第17話『けったい』

里奈の物語・17『けったい』




 けったいな天気やなあ



 店先から空を見上げて伯父さんが呟く。


 雲一つない晴天なのに雨が降っているんだ。



 先日仕入れた浮世絵や古文書を虫干ししようと準備したのだけど、たとえ屋内の虫干しとはいえ雨が降ってはまずい。


 伯母さんも半分開いた段ボール箱を持て余して「ほんま、けったいな空や」とこぼしている。



 けったいおんな!



 急に蘇った……フラッシュバックだ。



 いちど蘇ると、虫の羽音がまとわりつくように止まない。



 けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんなけったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな けったいおんな……



 去年の春、転校生がやってきた。


 岐阜県からやってきたAさん。


 岐阜県は、ざっくりいって関西に含まれるんで、東京弁のわたしほどの違和感はない。


 Aさんは笑顔のいい子で、二日ほどでクラスに溶け込んだ。席が隣りだったので、わたしも友だちになれそうな気になった。


 

 Aさんの言葉は、ほとんど関西弁なんだけど、わずかに方言がある。


 相手の言葉に同意するとき「なら、なら」という。


 大阪あたりだと「せやろ、せやろ」とか「そうやろ、そうやろ」だ。わたしは「でしょ、でしょ」とか「だろ、だろ」だ。


 Aさんの「なら、なら」というのは、ちょっと異質。


 異質なんだけど、明るく可愛い子なので、みんなからは「Aちゃん、おもしろーい」と喜ばれる。本人も「奈良の学校やから、『なら』よ!」とか返して笑っている。



 そこまではよかった。



 チャーミングなAさんは、クラスの多くの子から好意的に受け入れられ、友だちの少ないわたしも人間関係の輪が広がった。



 そんなAさんが「けった!」と叫んでおかしくなった。



 なにかの話題で、通学手段の話になったんだ。徒歩! 電車! と続いて「けった!」とAさんは言った。


「けった?」


 視線がAさんに集まる。


「けった、けったよ……あ、自転車のことやで」


 それで、みんなは理解したんだけど、一部の者が囃し立てた。


「けったいなやつ!」とか「けった、けたけた」とか。


 最初は、Aさんいっしょになって笑ってた。だけど、しつこく「けたけたけたけた」「けったちがいの面白さ!」と続くので、Aさんは真顔で言った。


「方言で、人を笑うたらあかんやろ!」


「冗談やんけ」


「なに、マジ切れしとんじゃ」


「きっしょいやつ」


「きしょい言うな! このたーけ!!」



 この「たーけ!」が、また分からない。



 分からないことが、また笑いを増幅する。



 方言で苦労したわたしは「いいかげんにしなさいよ!」とカマシテしまった。


 

 そして、いろいろあって矛先は岐阜弁のAさんよりもわたしに集中するようになった。


 けったから始まったことなんで「けったいおんな」と呼ばれるようになった。


 Aさんは家庭事情からひと月後には転校。矛先が集中したわたしは学校に行けなくなってしまった。




 いやなことを思い出したので外に出てみる。


 お店の中からは見えなかった西の空に雨雲が湧き出ていた。午後からは本降りの気配。

   

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