているのかは分からない。

 いまは、これ以上に距離を詰めたくないので連絡はしない。拓馬も連絡してこない。


――午後から、大阪の天気は回復の見込み――


 スマホを弄っていたら天気予報が目につく。回復なんかしたら、出かけないことに言い訳がいる。


「里奈ちゃん、よかったら、これ使い」

 お昼を食べていたら、伯父さんがパソコンを持ってきた。

「型落ちやけど、新品や」

「わー、いいの?」

「知り合いの古物商が、十台も引き受けて、持て余しとったんや。タダ同然やから気いつかわんで」

「あ、ありがとう! 開けていい?」

「ああ、ええよ。セッティングもしたげるさかいな」

「……お、ピンク!」

「人気のない色でな、十台ともピンクやさかい、困っとったんや」

 学校の先生には、女性だからと言ってピンクなんて決めるのは女性差別なんて言う人がいる。

 子どものころから「ピンクはかわいい」と言われるので、ピンクが好きと思い込んでるだけ。そういうところから自由にならなきゃいけない! という屁理屈。


「ピンクはかわいい」なんて言われたことはないけど、あたしはピンクが好きだ。


 こないだ買ったハイカットスニーカーもピンク。

 どんな経緯で、古物商さんが持て余したのかは分からないけど。あたしは、この可哀そうなピンクのパソコンを子分にすることにした。

 名前はピン子……これは、オバサンタレントにいるので却下。



 素直に桃子にする。


 セッティングされた桃子にはスカイプがインストールされた。

 桃子のピンク色は、それだけでポジティブ。朝には、しばらく連絡なんかしないと決心していた拓馬にメール。

 スカトモ(スカイプ友だち)第一号として、拓馬がエントリーされた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る