第16話『閉店大売出し』

里奈の物語・16

『閉店大売出し』



 お昼を過ぎても外に出ないと骨董品になったような気になる。


 骨董品は好きだけど、自分自身が骨董品になりたいわけではない。

――骨董品になりそうなあたし――

 そうコメントを付けて、店番の自分を自撮りした写真を添付、送信にタッチ。

――17歳の骨董品……意外に売れるかも――と、拓馬から返ってくる。

「ポジティブな奴はかなわないなあ……おばさん、ちょっと散歩してきていいですか?」

「うん、行っといで。今日は中国の団体さんもけえへんし」


 けっきょく拓馬のメールに後押しされるようにして外に出る。


 考えたら、拓馬も家に引きこもり。そいつに「17歳の骨董品」呼ばわりされるイワレはない。

 しかし、拓馬は挑戦的引きこもり。

 なにが挑戦的なのかは分からないけど、この三日で感じたオーラは看板どおり。


 アテのない散歩だけど、気が付けば、あのポストを目指している。


 まだ二回しか行ったことがないけど、八百メートルほどの道のりは覚えている。

 むろん道のりにある景色全てを覚えているわけじゃない、要所要所のお家や看板を覚えていてたどり着くんだ。


『一日一日の毎日を大切にして、豊かで充実した高校生活を送りましょう』

 クラス開きの日、担任は校長の挨拶をコピーして笑顔であたしたちに言った。

『毎日毎日大切になんかしてたら、緊張感でもちません』

 そう言ったのは、まだ担任や教師に期待してたからだろう。いまなら黙殺する。

 人生なんて散歩と同じ。要所要所の日に、あるいは時間に集中して取り組み、それ以外はなんとなくなんだ。

 そう言いながら、不登校、引きこもりになってしまったのは、一日一日のあれこれにこだわり過ぎたせい。


 そのポストが好きなのは、ただ古いからだけじゃなかった。     


 ようく見ると、ポストは右に少しだけ傾いている。最初は気づかなかった。

 この傾きが、なんだか「休め」をしているようで安心ができるんだ。

 この安心は骨董に通じる。

 骨董は時間というか時代を経て佇まいにマロミがある。

 どんな高級品でも新品は尖がっている。いわば姿勢として「気を付け」だ、人も物も「休め」がいい。


「うん、うん、いまボストン靴店の前」


 そう言うオバチャンの声が聞こえた。オバチャンはガラケーに話しかけている。

 以前の以前住んでいた東京は、人の声は小さい。奈良の人も、そんなに声は大きくない。

 大阪の人間、とくにオバチャンの声は大きい。

 こういうアケスケナところは好きだ。ま、景色としてはね。

 現実に、こういうノリで迫ってこられたら引いてしまうんだろうけどね、毎日をなんとなく生きていて、こんなテンションでやっていけることは、正直羨ましい。

「うん、焦って買いにくることないよ。値段は春と変われへん。来年の閉店大売出しにはもっと安なってるんとちゃうか、アハハ、そらそうやな、毎日閉店大売出しやねんもんな!」


「え……?」


 店に帰っておばさんに聞いてみた。

「ああ、大阪ではようやってるよ。閉店大売出して言うたら、なんや元気出るし、安いいう感じするよってにな……どないかした、里奈ちゃん?」

「あ、いえ……」


 明るさは滅びのしるしであろうか……そう思い込んでいた。


 あたしは、まだまだ甘ちゃんだ。

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