第11話『同じニオイ』

里奈の物語・11『同じニオイ』

               



 枕元にハイカットスニーカーを置いた。


 お母さんは、こういうことは嫌がる。だから、枕元に置くのは初めて。

 新品の匂い……ゴムとか接着剤の匂いなんだろうけど、臭いとは書かない、匂いだ。


 あたしは臭いフェチじゃない。

 匂いが頼もしいんだ。これから何百万歩も歩く脚を包んでくれる、頼もしいあたしの相棒。

 匂いは、その相棒の体臭……やっぱ変かな?


 明日から、これを履いて日に二万歩ぐらい歩くんだ!


 で、目が覚めたら雨が降っていた。



 引きこもり最初のころ「明日は学校に行くんだ!」と決心したことがある。

 でも、決心したあくる朝は雨。で、ズルズルになってしまった。



 今度も、またか……


 自己嫌悪。


 でも、あの時は新品の靴じゃなかった。

 今日出かけると、ハイカットスニーカーを汚してしまう。いずれは汚れるんだけど、初日にベチョっと汚れるのは御免だ。

 ネットで週間予報を見る。ここしばらくはぐずついた天気。クソっと思いながら安心している自分がいる。

 そんな自分は嫌なんで、妥協して、お店の前の掃除をする。

 掃除しながら歩数を数える。八十八歩で終わった。少ないけど八が重なってるんでラッキー。


「里奈ちゃん、配達に回るんやけど、付いてくるか」

「あ、はい」


 店先でしょぼくれているのも迷惑かなと思って返事。返事はしたけど車でなかったら嫌だなあ、古い靴で雨の中は御免だ。


 心配したけど車だった。阿倍野区の骨董屋さんまで品物を届けに行く。

「かいらしい靴やなあ」

「ポストの近所の靴屋さんで買ったの」

「ああ、ボストン靴店」

「うん、お店大変そうだけど、品物はいいみたい」

 助手席の下で行儀よく靴先をそろえる。

「そうか……ええ買い物したなあ」

 気のせいか、伯父さんは言葉を言いよどんだような気がした。

「今日下ろすって決めてたから、この配達ラッキー!」

「そら、よかった」

 伯父さんは笑顔で応えてくれた。ほんとは事情なんて知ったうえで声を掛けてくれたんだろうけど、気配りが嬉しい。


「商品入れるの手伝うてくれるか」

「はい」


 阿倍野の骨董屋さんは規模は大きいけど駐車場が無い。

 五十メートルほど離れたコインパーキングに留めて、伯父さんが二つ、あたしが一つ持ってお店に。

「まいど、葛城アンティークです」

「やあ、これはわざわざ。おや、娘さんですか?」

「妹の娘の里奈です。ご挨拶しい」

「あ、里奈です……ど、どうも」

 自分でも分かるくらいに顔を赤くして、ぎこちない挨拶。

「ほんなら交換の商品はあっちですけど、ちょっと休んでいっとくなはれ」

 店のご主人がみずからお茶を入れてくださる。伯父さんとご主人は最近替わった阪神の監督の話で盛り上がる。


「ほな、そろそろ失礼しますわ」


 阪神の選手を十人近く話題にしたところで、伯父さんが腰を上げた。

 交換の商品を見てびっくり。持ってきた商品の倍はある。

 骨董というのは大きさや量には関係ないけど、これほど違うとは思わなかった。

「孫に手伝わせますわ。おーい、拓馬あ!」

「……はーい」

 店の奥から男の子が出てきた。あたしと同年配の高校生……。


 そいつはジャージ姿で、あたしと同じニオイがした……。

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